第6話 エピローグ
G県某所、山に囲まれた場所に、その橋梁はある。
山間部は天気が変わりやすいがその日は朝から雲一つない晴天だった。
その橋梁は観光名所ではなく、生活道路の一つである。地元住民も観光客も利用する橋梁である。この橋梁を通って奥に進むと温泉街があるため、どちらかと言えば観光客の方が多い。
しかし、今は全面通行止めで車も温泉目当ての人もいない。
姿が見えるのはヘルメットを被った作業員と、高所作業車、そしてダンプトラックが数台、橋の上に停車されている。
下を流れる川は比較的穏やかである。その川岸にも作業員が数人いた。作業員に交じってジーンズ姿にドカジャンを羽織った飴村が橋梁を見上げている。
ドローンを操縦するためのコントローラを手にしており、見上げた先にはドローンが飛んでいる。ドローンは橋桁の高さまで上昇すると、ゆっくりと平行移動する。
ドローンにはカメラが取り付けられており、その映像が飴村の持つコントローラに取り付けられたモニタに送られてくる。
飴村はモニタとドローンを交互に見ながらドローンを操縦する。橋桁の端から端まで動かすと、ドローンを川岸に着陸させた。
足元にノートPCがあり、コントローラとノートPCを接続させた。PCを操作して画像を取り込むと、今度はPC上で今撮影した画像を呼び出す。
ソフトを立ち上げて、画像を読み込ませて、解析ボタンを押すと解析が始まった。
「飴村さん、どうですか?」
ヘルメットを着用した建設会社の社員が近寄ってくる。仕事の依頼者である。背は低いが体格が良く引き締まった体が特徴的である。その後ろから、少し遅れて作業着姿の若者が顔を出す。
「ええ。あと少しです」
「あ、こいつね、先週からこの案件担当になった若手、よろしくね」
「お疲れ様です。よろしくお願い致します」
丁寧に挨拶する姿を見ると、まだ入社間もないのだろうと飴村は思った。
「あ、よろしくお願いします」
笑顔で挨拶するくらいはサービスに入れてある。
画面に目を移すと解析が終わっていた。
飴村の今日の作業は、この橋梁の調査である。具体的には劣化の程度がどれくらいかを把握するために行う。建設会社の方で目視によって行うのがメインであり、それは今現在も行っている。
ダンプトラックを二台、橋桁に置いて、その重さで橋桁が歪むことで広がるクラックの有無を調査する。建設会社側は、今、高所作業車に作業員を乗せて橋の反対側の側面を調査している。
終了後飴村が調査していた方の結果と比較することになる。
飴村の手法はドローンを使って橋桁を撮影し、その画像を解析することで橋梁がどの程度歪んでいるか調べることができる。
最近導入した手法であり、今回は検証実験も兼ねているので、仕事の依頼料は格安になっている。この手法の精度が高ければ、今後の橋梁調査の掛ける時間も費用も抑えられる。
「こんな感じですね…。えっと、第七区間の変位が大きいですね。ひび割れ入っている可能性があります」
「なるほどー。意外に中央は大丈夫ですね。あと…これを見る限り、三と十一区間もですかね」
「コンター図だと寒色が多いですから、そこまで気にしなくても良いかもしれません」
後ろで若手がメモを取りながら頑張っている。
飴村も父親に連れられて仕事を手伝っている時のことを思い出していた。
曽田家の事件から十日が経過した。飴村は開けた月曜日から通常営業だった。あれだけ人が死んでいるのに報道でも全く触れられていなかった。
事情聴取の時に対応した天然パーマの刑事から一昨日、飴村に連絡があった。曽田家を脱出した後、居候の鰻と使用人である諸角が発電室の高台から身を投げて死んだということが伝えられた。
全員から話を再び聞いているという刑事からの話で、再び飴村は警察署を訪れ、一から説明した。
軟禁されたところの話なると刑事が急に顔色を変えた。塗師の名前が出てきたところで表情が変わったように飴村には見えた。
事件はすでに過去のものになった。飴村の頭からは、多くの事が起こっていたにも関わらず、遠い記憶になった。あまりにも酷すぎて頭が忘れたがっている可能性もあるが、どちらにしても同じことである。
曽田家はどうなるのか、茉希から全く連絡が無いので飴村は気になっていた。
刑事に尋ねると、もう関わらない方が良いと言われながらも口を開いた。茉希は数日間、日常生活が送れなくなったそうである。アリアは変わらずとのことだった。居候の住人達もそのまま変わらない様子だったと言われた。刑事が言うには、茉希の様子がアリアに似てきた、ということだった。具体的には、落ち着きが出てきて冷たい印象だったと刑事は言った。
発電室はどうなったのか、尋ねてみたが、現場検証が終了してから直ちに取り壊され、そんな建物は無くなっていた。
つまり、アリアの思惑通りになったということである。
「今はまだ、取り壊したばかりだったらしいけれどね。亡くなった人たちの墓が建てられるそうだよ」
笑顔を見せて言った刑事の顔が飴村には悲しそうに見えた。
錯綜的トラディション~Incline~ 八家民人 @hack_mint
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