どうしよご主人! 虹の橋がないよー!!
ある鯨井
第1話
僕はアーサー。
犬種はボーダーコリー、性別はオス、大好きなのはボールとフリスビーとペットボトル!
体はちっちゃいねって言われたけど、他の仲間よりずっとずっと走るのは早かったんだ。最近はすぐ疲れちゃって、僕より若い仲間に負けて悔しいから、ご主人に体当たりしてた。八つ当たりも上手に出来るんだ、えっへん。
でも、今日は特に疲れる。ご飯食べたくなくて、食べなかったせいかな。カーテンで隠れんぼが出来る僕のお気に入りの場所に寝転がってふぅ、と一息ついた。ひんやりとしたフローリングと、ぽかぽかの日差しが気持ちいい。
「アーサー」
ご主人の声に顔を上げた、けどご主人の姿が見当たらない。
びっくりしたけど匂いを嗅ぐとすぐ傍に居る匂いがした。良かった。でも目が悪くなっちゃったのかもしれない。体も重いし、具合が悪いのかも。ううっやだな、病院でチクっとされちゃうかな。
「アーサー? ………ああ、そうか。そう、だね。もう、十五年、生きたからね」
じゅうごねん、いきた。
ご主人の言葉はたまに難しくて、僕は天才だけど犬だから、何をしてみせたらいいのかわからない事もある。
頭を撫でてくれてるから、じゅうごねんいきた、は可愛いとか良い子と同じなのかな?
とても、とても優しい声だ。怒ってはいない。褒めてくれているのに、喜んでくれているのに、なんだかすごく寂しそう。
「アーサー、虹の橋の話を覚えているかな?」
――君はいつか、虹の橋の見える場所に行くんだ。
大好きな原っぱが広がってて、いつまでも遊び続けられる。お友達もいるし、アーサーが大好きなおもちゃもきっとある。
綺麗な水がいつでも飲めて、美味しいご飯も食べられる。
覚えてるよ、ご主人。
疲れないならご主人とフリスビーもサッカーも取ってこーいもずっと出来る。なんて夢のような場所だろう! 早く行こう! すぐ行こう! と誘う僕に、ご主人は「一緒には行けないんだ」って言った。しょんぼりする僕に「お見送りはするよ。多分……絶対に泣くけど、一緒にいる。一緒には行けないけど、最期までは傍にいるから」……そう、言った。
ああ、そうか。ご主人、僕はこれから虹の橋に行くんだね。あの時は、僕を置いてまたどこかに行くつもりなのか! って思ったけど、違った。
僕が、ご主人を置いて、逝くんだ。
お留守番が寂しいのは誰よりも僕が知っている。わかってしまうと、僕の口から情けない声が出てしまった。
「くぅー……」
「アーサー」
「クー、ヒュ……ピィー……」
「ああ、どこか痛いのかな。大丈夫だよ、大丈夫」
少し焦ったようなご主人の声が、遠くに感じる。でも僕の全身を優しく両手が撫でてくれて、ぽたぽたと、温かい水が止めどなく落ちてきて、傍にいることはわかる。
寂しい、寂しい、寂しい、怖い。
ご主人がずっと撫でて、抱き上げてくれてるのに、離れてしまうのが、体が重いのにとてもとても遠くに行ってしまうのが、わかる。嫌だ、まだここに居たいのに。
「……虹の橋で、待ち合わせをしよう。かならず迎えにいくよ。君は、待っていてくれるかな」
ご主人、迎えにきてくれるの。
ご主人を置いて行ってしまうのに、遠くに行ってしまう僕に会いにきてくれるの。
怖いけど、寂しいけど、また会えるなら大丈夫。
「アーサー、大好きだよ」
僕もご主人が大好きだよ。
虹の橋で、日向ぼっこしたり、ボールやフリスビーを追いかけたり、友達と組み合って転がったり、ご飯もたくさん食べて、お水も飲んで、お昼寝して、――ご主人が迎えに来てくれるのを待ってる。
おやすみなさい。
ぱち、と次に目が覚めたら、地べたに寝転がっていた。お部屋の匂いもしない。ご主人も、いない。そうわかったらまた口から情けない声が出た。
でも、ご主人が迎えにきてくれるって言ったんだ。その間僕がすることは決まってる。
そう、全力で、遊ぶ!!
