第3話 第一章 3
3
警察の人がふたり僕達の前に現れた。
彼等は、まず、事故の状況を説明した。トラックの運転手が居眠り運転をして。無意識にハンドルを切って対向車線にはみ出し母の車と衝突したというものだった。
「いつの間にか、ハンドルを切っていました、と本人は言っています。逮捕しました」
と年配の方の警察の人が言った。
運転手は、二十九歳の物流会社に勤める男だった。
「これ、お母さんの車に積まれていたものです」
若い方の警察の人が、大きな紙製の手提げ袋とレジ袋を僕に手渡した。タカラ屋という文字が茶色の紙袋にあった。
「お大事に」
という言葉を残して、警察のふたりは帰って行った。
「やっぱり、買い物だったのだ」
僕は、レジ袋を開ける。ワインとクッキーの袋とチラシが一枚入っていた。
カラー印刷された大きなチラシを広げた父が、「これだったのか」と言った。横から覗けば、上の方に[タカラ屋、五十周年記念セール]とある。たくさんの商品が並び価格の部分に斜線が引かれている。その上に三十パーセント引き、五十パーセント引きといった記念セール用の価格が書いてあった。
母が、どこからタカラ屋五十周年記念の情報を仕入れたのかは分からないが、このために軽自動車を使ったことは間違いなかった。
手提げ袋には、ふたつの商品が入っていた。開けるのは家に帰ってからにした。
母の命は失われた。脳の損傷と腹部からからも出血していたと医者は僕らに告げた。
こんなことってあるのかよ。許されるのかよ。僕は、心底そう思った。驚きと怒りが涙を凍結させた。
家に帰って、葬儀社の人との打ち合わせや父が親類に連絡した後の真夜中近く僕と父はタカラ屋の手提げに入った紙包みの中身を知った。
ひとつはカーテンだった。
「これは、僕のためだと思うよ」
僕は、父に言った。
三ヶ月ほど前の休日の午後だった。勉強中の僕の部屋にケーキを持って来た母が、珍しくすぐには出て行かなかった。おいしいケーキを持って来てあげたのだから、の気持ちもあったのか、母は僕に勉強の調子を尋ね、部屋の中を見渡した。
「このカーテン、随分、くすんで来たわね」
買って来るとは言わなかったけれど、サイズも窓用でタカラ屋で購入したカーテンは、僕の部屋のためであるのは間違いないと思った。
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