第9話 第一章 9

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「これいいでしょう?」

 多分、一年以上前、お茶している時だった。母は、木製の携帯カバーの裏側を上にして僕に突き出したのだ。茶色の枠組みの中に手毬をつく少女が浮き上がるように彫られていた。よくあるオカッパ頭の少女ではない。白いブラウスにクリーム色のスカートを穿いた髪を肩まで伸ばした少女が手毬をついている図柄だった。

 

 木製の携帯カバーは、家電ショップなどで見たことがあったが、こんな風に図柄が裏面に彫られた物は、見たことがなかった。


「いいね、どこで買ったの?」

「グリーンモールの小さなお店。二号館の方だった。彫ってあるのは、ほんの数点しかなかったけどね」

 母は、そう言うと、大事そうにバッグの中に収めたのだった。僕のスマホには、カバーがしてあったし、僕が木の携帯カバーなど買いに行くとは思えなかったので、咄嗟にグリーンモールの名前を出したのかも知れない。本当は、木彫り作家の丹野さんに依頼した物だった?


「正弘」

 僕を呼ぶ声がした。

 ちょうどいいタイミングで父が帰って来てくれた。僕は、母の携帯を手に部屋を出た。階段の一段目に足を掛けた父の姿があった。

「団子買って来た」

「食べる」

 僕は、階段を下りて行った。

 

 ダイニングでは、団子の串がたくさん描かれた包装紙が半開きにされ、電子レンジが唸りをあげている。

 父の会社の近くにデパ地下でも販売されている和菓子店があって団子が有名だった。白い小箱を開けると醤油ときなこが二本づつ並んだ団子が出て来た。

 僕は、お茶を入れた。

 

 チンした肉野菜炒めと中華スープをテーブルの上に並べる父に僕は、突然来たメールについて報告する。

「あのさあ、お母さんの携帯に丹野さんとかいう人からのメールがあった。木彫り作家だった」

「木彫り作家?」

「うん、お母さん、前にその人の個展に行ったことがあるみたい」

 

 僕は、母の携帯のメールボックスを開きながら言った。

「お母さんが亡くなったこと知らせたら、ぜひ、お線香あげに来たいっていう返信が来た」

 僕は、携帯を父に手渡した。

「個展に来た位で普通お線香をあげに来たいだなんて考えないだろう。木彫りでも買ってやったのか」

「もし、あるとすればケースの裏、ひっくり返して」

「これか」

 

 父は、ガラケイの木製ケースの裏の手毬をつく少女を眺めた。

「木彫りだな。いや、お母さん、俺の前で携帯出すこと少なかったから、木のケースなのは、知っていたけど、これを彫った人なのか」

「分からないよ」

 母は、父にはグリーンモールで買ったなど言わなかったようだ。黙っていることにする。



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