明るくてあったかくて、どこまでも続く芝生の上を僕は走り回った。色んなところにご飯があったから、いっぱい食べた。ボールでも遊んで、ロープを振り回して、疲れちゃったからそのまま眠ったりもした。
でもね、それも最初だけ。やっぱり、ご主人と遊びたいなぁ、フリスビーは一人じゃ遊べないよと思っちゃって、ゴロゴロする時間が増えちゃった。
そういえば僕の他にも犬とか猫とかいるけど、みんなゴロゴロしてるし、なんだかしょんぼりしてるみたいに見える。みんなも寂しくなっちゃったのかな。
あれ、アーサーだ。
こんにちはアーサー。久しぶり。
ゴロゴロしていた僕にお鼻をひくひくと近付けてきたのはコハナちゃんとモンちゃんだった。本当だ! 久しぶり! 僕よりお姉ちゃんとお兄ちゃんだった柴犬のコハナちゃんと、マルチーズのモンちゃん。ずっと会えてなかったけど、ここに来てたんだね。
体を低くしながら体を嗅いでみると、懐かしい匂いがした。僕の尻尾が嬉しすぎて回転する。コハナちゃんのくりんと丸まった尻尾も、モンちゃんの短めの尻尾もピュンピュンしてた。やったぁ!
良かった。ご主人はまだ来ないけどお友達と一緒なら寂しくないね。
僕はニコニコしてたけど、コハナちゃんもモンちゃんもぷりぷり振ってた尻尾が止まっちゃって、しょんぼりしてしまった。
そっかそっか、アーサーはまだ来たばかりだから知らないのね。
俺たち、飼い主と会えないんだって。
そんなことを言われて僕はびっくりする。だってご主人は迎えに来てくれるって言ったんだ。虹の橋が見える原っぱで待ち合わせをしたんだ。ウルル、と喉が鳴る。するとモンちゃんが無いんだ、と言う。
どこにも虹の橋が無いんだ。
言われて気づいた。確かに広い原っぱも、友達も美味しいご飯も綺麗な水も、おもちゃもあった。でも、虹の橋なんてどこにもない。空は青一色だけだった。
そんなそんな、じゃあ僕はもうご主人と会えないの? みんなみんなしょんぼりしてたのは、虹の橋が無いから?
どうして虹の橋が無いのと聞いたら、コハナちゃんもモンちゃんもわかんないと俯く。虹の橋はどこにあるのと聞いたら、どこにも無いなんて言われたらしい。
僕は走り出した。コハナちゃんとモンちゃんがついてきてくれて、僕らは虹の橋の場所を探した。絶対絶対どこかにあるはず! ご主人が迎えに来てくれるまでに、絶対見つけるんだ!
