第45話 見ている景色


 初夏の青空の中、バババババっと、ホンダのバイク、レブル250を走らせる。

 盛岡から秋田まで46号線を走れば二時間もあれば着ける距離だ。だけど今日は北側の岩手山沿いを走るルートにした。秋田までは四時間くらいだろう。

 左手には岩手山が大きくそびえ立っている。周りが田畑ばかりでよく見える。いつも南側から見ている岩手山とは形が異なっていて新鮮だ。県立大学に通っていた時も、盛岡西高校に通っていた時も、いつも南側から見ていた。あの頃と今は見ている景色が違うんだ。

 岩手山は後方へと移動し、僕の視界から消えた。

 23号線がカーブを帯びてきた。ここからは山道だ。バイクの醍醐味である。

 右へ左へと車体が大きく傾く。僕のお腹がぎゅっと締め付けられた。

「しずくさん、大丈夫?」

「うん。風が気持ちいいね」

 ヘルメット越しに声が聞こえた。運転している僕からはその表情は見られないけれど、声のトーンから笑っているのだと分かる。


 あれから一年。しずくさんは三十歳、教師生活九年目のベテラン先生となり、僕は教師生活三年目の二十五歳になった。僕としずくさんは付き合い始め、そして今日、秋田にいる父のもとへ結婚の報告をしに行くのだ。

 結婚式は盛岡グランドホテルで行う予定だ。しずくさんの親友がそこで式を挙げたらしく、憧れの会場のようだ。

 先日しずくさんと会場を下見に行ったのだけど、盛岡市内が一望出来る「天空のチャペル」を見た時は、僕もここで式をしたいとすぐに思った。

 今は披露宴に誰を呼ぼうか、ふたりで考えている。僕側は、母はもちろんだけれど、父にも来てもらえないか、今日話す予定である。それからノリ、なべやん、遠野くん、岩田さんにも連絡してみようかと思う。

 しずくさんは、母や親戚、親友の美緒さんを呼ぶみたいだ。

 共通の知り合いとしては、高校三年の時、担任だった須藤先生や初めての赴任先だった花巻高校の森先生あたりを呼ぼうかと話している。


 バイクは右へ左へと山道を登っていき、やがて八幡平はちまんたいの頂付近に到着した。岩手県と秋田県の県境だ。速度を緩め、八幡平山頂レストハウスの駐車場にバイクを止める。

 しずくさんがバイクを降りると、ヘルメットのまま小走りで展望台へと走っていた。

「大地くん、こっちこっち!」

 しずくさんが僕を呼ぶ。僕もバイクを降りヘルメットと手袋を外して走って行く。

「きれい」

 しずくさんのところに行くと、見渡す限りの緑の山々が広がっていた。

「うん、ほんときれい」

 僕はしずくさんの隣に並んで、山々を一緒に眺めた。

「『山頂まで登山電車で来た人と登山家とでは、同じ太陽を見ても気分が違う』」

 しずくさんは山々を眺めながら、何やら名言めいたことを言った。

「ん? 何それ」

「アランって人の『幸福論』にある言葉」

 僕はその意味を今の状況に置き換えてみた。僕らはバイクで山頂に来たのだから、歩いてきた方がより幸せだと言うことだろうか。今はそれほど幸せではないと言うことだろうか。意味が分からず隣を見ると、しずくさんは嬉しそうに笑っている。

「どうしたの?」

「山頂までひとりで来た時とふたりで来た時とでは、同じ太陽を見ても気分が違う、って思って。この景色、大地くんと一緒に見ることができて良かったなって思ったの」

 しずくさんがまた笑う。僕も嬉しくなって笑う。

 僕はしずくさんの手を繋いで大地に広がる景色を眺めた。



 おわり。

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僕と彼女、それから私ときみの恋 雹月あさみ @ytsugawa

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