30.あした、いないかもしれないあなたへ

 飾り付けられた学校は、すごく賑やかで、若さゆえの活気に満ち満ちていた。


「懐かしいなぁ」


 そうこぼす田所の瞳は、キラキラと輝いている。


 母校の文化祭に、今日は二人で来ていた。

 なんでも、田所の友人が高校教師で、この学校に今年からつとめることになったらしい。

 よかったらおいでよ、と誘われた、と田所は言っていた。

 年齢もあって、流石にレクリエーション系には参加するのがはばかられ、文化部の発表を見るのが殆どになってしまったが。

 それでもなんというか、まぶしくて、微笑ましくて、すごく……いいな、と思った。


「文化祭、一緒に回るのは初めてだね」


 田所がこちらを見上げて笑う。


「そうだな」


 高二のときは、俺は柳生と回ったし、田所はクラスメイトと回っていた。

 高三のときは、スケジュールがただただ合わなかった。

 卒業から何年も経って、まさか来ることになるとは思わなかった。


「未結っ!」


 女性の声に、俺たちは振り返る。

 田所は柔らかな笑みを浮かべた。

 どうやら、彼女が例の友人らしい。

 中学の頃の友人だった、と聞いている。

 俺と簡単な挨拶だけ済ませると、彼女はそのまま田所と話し始めた。


 なんとなくそこから距離を取り、辺りを見渡す。

 懐かしい風景の中に、一人、見覚えのある人、いや、幽霊がいた。

 高校生活の中で、田所といるときに見かけた幽霊だった。

 幽霊はじっと田所たちを見ていたが、俺に気がつくとすっと寄ってきた。


「あの子、変わらないね」

「……どういう意味だ?」

「まだ、死にたいって感情を持ってる」

「わかるのか」

「生と死に対する感情って強いから。私たちは否応なしに感じるの」


 言って、幽霊は小さく微笑む。


「私たちには、生きてる人の命を左右するようなことは出来ない。それが出来るのは、生きている人だけ」

「……」

「感情自体は変わってなくても、それだけに縛られてる状態ではなくなってる。環境が変わったのかな」


 ふふふ、と小さく笑った幽霊は、言うだけ言って姿を消してしまった。

 しばらく、彼女がいた場所を見つめてしまう。

 気配はまだあるから、柳生のようにいなくなってしまった訳ではないのだろう。

 どうしてあの幽霊はまだ残っているのだろうか。

 もしかしたら、彼女なりに生徒たちを見守っているのかもしれない。


「お待たせ」


 田所が、覗き込んできた。

 

「もういいのか?」

「うん。一応あの子も仕事中だからね」


 そう言って、田所は小さく笑う。

 丸い瞳が優しげな色を灯していた。


「いいことでもあったのか?」

「え?」

「幸せそうだな、と思って」

「ああ、うん。……お互い、生きててよかったな、と思って」


 話の意味がうまく理解出来ずに首を傾げれば、田所は、なんでもない、とまた笑った。



 まもなく文化祭が終了する、というアナウンスが流れる。

 帰ろう。

 そう言って、俺たちは校門を出た。


 振り返れば、綺麗に飾り付けられた学校。

 明日には、その装飾がすべて消え、日常に馴染んだ姿になるだろう。


 呆気ない。


 そうつぶやいていた柳生を思い出す。

 きっとそれは、行事のことだけではなく、色んなことに言えるのだろう。

 どれだけ入念に準備したものでも、終わるときは意外と呆気ない。


 きっと、人生だってそうで。


 嬉しさや、悲しみ、絶望や、後悔。

 そしてその中で感じた幸せたち。


 どれだけそれが積み重なっていても、もしくはそれらがなかったとしても、終わるときはきっと、呆気ない。

 その直前までどれだけ苦しんでたとしても。

 その直前までどれだけ幸せの中にいたとしても。


 その瞬間に幕は降ろされる。


「木津くん?」


 呼ばれて、田所に視線を戻す。

 田所は不思議そうに俺を見ていた。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 そっと小さな手を握れば、一瞬驚いた顔をした後、笑顔で握り返される。


 終わりが呆気なくたって、明日にはなにも残らないなんて、そんなことはない。


 事実、柳生がいなくなってしまっても俺たちは生きているし、柳生との思い出は、色んなところに残っている。

 いつかは風化して、消えていってしまうかもしれないけれど、でも、それでも、すべてがなくなる訳じゃない。


 明日、もしも田所がいなくなっても、俺は生きていくし、俺がいなくなっても、田所は生きていくだろう。

 俺たちが消えてなくなっても地球は回るし、時間は流れる。


 それは、俺たちが生きていても変わらないこと。


 変わらないのならせめて。

 この手の中の温もりと、できるだけ長くいたい。


 でも。

 ときどき思うんだ。

 柳生もいたら、よかったのになって。

 どうしてあのとき失ってしまったんだろうって。


 その感情もひっくるめて、俺は生きるし、田所も生きる。


 明日、いないかもしれない、自分たちのために。

 続く未来に、少しでも幸せがあることを祈って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あした、いないあなたへ 奔埜しおり @bookmarkhonno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