いっぱい走って、ご飯を食べて、お水を飲んで、休憩もして、走って走って走って、虹の橋を探す僕らと一緒に走って探してくれる仲間が増えた。犬も猫もハムスターもウサギも鳥も豚もトカゲもみんなみんな、ご主人と会うために虹の橋を探してた。お水の中や近くから顔を出して魚も亀もヤドカリも僕らを応援してくれた。
きっと見つかる。そう思ってた。
「ここ数日ドタバタやかましいと思ったら、原因はお前らか」
赤い肌の大男が僕らの目の前に立ち憚った。男はめっちゃ強かった。馬の突進も受け止めてしまったし、熊との相撲対決も熊を空中にひっくり返して勝利した。みんな怪我はしてなかったけど、怖くてプルプルしてた。
僕はわかった。額から伸びた二本の黒いツノと僕らのお揃いの鋭い牙と爪、この男はご主人と同じ人間じゃない。鬼だ。足の間に尻尾をしまいこんでコハナちゃんとモンちゃんと一緒にプルプルした。
鬼は震え上がる僕らを見回して、スイカを握り潰しそうな大きな手で僕を指差した。
「一体何が不満で暴れ回ってたんだ。ん? ああ、お前だな。へえ、ほーん、珍しい。で、お前、何の文句があってこんなことした?」
どうして僕のせいにされてしまったんだ。しっこ漏れちゃいそう。
僕がずっとプルプルしてる間、鬼は怒ったりしないでずっと僕のことを見てた。お口の中に牙を隠して、お話を待ってるみたいだった。
そういえば、鬼はすごく大きいのに話しかけてきた時からあんまり首がつらくない。鬼がしゃがみこんでくれてるからだ。ご主人とか、友達のご主人やおやつをくれたり撫でてくれる人と同じみたいに。そう思ったら、プルプルが止まった。
僕たちは虹の橋を探してる、絶対どこかにあるはずなんだ。
「あぁ? そんなの、あるわけないだろ」
鬼がすぐに否定してきて僕はムッとして吠えた。そんなはずない! ご主人はあるって言ったんだ!
僕が怒っていたら鬼の黒目がぎょろりと動く。
「はぁー……あのなぁ、その虹の橋の話が出来たのは一体いつの話だと思ってる。まだ五十年にも満たないごく最近の話だ。準備が間に合ってねぇんだよ。ただでさえ人間が増えて、外国からもやってきて、天国も地獄もいつもドタバタして、人手が足りてねぇ。お前らが走り回るためのここだって、出来たのはつい最近だぞ」
……つまり?
「虹の橋の建設は後回しにされてる。だから、誰も作ってない物なんてあるわけねぇんだよ」
ええ――っ!? 無くなったんじゃなくて、まだ出来ても無いって事――!?
一人の鬼を囲んで僕らはわんにゃーがうぴーぐおおひひーんと猛抗議。鬼には効果がなくてほっぺに蹄の痕が出来てもうるせーうるせーと大声対抗。
「大半は自分のことで手一杯で、お前らを優先させろって考える亡者はほぼいねぇ。虹の橋建設要望はごく少数派、優先度が低いんだ」
なんだかショックだ。でもご主人もご主人のお友達も僕らに優しかったけど、僕らのことを嫌いな人もいた。嫌いな人は僕らのことはどうでもいいんだろう。僕らもご主人に会いたい以外どうでもいいからしょうがない。
天国にも地獄にも新しいものを作って欲しいって要望のほうが多くて、なんだかとっても大変なんだって。
だったら鬼さんは、どうしてここにいるの?
「ここは俺の担当地区だ。いて当たり前だろ。まぁ元々天女が担当してて、俺たち鬼は力仕事として手伝いにきてたんだが、どんどんあちこち引き抜かれていって、今は俺しか残ってねぇよ」
残念だったな。と鬼さんに言われて僕はプルプル震え出す。
そんな、そんな。じゃあ、僕らのために美味しいご飯も綺麗な水も大好きなおもちゃも、全部用意してくれたのは鬼さんだったの!?
僕が気付いた事にみんなも気付いたみたいで、みんなみんな、プルプルウルウルし出す。
ありがとう! 嬉しい! 好き!
みんな、あんなに怖かった鬼さんに頭を体を擦り付ける。僕も前足で抱き付いてお口をぺろぺろする。ご主人はしょっぱい味がしたけど、鬼さんはなんだか土の味がする。
ハッ、もしかしてお花を植えたのも鬼さん!? すごい!
「だあッ!! 鬱陶しい!!」
鬼さんは僕らをそっと持ち上げてはあっちへ投げ、よく伸びる皮の部分をつまみあげてはそっちへ投げ。鬼さんの大きな手で犬もタヌキもヘビもフェレットもニワトリまでもぴょーんと空を飛ぶ。
どんなに鬼さんが強くとも、僕らの感謝の気持ちは折れない。鬼さんの近くにいた子が遠くに飛んでいけば次は自分の番だとぐいぐい向かう。なんだか飛ばされた僕も楽しくなってきちゃってまた鬼さんのとこに向かった。
そうして僕らは鬼さんを押し倒し、一斉に襲いかかり、降参させたのです。これはご主人が褒めてくれるのでは!
