煉獄螺旋

 ☆




「勇者様! 起きてください! 勇者様!」


 頬をペチペチ叩かれて、俺は目を覚ました。

 目の前には金色の髪をふわりとさせたショートカットの小柄な少女がくりくりとした大きな瞳に涙をいっぱい溜めて俺の事を呼んでいた。


「痛い痛い。お、起きたよ……大丈夫だ」


 俺は彼女の腕の中から起き上がる。結構な力で頬を叩かれていた。顎が痛い。噛み合わせがおかしくなった気がするよ、いてて。


「ドーラ! よかった! 目を覚さないから死んじまったかと思ったよぉ」


 長身で切長の瞳の黒髪ポニーテールの少女もすぐそばにいて、俺の手を握っていた。

 頬をさすりながら辺りを見渡す。


 ここはどこだっけ。

 俺は一瞬、混乱したが、すぐに思い出した。


 ……全部思い出していた。


「勇者様、大丈夫ですか?」


「ああ。コマキ。大丈夫だ。砧も心配させて悪かった。ありがと」


 穏やかな川のほとりだったずいぶんと下流まで流されてきたのだろうか。


「どこか痛むところはないですか?」


 起き上がり肩を回し足を伸ばしてみる。

 どこにも痛みはなかった。


「大丈夫。女神様の加護があるからかな。そういえばさ。ひとつ聞きたいんだけど、女神様ってもしかして猫だったりする? 渋い声の」


 コマキが一瞬、戸惑ったように固まって、眉間に皺を寄せた。


「あの、女神様なんだから女性ですけど……。もしかしてやっぱり打ちどころ悪かったですか?」


「……いや。ごめん。なんでもない」


「どうする? 川を流されたおかげで、となり村まであと少しってところだけど、頭がやばいなら少し休んでいく?」


 砧に聞かれて俺は首を振った。


「いや、急ごう。精霊士に早く会いたい。会って確かめたいことがあるんだ」


 そうだ。俺は彼女に会わなければならない。


「そうか。じゃあ行こう。この森を抜ければすぐだ」


 砧が歩き始め、コマキもそれに続いた。

 俺は彼女たちの後ろを歩きながら、なんとなく、頬をつねってみた。


 みょーーんと頬はゴムのように伸びた。


 痛みはまったくなかった。






 煉獄螺旋 ~終~

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【 煉 獄 螺 旋 】 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango

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