第7話 第一章 7

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 翌日、僕は、父から本をプレゼントされることになる。 

「料理を初めてする人のための本」というタイトルのその本、前半には料理の準備段階における注意点、包丁の使い方、煮物、炒め物などのポイントが、後半には魚の塩焼き、ハンバーグ、トンカツ、餃子などよく耳にする作り方が載っていた。


 学校の帰りに駅前のスーパーに寄って夕食の材料を何日か分まとめ買いし、父が買ってくれた本のレシピに忠実に従って料理を作る。プラスのメニューはスーパーの惣菜で間に合わせることもある。こんなことを自分の中で取り決めてのスタートになった。

 

 いざ始めて見れば、夕食作りがこんなに大変だったとは、が一番の感想だった。「料理を初めてする人のための本」というのにふさわしくレシピはカラー写真入りで手順も丁寧に書かれていたが、高校二年生男子の僕には簡単ではなかった。完成するまでに時間もかかった。でも、食べる形に持って行き、食感を味わう楽しさを知ることが出来た。

 

 自分だけでなく父のために夕食作りをする息子をアチラの世界に旅立った母も絶対に応援してくれるはずだというのも励みになった。

 ただ、ひとりで食べる夕食がこんなにも寂しいものだとは想像出来なかった。高校生になって母との会話が少なくなっていたのは、事実だった。そんな中、夕飯の時間は、一番会話が出来る時間だった。

 

 会話の話題の提供は、大抵、母の方からだった。

 事故の前日の話題は、熊のような犬とオジサンの話だった。食後、お茶を飲みながら、母は、話した。

「キャって、思わず声が出ちゃったわよ。だって、道を曲がろうとしたらとてつもない犬が現れたんだから」

 母は、犬のでかさを示すために大きく手を広げた。今、思い出すと随分オーバーな大きさだった。


「黒くて熊みたいなの。リードを持ったオジサンが謝って来たんだけど、それが傑作。そのオジサンの姿、形が、ずんぐりむっくりで小熊に似てたのよ。笑えたわ」

 母は、その時の光景を思い出したのか、実に楽しそうに話した。


「見てみたいな。そのコンビ」

「びっくりするわよ。本当にヒグマみたいな犬なんだから」

「ヒグマは、大げさでしょう」

「雰囲気的には絶対ヒグマ。遭っても頭を撫でようなんてしたらだめよ。ガブリとやられたら大変だからね」

 

 母は、ヒグマを強調し、注意も忘れなかった。この最後の会話らしい会話は、昨日も頭の中に浮かんで来て、涙が溢れそうになった。居眠り運転の結果、センターラインを越えて母の軽乗用車に正面衝突した男の名前「中崎徹」の名前を口に出して、「許さないからな、中里徹」と罵倒していたのだった。

 

 母がダイニングの斜め前の席に座っている。それだけで、晩ご飯の賑やかさとか安らぎがあったのだ。誰かに話せば、父と一緒に食べればいいじゃないかと言われるに違いないが、七時過ぎまで、到底お腹が持ちそうになかった。

             


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