第5話 第一章 5

           5

 地味、安全、堅実。どれも父にぴったりの単語である。それを証明する話は幾つもあった。

 

 ギャンブルなどいっさいやらない。競馬の配当で、百円が数百万になったというニュースに僕と母が声をあげる横で父は冷ややかに言った。

「ギャンブルで稼いだ金はギャンブルですっかりなくなる。そういうものだ」

 株があがっている時「お父さんも株のこととか勉強したら」と母が言ったら「やらん」のひと言で話を終わりにした。

 

 僕自身にかかわることもあった。小学生の時だ。図工の時間に将来の自分の仕事を絵にしなさい、という課題があった。四年生か五年生の時である。僕は映画監督になっている自分の姿を描いて両親に見せた。

 カチンコを持った人、女優さん、撮影する人、椅子に座っているのが僕。

 

 母は、「よく描けているわねえ」絵に対する誉め言葉を言った後「かっこいい職業だけど難しいわよ」と付け加えたのだが、父は違った。「月々、ちゃんとお金が入って来る職業につきなさい」と息子の夢を真面目な顔で全否定したのである。

 

 万事がこんな調子で、こうした考えは今でも見事に続いているのだった。

 そんなわけで、部長への昇格の報告を聞いて以来、地味を感じた時など母や僕の口から品質管理という言葉がしばしば発せられるようになったのだった。

 

 リビングのテーブルの上に広げられたタカラ屋で買った幾何学模様のセーターから「お父さん、たまにはこんな派手なセーター着てみれば」そんな母の声が聞こえて来そうだった。

「サプライズだね」

 僕はタカラ屋のチラシを眺めた。

「女物は載っているけど、男物のセーターは載っていない。カーテンもない。五十周年の記念セールに引きつけられて行ったら、僕の部屋に合うカーテンとかお父さんを驚かせるのにぴったりのセーターが見つかった。そんな感じだね」

 

 僕は、セーターの後ろ側から脇の部分を持ち上げ、

「着るよね?」

と父に言った。

「当分は無理だ」

 白い布を顔にかけて永遠の眠りにつく母がいる和室の方に首を曲げて、父は言った。

          


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る