第29話 夏休みはVRゲームとともに 幽幻百夜オンライン編


視界を埋め尽くしていた無数の光点が徐々に遠のき、仮想世界に意識が没入する。慣れ親しんだフルダイブ時の感覚。

ゲームサーバーと接続された事により脳に直接伝わる疑似的な視覚情報は木造建築を主とした和風の風景、妖怪と人間の争いが絶えない幽幻百夜オンラインの世界に入り込んだ事を伝えていた。


「なるほど、これが幽幻百夜オンラインか……」


烏丸先輩が感慨深げに呟く。普段から感情の起伏がわかりにくい烏丸先輩だが今は心なしか感動しているように見える。


「ユウゴは幽幻百夜オンラインを品切れで予約できなくて当日販売分買う為にゲームショップとか色々探し回って買えなかったからな。たぶんこの中で今日を一番楽しみにしてたと思うぞ」


御影さんが烏丸先輩の不遇なエピソードを語った。


「烏丸先輩……良かったら、幽幻百夜オンラインのソフト今度私が確保しておくっスよ」


烏丸先輩の不遇っぷりを哀れに思った日陰さんが少し優しさを見せる。


「ありがとな物部。その時はソフト代だけじゃなくて飯くらいは奢ってやるよ」


がっしりと握手を交わす日陰さんと烏丸先輩。流石に恋愛には発展しないだろうけど二人の間に友情が芽生えた瞬間だった。

そもそも烏丸先輩、御影さんと付き合ってるし、ここから恋愛に発展したらそれはそれで問題だ。浮気でしかない。


「ところで、烏丸先輩と物部はやけにキャラメイクに時間かけてたけど俺達は初期設定とかけっこう適当に済ましちまったんだが、大丈夫なのか夜海?」


東先輩が篝さんに率直に尋ねた。


「問題ないよ東先輩。種族とかは後からでも転生すれば変えられるし、スキルの選び方から教えるつもりだから」


篝さん……いや、たぶんさんの方だな。

ゲーム内の種族と系統的特徴が反映されて狐耳と九本の尾を持つ妖狐姿の篝火さんは明るくそう答えた。

幽幻百夜オンラインの魅力と難しさ、それは多種多様な種族と系統または職業。それら由来の固有スキルによる複雑で自由度の高いキャラメイク機能にある。

種族は大きく分けて人間、妖怪、半妖の三種。同じ種族でも職業や系統ごとの固有スキルでどれを獲得するかによってキャラの戦闘スタイルや強さが大きく変化する。いわゆるスキル制というタイプのオンラインゲームだ。

ちなみに篝さんのキャラは相当やり込んだのか種族妖怪の中でも転生でしか選択できない系統でゲーム内でも鬼と並んで最高の転生難易度である妖狐。ユーザープロフィールに記載されている膨大なプレイ時間がチートとかでない事を物語っている。

そうして篝火さんによる全員へのキャラメイク診断が始まった。


烏丸先輩の場合


「所属陣営は人間側、種族が半妖の系統鴉天狗で職業が退魔師。スキルは……全部対妖怪系と剣技だね。とりあえず方向性としてはOK」


烏丸先輩は合格のようだ。ゲーム始めたばかりでもう篝火さんに認められている。やはり僕とは知識量の差がありすぎる。おそらく幽幻百夜オンライン買えなかった間も攻略サイトとかで情報を集めていたのだろう。


日陰さんの場合


「所属陣営は人間側で種族半妖の系統百目。職業は陰陽師……索敵能力を重視したのかな?まあ方向性としては充分あり」


「伊達に色々なゲームやってるわけじゃね~っスよ!」


ものすごく得意げな日陰さん。ゲーム内のキャラもリアル同様、前髪で両目隠れてるけどめちゃくちゃドヤ顔してるのがはっきりわかる。地味にイラッとした。


東先輩の場合


「こりゃひどい……所属陣営が妖怪側なのに種族が人間で職業陰陽師、ついでにスキル選択もめちゃくちゃ……とりあえず所属陣営だけでも人間側に再設定した方がいいよ。ボクも烏丸先輩達も人間側だから敵対する気がないならすぐに変えた方がいい」