そんなこんなで、ご主人。
ご主人が話してくれた虹の橋はなかったよ。なんか鬼さんが、とにかくヒトデが足りないって言ってました。この虹の橋の麓には海がなくて、お魚さんは空を泳いでます。だからヒトデはありません。いっぱい探して拾ってきてね。お願いします。
「いらんいらんいらん。変な念を送るなアホ犬。お前らのために供えられた物が直でここに来るんだぞ」
鬼さんは僕らの気持ちをよくわかってくれて、僕がご主人にヒトデを頼んでたのもわかってる。不思議!
「俺が『わかる』事じゃなくて、お前が『伝えられる』事が希少なんだがな」と鬼さんが言ってたけど、僕がとっても賢い犬って褒めてくれたのかな? へへん!
だけど鬼さん、ヒトデがないと虹の橋は作れないんでしょ?
「お前まだ諦めてねぇのか」
鬼さんは溜息をつく。
そもそも、虹の橋の話は外国からこの国にやってきたそうな。そして、外国とこの国は天国と地獄の在り方が違う。少なくとも日本では、天国に辿り着ける人が極端に少ない。殆どの人間が地獄行きの条件に当てはまるのだ。
不殺生、不妄言、不倫盗、不邪淫、不飲酒。一生のうち肉を口にした事のない、酒を飲んだ事がない、嘘をつかない人間はごく稀であろう。生前積み上げた善行や死後の追善供養によってその罪は軽減されるとはいえど。
「お前の主人がお前を見送った後、ほぼ同時に死んだって地獄行きが決まれば百年、二百年は出れない事がほとんどだ。罪の重さによって一億年罰を受ける。もう二度と会えないと諦めて、とっとと天国に行くなり転生したほうがいいだろう」
鬼さんは何度も僕らにそう言った。
僕らはそんなに会えないかもしれないのかと寂しくなったし、そんなに時間がかかるならとっとと転生してまだ生きてる主人に会いに行くって天国に向かった子もいた。毛皮を着替えて帰るらしい。
僕は一匹の猫が言ってたことを思い出す。
冒険のつもりで家を出たら、体は帰れなかった。自分が悪いのに、主人はひどく自分を責めていた。今もそう。しょうがないから、主人に謝らせてあげるためにここで待つ。
優しい顔でそう言ってた。
僕もね、ちょっと考えたよ。でもやっぱり、ご主人と約束したから待つんだ。
「一億年かかるかもしれなくてもか?」
いちおくねんあったら、立派な虹の橋が出来てるよね!
ご主人がにこにこしながら一緒に虹の橋を渡る想像したら嬉しくて、僕の尻尾がひょこひょこ動く。鬼さんは溜息をついてやれやれと首を振った。何度も僕の気持ちを確認してくれる鬼さんが大好き。そうやってきっと、僕のいちおくねんのお留守番にも付き合ってくれるんだ。
あのね鬼さん。虹の橋ってどうやって作るの?
「知らん。普通の橋ならどうにか出来るが、天国の技術は天国のものだからな。俺ができるのはこうやって、橋に出来そうな石を選ぶくらいだ」
わぁ、難しいんだね。僕も作るのお手伝い出来ないかなと思ったんだけど、だめかなぁ。
「はぁ? 犬に重労働させられるか。怪我したらどう……んぁ? いや怪我らしい怪我はもうしねぇのか? 痛めることすらねぇのか……いや駄目だ。重労働させられるか」
じゅーろーどーじゃなければ、お手伝いしてもいいのかな?
そういえばご主人がろーどーつらいって言ってた。それでつらい時はぎゅーをすると元気になれるって言ってた。
つまり、じゅーろーどーがんばってる鬼さんにもぎゅーして応援すればいいかも。
でも鬼さんは大きいから、僕だけのぎゅーじゃ足りないかも。コハナちゃんとモンちゃんにも一緒にぎゅーしてもらおう!
