第4話 希望の果実(アレト・73)


~探検家マイケル・ブライトンの手記~



3月24日

 町を出てから八日目になる。ジョーンズ君の容体は思わしくない。うわ言が多くなってきた。私も、今朝から少し熱があるようだ。

 現地ガイドが不思議な果物を取ってきた。「これを食べると元気になる」と言っているらしい。所詮しょせんは感染症の何たるかも知らない未開人だ。必要なのは、果物ではなく薬だというのに。

 だが、瑞々しい果実は火照った身体に心地好かった。


3月25日

 いつまでもここに留まるわけにもいかない。苦渋の決断だが、我々はジョーンズ君を置いていくことにした。

 諦めたわけではない。これは戦略的撤退だ。必ず迎えに来る。それまで、どうか持ちこたえてくれ。

 “Dum spiro spero”――生きている限り希望は捨てない。




3月28日

 奇跡が起きた!

 あれほど重苦しかった体が、今朝起きるとすっきりと軽い。熱も引いたようだ。我々は、悪夢の中にいたのだろうか。他の隊員たちも皆回復した。

 さあ、国へ帰ろう。




4月1日

 通訳がしきりと私たちを呼ぶので、何かと思ったら現地ガイドが例の果物の苗を見つけたらしい。一見するとどこにでも生えているような若木だ。なるほど、これは現地の者でなければ分からないな。

 私たちは苗木を本国に持ち帰ることにした。あの奇跡が果物によるものなのかは分からない。だが、いずれ解き明かされる時が来るだろう。

 この苗が、いつか世界の人々に希望をもたらすことを願っている。




<注記>

 マイケル・ブライトン氏らが持ち帰った苗木は、本国の王立植物園に寄贈された。現地で聞いた名称が不明となっていたため、彼らはラテン語で希望を意味する“Spero”のアナグラムから“Eprosイプロス”と名付けた。


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魅惑の果実 上田 直巳 @heby

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