第8話 第一章 8

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 食器を洗い、テレビの夕方のワイド番組を少し観てから数学の宿題を片付けるために二階の自分の部屋に向かう。

 僕の部屋は、畳六畳分の広さで床はフローリングでカーペットが敷いてある。

 

 ドアを開けると正面になるが、部屋の左側に勉強机がある。その手前に本棚。本棚と言っても、本が入っているのは、四段のうちの二段までである。下二段には、CD、DVD、ゲームソフト、ゲーム機のコントローラーなどが置かれている。

 ベッドは右側の壁にくっ付けられてあった。

 

 今日の数学の宿題は、教科書と一緒に使っている問題集だった。僕の中で数学は、中学生の時は、楽勝の得意科目だった。クラスでトップを争っていた。けれど、県下で偏差値的には二番目の高校に入って、自分程度の数学力の人間は幾らもいると知ってしまい、数学に対する情熱が減少した。今では、上位三分の一に入るかどうかである。問題は七つ、五つ目のところでひっかかった。シャープペンで書かれた数式を消そうと机の引きだしを開けた僕は、エッっとなった。

 

 消しゴムも視界に入っていたが、焦点が合っていたのは、携帯だった。スマホではなく、木のケースに入ったガラケイで母の物だった。母の事故を知らない人から連絡が来るかも知れない。そのために年内は料金を支払い、僕の手元に置くことにしていたのだった。三日に一度はきちんと充電をしていたが、今日まで留守電もメールもなかった。実際にメールを知らせるランプが点いているのを見るとドキリとする。

               

[宮田恵美子 様

お元気でお過ごしのことと思います。こちら順調に作品を仕上げつつあります。丹野]

                               

 たったこれだけの短いメールだった。

 丹野さん。これまで、母から一度も聞いたことがない名前だった。作品を仕上げつつありますって、芸術家っぽい文章だけど、母が事故で亡くなったことを知らないのだろうか。

 僕は、返信した。

[丹野様

息子です。母は、二十日ほど前に交通事故で亡くなりました。

                       宮田 正弘]


 十分ほどして再び丹野さんからメールが来た。

[宮田 正弘様

知りませんでした。大変驚いております。心よりお悔み申しあげます。

私は、木彫り作家です。以前、お母様は、私の個展に来てくださいました。ご住所は存じております。ぜひ、お線香をあげさせていただきたいと思います。

                        丹野 明彦]


 フルネームで返って来た。男の人だ。木彫り作家?母がそんな人の個展に行った話など聞いたことがない。それより、お線香にあげに来たいってどういうこと?個展に来てもらったからって、お線香をあげに来たいだなんて考えるだろうか。余程真面目な人なのだろうか。

 木彫り作家。ひょっとして、これは?僕は、母のガラケイを木のケースごとひっくり返した。



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