「マジですか??」


東先輩はめちゃくちゃ酷評されていた。


「マジですよ。このゲーム、敵陣営ならPK推奨だから今の東先輩だとカモでしかないよ」


篝火さんは残酷な事実を告げる。


「ヘ~、じゃあ今から私が先輩をPKしてアイテムとか奪っても大丈夫って事っスね?」


たぶん冗談だろうけど日陰さんが呪符を構えた。


「ヤメロォ!!」


慌てて所属陣営を再設定する東先輩であった。


「とりあえず東先輩はレベル上げでスキルポイント集めて取得スキルのバランス考えて軌道修正ね」


御影さんの場合


「所属陣営が人間側、種族人間で陰陽師。ここまではOKとして、スキル選択が支援系メインなのはなんで?」


「………」


言いづらそうにしている御影さん。もしかしてアレが理由だろうか……


「夜海……その件には触れてやるな」


すかさずフォローに入る烏丸先輩。流石、一部で規格外ハイスペック男子と呼ばれているだけの事はある。


「運動神経皆無だからですか?」


僕は普段から振り回されてる仕返しとばかりにその件を追求してみる。


「黙れ小僧!!」


図星だったようだ。


「人が気にしている事をピンポイントで追求、なかなかゲスいねレッチリ君……まあそういう事なら支援担当目指すのもありかな」


なんとなくだけど、篝火さんの僕に向けた視線が冷たい気がする……もしかして今のは篝さんの方で、本気で僕にがっかりしたのかもしれない。



葵さんの場合


「所属陣営が人間側で種族人間。職業が陰陽師。戦闘用スキルが回復、支援主体。まあ百鬼夜行とかのイベントだと集団戦闘メインだから支援役として戦線を維持する役割も必要だから方向性は間違ってないよ。ソロでの戦闘には向かないけど」


「あの……、夜海さん……」


「何かな、村雨さん?」


篝火さんは笑顔で対応してるけど二人を見守る僕達の間に緊張が走る。

誤解は解けたとはいえ、篝さんは僕と仲良くしてるから葵さんが胸中穏やかではないのは理解してるし、篝さんも失恋した相手の恋人と話すのは気分的に良くはないだろう。


「コウ君の事、本当はどう思ってるんですか」


えぇ……それ直接聞いちゃう……?葵さん、キャッチャー貫通するレベルの剛速球ストレート投げ込んじゃったよ……


は朱神君の事が好きだったみたいだね。ボクはそこまで興味ないけど」


「だからそれもあってはキミの事も苦手らしい。別にキミの彼氏を取りはしないからボクとしてはそっとしておいてくれると助かるな」


なんとも大人な対応を見せる篝火さん。


「ぁ……はい……」


先程までの勢いは篝火さんに軽々といなされて

葵さんは大人しくなった。



僕の場合


「所属陣営が人間側で種族人間、職業陰陽師で戦闘用スキルが防御特化だね。村雨さんを守りたいからかな?」


図星をつかれて赤面する。

そこに歩み寄る篝火さんは、何故か僕にデコピンした。


「イテッ」


「………恋愛脳死すべし………」


さんがそう呟いた。


「とりあえず幽幻百夜はレベル上げてもステータスそんなに変わらないから、戦闘に慣れる方が大事だね。百鬼夜行とかのイベントはまだないから世界観を楽しんでね♪。ただし東先輩、あなたは駄目だ。東先輩だけボクとレベル上げの旅決定~」


「待ってくれ~!!俺もみんなと一緒に幽幻百夜の世界を楽しませてくれ~!!」


篝火さんにズルズルと引きずられながら連行されていく東先輩。


「さらばロードローラー……お前の事は忘れない」


東先輩に敬礼しながら御影さんがそう呟く。


「これがスキル制MMOで最初のスキル選択を間違えた人間の末路ってやつっスか……」


日陰さんが深刻そうな表情でそう言った。

いや、東先輩生きてるからね?

