第3話 奇跡の果実(東京・23)
「おー、おまえら! 久しぶり」
「やっと会えたー」
懐かしい面々との再会に加え、慣れないドレスアップも彼らのテンションを引き上げていた。
「あれ……白井さん? 雰囲気変わったな。一瞬わかんなかった」
「もしかして、ジョー? そっちこそ! ていうか何その髪。どうしたの」
「ジョーは、遅咲きデビューだよな!」
横から顔を覗かせた小柄な青年が、ジョーの髪を搔き乱した。
「ヒッキー! あんたは全然変わんないね」
「身長も変わらないしな」
「ひでえな! これから追い抜くし」
「さすがにもう伸びないでしょー」
そんな会話で数年の空白などあっという間に埋まってしまう。ぎこちなさは消え、ほとんど毎日顔を合わせていたあの頃が蘇る。
そこへ靴音を響かせて二人の女性が駆けてきた。
「いたいた! しーちゃん、久しぶり!」
一人はそのままの勢いで白井に飛びつく。
「あーちゃん! 久しぶりだね」
「おお。しーちゃん・あーちゃんコンビ、復活だ」
「あ、それ懐かしい」
「久しぶりって、二人あんま会ってなかったの?」
「うん……卒業以来?」
「そんなに? 高校の時はいつも一緒だったのに」
「だって、大学も違ったし」
「俺らなんて、大学違ったけどしょっちゅう会ってるよな」
「まあ俺も、他はほとんど卒業以来かも。何人かは成人式で会ったけど」
同意を求めるヒッキーの頭上を飛び越えて、ジョーは会場を見渡した。
「私もあの時は、ムリに会わなくてもいいやって思ってた」
「またすぐ会うつもりだったもんね」
「全員が二十歳になってから、集まろうって言ってて」
「そしたら、ねえ……」
一同の視線がジョーを向く。
「え、俺?」
「だって、三月生まれってジョーだけじゃない!」
「そうだよ。それ待ってたら、コロナ始まったのよ」
誰にとっても予測不能の事態だった。
まさかこんなことになるとはと、何度思っただろう。
「そのかわり、オンライン同窓会やったよね」
「ゴールデンウイークだっけ」
「俺それ参加してない」
あれから三年。ようやく「過去」になりつつある。
「けどあの二人も、
「うん。クラス全員招待って、これ完全に同窓会だよね」
「野田も、自分で『できなかった同窓会代わり』つってた」
「折角の披露宴なのに」
「まあ、本人らの希望だし! それより、俺らも食いに行かない?」
会場の端には料理のテーブルがズラリと並び、ビュッフェ形式となっている。
テーブルに群がって各々好みの料理を選ぶ中、一人皿を手にしなかった。
「あたし、グルテンフリーやってるからなあ」
「え、美味しそうなのに」
「あーちゃん、大学の頃はヴィーガンやってたよね」
「それって菜食だっけ?」
「そういえば、イプロスって知ってる?」
「知ってる! あたし、たまに食べるよ」
盛り上がる女性陣の横で、話についていけない者もいる。
「何それ、コロナの変異株?」
「違うし! もう、コロナの話はやめてよね」
「果物だよ。すごく体にいいの」
「そうそう。『奇跡のフルーツ』って呼ばれてて」
「最近すごい人気だよね」
「海外では結構前から話題になってたよ。セレブとかが取り上げて、あたしもそれで知った」
「そういうのって、怪しくない?」
「違うの! イプロスは、ちゃんとした論文出てるんだから」
「日本人も関わってるよね、その研究」
「へえ、すげえ」
「でも、その論文には、いくつか問題が指摘されています」
「えっ?」
突然かけられた声に振り向くと、背の低い女が立っていた。地味な黒のドレスは会場の中で明らかに雰囲気が異なっている。
女は注目をものともせず、人々を肩で押しのけて料理に辿り着くと、皿に取り分けて再び人垣の向こうへ消えていった。
「びっくりした! 今の、誰だっけ?」
「えっと……布施さん?」
「あ、布施明日香!」
そうだ、そうだったと頷き合いながら、記憶が引っぱり出される。高校でも、いつも教室の隅に一人でいたとか、古典の授業での珍回答、文化祭での意外な活躍等々、一通りおさらいしたところでジョーが話を戻した。
「で、さっきの……イプシロンだっけ?」
「違うし! イプロシン」
「え?」
「あっ! フルーツの名前は『イプロス』ね。その健康成分は『イプロシン』っていって」
「ややこしー」
「でもイプロシンの多い本物を選ばないと、意味ないんだよ」
「本物って?」
「日本で売ってるのだと、『フォクスダム』より『エンデレーブ』かな」
「なんで?」
「えっとね……あ、最近それの特集やってたの、見る? 今出せるよ」
白井はスマートフォンを操作して動画を再生した。
