【怖い商店街の話】 ゲームセンター~UFOキャッチャーの景品~

真山おーすけ

ゲームセンター~UFOキャッチャーの景品~

そのゲームセンターには、謎のUFOゲームがある。よくあるぬいぐるみやフィギュアやお菓子やグッズとは違い、黒いカプセルだけが無作為に置いてあるのだ。カプセルの中身は見えないため、何が取れるかわからない。ただ大きさからいって、ねり消しとか、キーホルダーと大していいものは入っていないだろうと思っていた。実際、そのUFOゲームをやっている客はほとんどいない。


ある時から、随分と女子高生の客が増えた。店の奥には、古いプリクラ機が置いてある。女子高生たちは、それが目当てのようだった。同じクラスの女子の姿もあった。何故だか知らないが、出て来たシールを見て一喜一憂している。時には険しい顔で文句を言いながら、その場にシールを捨てていく奴までもいた。駅前には最新のプリクラ機が置いてあるというのに、どうしてこんな隅に追いやられた機械に撮りに来るのだろうと、俺は不思議に思っていた。だが、俺はメダルゲームしかやらないし、プリクラにはまるで興味がないからどうでもいいけど。


話しは戻して、UFOキャッチャーのこと。一回500円という、割と高めの設定。クレーンはカプセルを鷲掴みするタイプだった。どんなに目を凝らしても、黒いカプセルの中身は見えない。だが、返ってそれが気になる。


何が取れるのか、俺は挑戦することにした。密集したカプセルをうまい具合に掴むのはとても難しくて、気づくと何枚もコインを投入していた。UFOキャッチャーなんて、あまりやったことがなくて不慣れ。だから、俺には特に難易度が高かった。結局、5000円も使ってカプセル一個だった。手に取るとカプセルはとても軽く、振ってもカラカラと軽い音だった。黒いカプセルの周りには、セロハンテープで止められているのだが、そのテープがイライラするほど剥がれにくい。途中で切れては、またテープの角に爪で立てる。


やっとも思いで黒いカプセルが開くと、中には番号のシールが貼られた鍵が入っていた。


どこの鍵だよ。


と思いつつ、俺はカウンターにいる店長のところに行って鍵を見せた。店長は鍵を見るなり、バックヤードの方へ指差した。


「あっちに景品ロッカーがあるから、番号の鍵を開けて中から持っていって」


言われるがまま、俺はバックヤードの中に入った。そこには、ガラスで中が見える縦横六つのコインロッカーがあった。中を覗くと、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた大きなぬいぐるみや、モデルガン、一昔前のゲーム機に、ジュースやお菓子が入っていた。


俺が取った鍵の番号は『D-2』中を覗くと黒くて小さな箱が置いてあった。俺は鍵を開けて景品の箱を取ると、それもまたとても軽かった。そして、箱を開けて中身を見た瞬間、俺は唖然とした。


何故なら、そこに入っていたのがまた「鍵」だったからだ。その鍵にも『B1-D-10』というシールが貼られていた。景品ロッカーの中を見ると、もう二つ同じような黒い小さな箱があった。それも「鍵」なのだろうか。俺は店長のところに戻り、景品の「鍵」を見せた。


鍵を見た瞬間、店長も唖然としていた。どこの鍵だろうと、店長は戸惑いながら呟いた。


あのUFOキャッチャーは、現店長が来た時にはすでにあったものだが、普段はあまりやる人間がいないから景品についてはよくわからないと言った。とりあえず、オーナーに聞いてみると言って、店長はバックヤードに電話を掛けに行った。


そして、それから数十分経った頃、店長は一枚の紙を持って戻って来た。


「オーナーも高齢だからね。たぶん、ここのコインロッカーだろうと。一応、場所を聞いて地図を書いて来たから、行ってみてくれるかい」


そこは商店街近くにあるコインロッカー専用の建物らしい。古くからあるコインロッカーで、潰れていなければ今も景品はそこにあるらしいということだった。


店長は俺に、「もし嫌だったら、入り口の二台のUFOキャッチャーから好きなのを持っていってもいいよ」と言った。


確かに気味が悪かったが、同時に好奇心が生まれた。


だから、俺は地図が書かれた紙を店長から受け取り、コインロッカーの中の景品を取りに行くことにした。


商店街の裏路地を地図通りに進むと、コインパーキングと古い喫茶店の間にコインロッカーと書かれた古い建物があった。


入り口の電灯は裸電球で、テントは長く掃除をしていないのか真っ黒で、コインロッカーという文字は一部が擦れて見えなくなっていた。中に入ると、部屋一面にコインロッカーが並んでいた。床にはゴミくずが散乱していて、壁やロッカーにはいたずら書きやお菓子のシールなどが貼られていた。見れば、鍵が抜き取られているロッカーがちらほらあり、今でも使われていることがわかった。ロッカーの上には、「1F-A列」とローマ字の列が書かれていた。