そこでちょっとびっくりした。僕はご主人にもぎゅーしてたけど、僕より小柄の犬はぎゅーされる側が多くて前足でハグってどうやるの? ってわからない子もいた。
でもお膝に乗ると喜んでたって聞けたから、じゃあ大きめの僕らはハグして小さめの犬や猫はお膝とか肩とか得意分野を活かして、どっちも苦手な子はスリスリにしよう! はわわ、僕かしこい!
そうして僕らはまた鬼さんをごろんと倒しました。きっとめちゃくちゃ元気になってくれたよね!
さてさて。鬼さんの応援も出来たからどうやったら虹の橋が出来るのか考えてみよう。
橋はわかる。木とか石とかコンリクトとかで出来てるやつだ。コンリクトってなんだろう。
でも虹がわからない。みんなに聞いてみても「なんだろ」「見たことない」「飼い主は空を見て虹って言ってた気がするけどよくわかんない」「お花に水あげてる時たまに飼い主さんが虹出してた」とか色々。色々。
「そもそも、虹は触れるものじゃねぇぞ」
触れないの!?
困った時は鬼さんに聞いてみる。そしたら、とんでもないことを聞いた。触れないなら橋にならないし渡れない。
「学で解体されるまでは、虹は生き物扱いだったから、龍でも見つけて橋になってもらったら虹の橋にはなるが、龍なんて滅多にいねえからなぁ」
龍くん? いるよ! 僕の友達の柴犬!
「お友達に橋になってもらうのか?」
あ……そっか。上に乗ったら重たいよね。ううん……。
しょんぼり諦めた僕に鬼さんはそっちの龍じゃねぇんだって言ってたけど、お名前以外の龍は知らない。橋になるくらい大きい生き物なのかな。馬より大きそう。
「虹ってのは色の並びでもあるから、まぁ普通に橋建ててあとは色塗ればいいだろ」
色?
「この国は七色って認識だけど、まぁ六色でも虹っぽくなるだろ」
そうして鬼さんは、赤い花、オレンジの花、黄色の花、草の緑、僕らのおもちゃを拾い集めて青と紫を見せてくれた。
「ここに藍色を青と紫の間に入れれば七色、虹の完成だ」
鬼さんの大きくて強い手が優しく摘んで並べてくれた物を見て、僕の胸がじんわりと暖かくなった。
ご主人が散歩の時にたくさん話しかけてくれたのを思い出す。
青信号、赤信号、花びら、カサカサ葉っぱ、体にくっつく草、スペシャルごはん、お祝いケーキ、可愛いおもちゃ、不思議なおもちゃ、お洋服、カッパ、首輪、ハーネス、靴、カート……お見送りのお花……たくさん、たくさんあった。ご主人が僕にくれた、たくさんの色。虹色のかけらたち。
鬼さん、鬼さん。僕わかったよ。これが虹なんだ。僕らの虹なんだ。
「虹?」
ここにあるのは全部全部、僕らの大好きな人たちが、僕らのために贈ってくれた、大切な物、虹のかけら。たくさんあつめて、きれいに並べたら虹になるんだよ!
「はーん……? これが虹ねぇ」
鬼さんは怖い顔をして並べられた贈り物を見て首を捻る。僕が変なこと言ってると思ってるのかな。本当なのに、これが虹なのに。
地面を撫でるように尻尾をふりふりしてると、僕がむーっとしてるのがわかったみたいで鬼さんが頭を撫でてくれた。
「いンや、なるほどなぁと思ったんだよ。鬼にはねぇ発想だ。確かに虹の橋ってのは願いであり、祈りであり、一つの信仰だ。届けられた願望が形となるなら、捧げられた供物もまた然りってな」
……つまり?