とりあえず残った僕達は幽幻百夜の世界観を楽しむ事にした。

その後は適当にフィールド上のエネミーと戦闘したり野営で魚とか焼いたり、都で蕎麦とか鰻食べたりした。

そんな感じで探索している内に、妖怪側陣営の領地に入り込んでしまったらしく、今追われている。

そして遂に僕達は逃げ場のない崖沿いに追い詰められた。


「さてさて、見たところ初心者みたいだけど、人間側陣営の方々、我が領地にようこそ。ワシは酒天童爺しゅてんどうじい。ではさようなら」


酒天童爺は手にした巨大な斬馬刀を振るう。僕は咄嗟に前に出て結界を張るが、一撃で破壊された。しかもHPも三分の一ほど持っていかれた。


「ぐぁッ!!」


「コウ君!?」


葵さんが僕に駆け寄り回復を試みる。


「まだ平気だよ葵さん。それよりも篝火さんを呼んで……」


「わかった……」


葵さんは個人チャットに現在地情報を添えて篝火さんに助けを求めた。


「へ~、君たち篝火と知り合いなのか?ワシは篝火とは少し因縁があってね。だから悪いけどこのままひと思いに崖から突き落としてやろう、全員一緒にね」


酒天童爺は斬馬刀を振り上げた。


「勝手な事を……」


「ぬかすんじゃあねーっスよ!!」


烏丸先輩と日陰さんによる全力の連携攻撃。流石の酒天童爺もこの攻撃にはひとたまりもない……と思われたがしかし、


「イテテテ酷いな年寄りに向かって……今のは痛かったよ、主に心と腰が……ね」


酒天童爺のHPは十分の一程しか減ってない。そういえば、篝火さんから聞いた事がある。妖狐と並んで転生難易度が高い系統「鬼」。圧倒的な耐久と攻撃を合わせ持つゲーム内最強クラスの系統。そいつが今まさに目の前にいる現実。


「駄目だ……勝てる訳がない……」


僕は目の前が真っ暗になりかけた。その時、


「初心者相手にえげつないねお爺ちゃん!!」


そんな声と共に、篝火さんが酒天童爺と僕達の間に割って入った。


「篝火……!!」


さっきまで余裕綽々な態度だった酒天童爺の表情が敵意で満たされた。


「相変わらずだねお爺ちゃん。なんでそんなにボクを敵視するのかな?さっぱり訳がわからないよ」


「お前がワシの天叢雲剣を奪ったからだろうが!!」


「確かに天叢雲剣を手に入れる為に一時協力してボス攻略はしたけどさ、そもそも敵陣営なんだしPKしても問題ないから油断した方が悪くない?実際そっちもボクが油断した隙に天叢雲剣を奪うつもりだったらしいし……」


「だからってボス攻略の途中で後ろから斬るか???ありえんだろ普通!!」


「ボスの残りHP的にボク一人で大丈夫だったし」


なんか、どっちもどっちの言い争いが繰り広げられてる。あとで聞いた話だが、天叢雲剣は各サーバーに一つずつしか存在しない神話級武器の一つだとか。そりゃ恨まれるよ……


「もういい!まとめてブチ○す!!!」


怒りが頂点に達した酒天童爺が斬馬刀を振りかざす。対する篝火さんも天叢雲剣で応戦して何度も斬り結ぶ。戦闘能力はほぼ互角。だが武器の性能だけはそうもいかないようで酒天童爺の持つ斬馬刀はどんどん刃こぼれしてボロボロになっていく。その上、いくら耐久が高いとは言っても酒天童爺は天叢雲剣の攻撃値の前では普通にHPが削られてしまっている。そもそもプレイヤースキルが篝火さんの方が上だから酒天童爺の攻撃がまるで当たってない。

どう考えてもジリ貧で篝火さんに押し切られる。そのはずだった。


「畜生め!!」


酒天童爺が崖の上の足場を斬馬刀で力任せに破壊した。つまり、僕達が立っている所を。

崖が崩れ、僕達は落下していく。


「ギリギリ助かったね~みんな、大丈夫?」


篝火さんがそう言って僕達を見る。崖が崩れた時、篝火さんが空間転移系のスキルを使わなければみんな死んでいた。いや、あくまでゲーム内での死であって、多少のペナルティはあるものの、現実の僕達には何のダメージもないのだが。


「さて、ボクはお爺ちゃんと決着付けに行ってくるよ」


「3分間待ってやるっス」


日陰さんが何故か上から目線でそう言った。


「了解。酒天童爺攻略RTA開始だね」


3分後、金とか色々ぶんどって篝火さんが戻ってきた。この人、ゲーム内では最強なのでは?

ちなみに、現在もモニター期間中も東先輩は幽幻百夜ではずっとレベル上げばかりしてた。




おまけ

幽幻百夜オンラインにおいて転生難易度がゲーム内最高レベルの系統、「鬼」と「妖狐」。

鬼はシンプルに高耐久高攻撃値というステータスの暴力ですが、妖狐も違う意味合いで優遇されています。妖狐は転生前の種族が妖怪ならば妖術、人間ならば陰陽道由来の戦闘用スキルを最大9つまで引き継ぐ事ができます。

ちなみに篝は陰陽師から転生して陰陽師の「単体戦闘不能蘇生」、「味方全体中回復」、「味方全体攻撃防御バフ」、「範囲攻撃系霊術」、「空間転移霊術」、「自己強化」、「霊力(幽幻百夜においてのMP)吸収」、「範囲系敵デバフ」、「敵撃破時体力霊力微量回復」の9つを引き継いでいます。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朱神コウはモブでありたい ポメラニアンドロイド初号機くん @kitsunesuky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