1Fが一階だとするなら、俺の鍵は地下ということになる。階段なんて、こんな狭い敷地にあるのだろうか。そう思いながら探していると、非常口だと思っていた裏口に『地下』と書かれた扉があった。


銀色の冷たいドアノブを回すと、音を立てて重いドアが開いた。


すぐにコンクリートの階段が下まで続き、地下からぼんやりと光が漏れていた。


ドアノブから手を離すと、ドアは不気味に音を立てながらゆっくりと閉まった。こんな場所にある景品なんて、一体何だっていうんだ。階段は一段一段高くて、足を乗せる幅が狭い。俺は踏み外さないように、ゆっくりと階段を下りた。


半分ほど下りたところで、赤ん坊の泣き声が小さく聞こえて来た。


「マジかよ。まさか、赤ん坊の置き去りか」


地下一階のコインロッカーは照明が青白く、一階よりも荒んでいた。赤ん坊の声は、コインロッカーの何処かから聞こえてくるようだった。地下一階の方はあまり使われていないのか、赤ん坊の声が聞こえる通路のほとんどのロッカーに鍵がついていた。


一体、どこから聞こえるんだ。


そう思いながら泣き声を探っていくと、そこには鍵のないロッカーを見つけた。


それは『B1-D-10』


俺の持っていた鍵だった。


「嘘だろ……」


俺は絶句した。


確かに、赤ん坊の泣き声は目の前のコインロッカーの中から聞こえる。


「景品が赤ん坊なんてあり得ないだろう」


俺は正直、鍵を開けようか迷った。だが、俺は勇気を出して鍵を鍵穴に差し込んだ。その間もずっと赤ん坊の泣き声が、中から聞こえてくる。俺は勢いに任せてロッカーの扉を開けた。


だが、そこにあったのは赤ん坊の姿ではなく、またも小さな桐の箱だった。俺は安堵し、ホッと息を吐いた。扉を開けた時、赤ん坊の泣き声も消えた。


一体、何だったんだろうか。そう思いながら、俺はその小さな桐の箱を開けた。


それを見た時、一瞬何だかよくわからなかった。乾いた貝のヒモかとも思った。


だが、俺は同じようなものを前に見たことがあった。母親が大事そうに箪笥の引き出しから出してきた小さな桐の箱。


中には同じく干乾びた貝のヒモみたいなものが入っていて、「何これ」と俺は母に尋ねた。


その時に返って来た言葉が、そうだ、「へその緒」だった。


俺が持っているこれも、誰かのへその緒だ。


「誰のへその緒だよ、これ」


俺の指先がへその緒に触れた瞬間、そこから赤ん坊の泣き声が聞こえた。


俺は怖くなり、とっさに桐の箱を閉じると、そのままコインロッカーに戻した。


「こんなものもらったって、どうしたらいいんだよ」


立ち去ろうとすると、背後からまた赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。


そして、コインロッカーのドアがゆっくりと開いていくのが見え、俺は慌てて手でドアを抑えた。


中から、ギャン泣きする赤ん坊の声が聞こえる。


ドアが開く力は強く、今にも開いてしまいそうだった。


俺はとっさにポケットから小銭を取り出すと、投入口にコインを入れて鍵を閉めた。


ダンッダンッ!!


赤ん坊の声とドアを叩く音が何度か聞こえたが、少しして静かになった。俺は大きく息を吐いた。気づくと、鍵を持っている手が震えていた。


早くここから出よう。


階段に足をかけた時、別のコインロッカーが二つほど大きな音を立てて扉が揺れた。俺は驚き、腰を抜かしそうになった。転びそうになりながら階段を駆け上がると、重いドアを開けて店から飛び出した。


そして、コインロッカーの鍵を、ゲームセンターの店長に返したのだった。鍵を受け取った店長は、何も言わずにバックヤードに戻っていった。


気になった俺は店長の様子を覗きに行くと、返した鍵を再び小さな箱に入れて景品ロッカーに戻した。


そういえば、景品ロッカーには同じような小さな箱がもう二つあった。もしも同じロッカーの鍵だとするなら、他に何が入っているのだろう。


もう二度とあのUFOキャッチャーはしないが、ほんの少し興味があるのは確かだ。


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