「虹の橋が出来るかもしれねぇって話」
わしわしと頭を撫でながら「お前は賢いんだな」と鬼さんが褒めてくれて、僕は嬉しすぎて尻尾を回転させる。
やっぱり? ご主人も賢くてよいこっていつも褒めてくれたんだ! ふふん。
ああ、嬉しいな。きっときっと素敵な橋になる。
そして僕はみんなに虹の橋が出来るかもと教えにいった。
出来るじゃなくて、出来る『かも』。カモが大事って鬼さんの言う通りきちんとつけ加えた。そしたら鴨たちが材料にされるんじゃと慌てだしたし、ついでに鶏も逃げ出した。うん、どっちも美味しいもんね。仲間だから食べないけど。
ちゃんと虹の橋の作り方を教えて、みんなでご主人が贈ってくれた物を集め始めた。僕も頑張って集めた。
でもね、一個だけ。橋作りに渡したくなくて隠しちゃった。
もう音が鳴らなくなったボール。
噛み心地が好きだから壊れて音が鳴らなくなって穴も空いちゃって、ご主人が捨てようとゴミ箱に入れたのをひっくり返して取り戻した宝物。
こっそりコハナちゃんに教えたら、私も隠してる宝物あるよモンちゃんも隠してた、って教えてくれた。
じゃあみんなもきっと隠してるね、自分だけの宝物。こそこそお鼻を付き合わせて内緒話した。
僕らは協力して虹のかけらをたくさん集めた。虹の橋の麓に集められた首輪やお洋服やおもちゃが一つの山になった。
呆れた鬼さんが色分けしてくれた。優しい!
「……まぁ、犬は肉食だからなぁ」
たくさんのお肉の形のおもちゃ。赤いところがあるのを分けても、茶色、茶色、茶色。骨のところが白。オレンジの部分に混ぜるか唸ってた。あとピンクは赤のところに混ぜるかも唸ってた。鬼さんが。
僕が虹色のお洋服を持っていって、これは何色のとこがいいかな〜って聞いた時も鬼さんは唸りながら自分の頭を撫で撫でわしゃわしゃしてた。
虹色のものは虹の橋までの案内板で飾ってくれるって言ってた。わーい。
そうして。僕らと鬼さんが頑張って、虹のかけらの山がたくさん出来た。
これをどうやったら橋に出来るんだろう。まだまだ足りないのかな? そう思ってたら鬼さんがとても大きな何かをよいこらしょどっこいしょと持ってきた。
鬼さんは見えてるのに、壁があって鬼さんのとこにはいけない。これは知ってる。窓だ。
「これはガラスだ」
ガラス!? ご主人が散歩中にたまに見つける危ない物の名前だ!
「心配すんな。虹の橋の麓にはお前らを傷つける物は何もない。さっきまではただの頑丈なガラスだったが、ここまで運び込んだら、もう俺でもヒビすら入れられねぇよ」
そ、そうなの? 虹の橋の麓って不思議だ。
しょんぼり尻尾を持ち上げて、離れてたガラスに近付いて触ってみる。硬くてひんやりする。ぴかぴかつやつやで、つるつるしそうなのにしっとりしてた。滑らなそう。
本当に壊れないのか馬と熊がどっしんどっしんしてたけど、なんでかふんにゃり曲がって元通りに戻って本当に壊れなかった。変なの!
鬼さんはガラスを箱にして、色分けされた虹のかけらを綺麗に詰めてガラスで蓋をする。つやつやに閉じ込められた宝物、なんだかわくわくした。
「これを組み立てて橋にする。中の物を使いたくなったら取り出せるようになってるから、器用なやつは自分で取ってもいいが、無理なら俺か、手先の器用な別のやつに頼んで取ってもらえよ」
わぁ! 僕らがやっぱりこれ返してーってなった時のために返してくれるようにしてくれてる! 鬼さん優しい!