挨拶の後、アナウンサーが隣の中年男性を紹介する。
『本日はイプロス研究の第一人者として知られる、横島大学准教授の
『はい。お願いしまーす』
『先生。この「イプロス」、最近すごい人気ですね』
『そうですねーえ。僕らが論文を出した頃は、全然見向きもされなかったですけど。最近ではみんな、イプロスのこと教えてくれ教えてくれって、参っちゃいますよねーえ』
『はい、今お話にあった論文、それがこちらですね。あ、ちゃんと先生のお名前もあります「Watanuki T」って』
アナウンサーはペン先で小さな文字を得意げに指した。
『こちら、綿貫先生がオルジナ大学留学中の2011年に発表されたもので、イプロスに含まれる成分「イプロシン」に健康へのすごい効果が認められたという内容なんですよね』
『ええ、ええ』
『それがここ数年で再び注目されるようになり、海外セレブなどが多く取り上げ……』
そのブームに乗って、エンデレーブ社は原産地アレトに大規模なプランテーションを開発したという。
『ではその、アレトから中継です。高崎さーん!』
『はい! こちらアレトです。見てください! ずらりと並ぶ木々、これ全てイプロスの木なんです』
映像は農園から、近くの
『この「エンデレーブ」という社名は、スワヒリ語で「サステナブル」を意味する「Endelevu」に由来しておりまして。現地の貧しい人々を雇用して、環境にも人にも優しい農業を目指すという、まさにそんな会社なんです』
『スワヒリ語ですか! 知らなかったです』
『そうなんですよ。社名は綴りがちょっと違って、最後が「U」ではなく「E」になるんですが。あ、ちょうどあちらに見えますのが、そのロゴですね』
『あ、本当だ』
リポーターは説明をしながら建物前に至った。壁面に流麗な書体でEndeleveとある。地元の子供たちのために同社が建てた学校だ。
『見てください、ピカピカの校舎! そしてなんとこの学校、エンデレーブ社が全ての費用を負担し、授業を受けるのもタダ、給食までタダ! ということで、これまで学校に通えなかった子供たちも毎日楽しみに通っていると、皆さん大変感謝されていました。事前にインタビューしていますので、ご覧ください』
フリに合わせて録画に切り替わった。字幕には感謝の言葉が並ぶ。
中継に戻ると、丁度授業が終わり校舎からメロディが流れてきた。子供たちが走り出てくる。手にしたフルーツをリポーターに押し付け、またどこかへ走り去った。
『え、わっ、こんなに? ありがとう! ……えー、見てください。今ですね、現地の子供たちから、イプロスの実をもらってしまいました!』
『わ、羨ましい! それ日本だったら、一つ千円くらいしますよ? ねえ、先生』
『そうですねーえ。僕らも研究やってた頃は、じゃんじゃん使っていたんですけどねーえ』
『では、その貴重な果物、頂いてみたいと思います。……うーん、瑞々しくて、美味しいです!』
ひと
『実はこのイプロス、多くの企業が苗を輸入して栽培しようと試みていますが、中々実が生りにくかったり、味が良くなかったり――』
『確かに。今高崎さんが持っているイプロス、デパートで見るものより一回り大きい気がします。立派ですね』
『そうなんですよ! しかも注目の健康成分である「イプロシン」も、このアレト地方で採れるものが最も多いんですよ。ね、先生?』
再びスタジオに戻り、イプロシンの詳しい解説に移った。
「そっかあ。藤ちゃん、結婚したのか……」
飛び去る夜景を眺めて、白井が感慨深げに呟いた。三次会へ行くメンバーと別れてから、ジョーと白井は帰る電車が同じだとわかった。
「あ、もう『藤ちゃん』じゃないんだね。何だろ、『野田ちゃん』?」
「白井さんは? そういうの、ないの」
「そっちこそどうなのよ。高校の時付き合ってた子は?」
「そんなのとっくに終わってるし!」
しばし微妙な空気が流れる。
「じゃあさ、三十になってもお互いいなかったら、俺ら結婚するってのは?」
「何それ。ダッサ」
「ひでえな! こういうの、ノリでよくあるじゃん?」
「ノリって……。あ、待って。ジョーって名字何だっけ?」
「覚えてねえのかよ。……馬場」
「え、ジョーって『ババジョー』だったの? なんかウケる! バンジョーみたい」
「中学の時のあだ名、それだった。てか言っとくけど俺の本名『ジョー』じゃなくて『
「知ってるし」
「……えっ」
「そっちこそ。私の名前、知ってるの?」
「知ってるよ。白井……
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