鬼さんが持ってきたガラスの箱に虹のかけらを詰めて蓋をして、詰めて蓋をして。虹のかけらの山がどんどん虹の橋のブロックになっていった。
箱詰めのお手伝いは出来たけど、ブロック運びは鬼さんが全部やってた。熊とか馬とか運ぶの手伝えるって言ったけど鬼さんは断ってた。ひょっとしたらブロック運びはじゅーろーどーなのかも。
じゅーろーどーの応援はぎゅーすればいいんだよと熊と馬に教えたら、じゃあちょっくら応援してくるわって言ってた。
そのあと鬼さんがちょっぴりトゲトゲ言葉を使いながら僕の顔をもにもにしてた。限度ってもんがあるって言ってたけど、熊と馬だけだと応援足りなかったってことかな。次はゴロゴロスリスリ要員として虎にもお願いしてみよう。
たくさん風が吹いていった。
雲が流れていって、空は明るくなったり暗くなったり。
虹のかけらをガラスの箱のブロックにして、ブロックを橋にしていく間、僕らの仲間は増えていったし、橋の完成が待ちきれなくて転生して減っていった。
毛皮を着替えて転生した子が戻ってきて、橋が出来始めてることに喜んでくれた。
僕らはつい橋を作ってる鬼さんの近くにいたからわからなかったけど、遠くから見た橋は本当に虹がかかったみたいだって教えてくれた。
またたくさん風が吹いた。
途中でブロックが足りなくなったけど大丈夫、虹のかけらはまだまだたくさん贈られてくる。
夢の中でご主人に会えた時は、夢の橋がもうすぐ出来そうだよって教えてるんだけど、伝わってない気がする。むぅ。
そういえば、僕らは眠ってないのに夢を見るのはどうしてだろうって鬼さんに聞いてみたんだ。
ご主人が僕らのことを思い出すと、僕らの夢になるんだって。それで、僕らが夢を見終わった後、目が覚めたら贈り物に変わるんだ。こないだは子犬の頃に綿を出していつのまにか無くなってたぬいぐるみがあった。懐かしい匂いがした。
ご主人、置いて逝った僕を思い出してくれてありがとう。寂しがって泣いてたから、またご主人の足をスリスリしてあげたいよ。そうしたらまたにっこりしてくれるかな。
風が流れていく。
暖かい風がひんやりした風に流されて、また温かい風に流されていく。
風がたくさん入れ替わった頃に、虹の橋が完成した。すごい!
「まぁ、虹の橋カッコ仮ってとこだろ」
カッコカリってなんだろう。なんか美味しそう。
「あー、普通に仮橋とでも呼んでおくべきか。本来の虹の橋の作り方とは別物だろうからな。虹の仮橋ってことにしとけ」
どうして? 虹の橋じゃダメなの?
「ダメというか、まずい。お前らの主人達が『これは虹の橋じゃない』って言い出したら、天国側に繋げてる道が歪む可能性がある。今はここから天国までの道は迎えにきてもらわない限り、虹の橋を渡る一本道しかない。これは虹の橋ではない、ではこの名無しの橋の先はどこに繋がるのか、という危ない話になる」
よくわかんないけど、仮橋なら大丈夫ってこと?
「そ。概念否定されたところで、そりゃ仮橋だからって逃げ道作っておくんだ」
鬼さんは難しい事を言う。賢い僕でもわからないけど、きっとまた僕らのためにいっぱい考えてくれてるんだ。優しい。
新しくできた虹の仮橋の前で、皆嬉しそうに集まってる。鬼さんも嬉しそう。ご主人も喜んでくれるかな。
こうして、僕らと鬼さんの虹の橋建設大作戦は、仮橋完成という形で大成功!
実は仮橋が完成するまで待ってる人が何人かいて、喜んでくれた。うちにも同じおもちゃがあったねって優しい声、うちの物はどこにあるんだろうって楽しそうな声。仲間は幸せそうに主人と虹の橋を渡っていった。
僕らは羨ましくて、そしていつかご主人と一緒に渡れるのが楽しみで仕方ない。
今日も風が吹く。
大事な物で積み上げられた仮橋の麓で、動物達は大切な人との再会を、いつかいつかと夢を見る。
どうしよご主人! 虹の橋がないよー!! ある鯨井 @aruku-zirai
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