第4話 やっぱり、幽霊に関わるんじゃなかった

 女の話から、栄市と女が会う予定にしていたのは実は昨日だったことが判明した。智樹は後ろで栄市の霊が舌を出しているのをこっそり睨む。

 そもそも今日伝える必要すらなかったじゃないか。馬鹿馬鹿しい。そう思いつつも、栄市のせいばかりでもないと思い返す。もともと栄市の記憶が曖昧なところを無理やりつなげ合わせて推測したのは自分なのだ。

 だからこそ、この女は人と会う格好ではなかった。妙な混乱が生じている。


 それで問題は女が語った奇妙な話だ。

 昨日、参道を二人で観光しながら桜の木まで行った。そこまでは栄市の計画通りだったようだが、栄市は告白する前にその巨木に足を引っ掛けて転んで頭を強打したらしい。事実は小説より奇なりである。

 そこからはさらに意味がわからない。

 桜の精を名乗る男が突然現れた。

「は? 桜の精?」

「信じられないのはわかるんだけど。その桜の精に、お嬢さん、この人が頭を打ったなら動かすのはよくない。様子を見るから明日朝にこの人を取りに来なさい、って言われて」

「取りに来る?」

「その時は何故だかそんなものかと思って帰ったの」

 女はおかわりをしたアイスコーヒーをちゅるりとすすった。

「ちょっと待て、何故それで帰るんだ。救急車とかを呼ぶべきじゃないの」

「後から考えるとそう思うけど、その時は何故かそれがいいと思えたの。おかしいと気づいた時は結構時間が経って真夜中で、今更様子を見に行くのも救急車を呼ぶのも気が引けて」

「……それで朝迎えにいったの?」

「それが怖くてね。昨日の事が現実に思えなくてどうしていいかわからなくってここで考えてて」


 確かに非現実的だが、女は決心がつかず朝から昼前までここにいたらしい。優柔不断すぎる気はするが、事態が事態だから仕方がない……のだろうか。それで決めかねて、その男の迎えともとれる智樹が訪れたから何か脅されるのかと警戒したそうだ。

 男の得体はしれないが、栄市の死体を確保しているのならば、この女に殺人の濡れ衣を被せることはできなくもないのだろう。けれども智樹の頭は全てが女の狂言である可能性も拭えなかった。

 ただし狂言にしても荒唐無稽すぎ、結局霊が見えるという智樹の証言の信憑性もどっこいどっこいなのだから、とりあえず一緒に確認しに行くことにした、というかすっかり面倒くさくなっていた。

 つまり参道の奥には誰がいるのか。

 女は1人では心細いと言う。智樹も鍛えているわけではないが、一応長身で男だ。何かがあった時のためにスマホの録音をオンにしながらとぼとぼ上って桜の木に辿り着く。


「本当にあったんだ、桜」

 それは本当に巨木だった。何故近くに来るまで見つけられなかったのかわからないほど、巨大で古そうだった。けれども智樹は近づく前からすでに桜の異様な雰囲気を感じ取り、けれどもどちらかというと神々しかったからそこまで嫌なわけでもなく、むしろ隣を歩く女にまとわり付く水子霊のほうが嫌だなぁと思っていた。

「お嬢さん、遅かったですね」

 智樹は目をしばたたかせる。その男は本当に桜の巨木からスルリと抜け出た、ように見えた。目を何度かこすった。本当に桜の精というものが存在するのかと一瞬考えたが、化け物の種類なぞ智樹にはわからない。

 三十歳ほどに見えるその男は、黒っぽい羽織に角張った黒の外套に中折れ帽子、なんとなく明治の書生と聞くとそんな感じかと思う姿で、現代日本人の服装とは異なる。かといって大昔の神様とかそういう出で立ちでもない。

「すみません、その」

「男の方も一緒にいらして助かりました。時間がたちまして、少し深く沈んでしまいましたもので、お嬢さんには大変かともと思ったのです。ああ、ご本人も戻られたのですね」

 男はそう告げて真っ直ぐと栄市を見た。


「あんた、栄市が見えるのか」

「もちろんです。その方はお体を修復をしている間、暇だから彷徨うろつきたいと仰るので魂だけ外に出して差し上げたのです」

「魂だけ?」

 智樹が振り返れば、栄市はわけがわからないという顔をしている。それも含めて忘れたのかもしれない。

「ええ。体はこの桜の木の下に埋まってますから。早く引き出してあげてください。体の調子は治ったとは思うのですが、深く埋まるとそれはそれで掘り出せなくなり、亡くなってしまいかねません」

「栄ちゃんはまだ生きてるのか?」

 智樹は思わず大きな声を出した。

「勿論です。この桜は神木です。もとより神ですから、人を癒やすのです。放置すると死体となり、その栄養となってしまうのですが」

「桜の下に、死体?」

「その通り」

 男は頷いた。誠実そうには見えるが、人ではない気配がした。

 だから言っていることはおそらく本当なのだろう。本当で、栄市は放っておけば死ぬのだろう。逆に言えば、放って置かなければ生き返る。


「糞ッ」

 智樹は小さく叫び、男の指し示す木の根元のまだ柔らかそうな土を堀り始めた。じゃりじゃりと智樹の爪の間に小石が入り込む。智樹は美容師だからその指先というのは大切な商売道具だ。けれども一刻を争うというのならやむを得ない。悪態をつきながら途中、その辺にあった細木を掴んで掘り返していると、土の中からイテッという声がした。

 気づくと栄市の幽霊は既にその場にいなかった。この体に戻ったのだろう。そして男もいつのまにやらいなくなっていた。

 丁寧に土を取り除くとなんとか栄市の首だけ露出した。そして目が合った。

「あれ? 智樹? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ、お前が呼んだんだろ? 幽霊になったお前を見つけたんだよ」

「おお、それは智樹にしかできないことだ」

「糞うぜぇ」

 いつのまにやら女が救急車を呼んだらしく、消防隊員が駆けつけた。

 そして土に埋まった栄市を見て困惑した。一瞬俺と女が埋めたのかという目で見られたが、そうではないことはすぐに知れた。何故なら栄市は頭が僅かに地上に見えるだけで、その足は桜の根本に向かって埋まっている。どう考えても栄一を埋めてからこの巨木が生えたようにしか思われない配置だったから。


 掘削の果てに栄市が掘り出され救出されたのは夜半だった。こうして智樹の休日は潰れた。

 その間、多少事情聴取をされたが、虫の知らせとか、ここに行くと栄市が言ってたとか適当な言い訳で何とかなった。土台、栄市の埋まり方は到底人の力で可能であるとは思われなかったからだ。この町にはそんな奇妙なことがたまにおこる。


 栄市は一晩病院で様子を見たが、異常は全くなかった。

 もともと大した外傷はなかったのか、あるいは桜が治したのかはわからない。

「あの桜、掘り出したら財宝出てこないかな」

「次は助けろって言われても完無視するからな」

「ええ、智樹にしかできないじゃん」

「うるせぇ」

「あ! ねえ、PCのデータって消しちゃったよね!」

「お前が消せって言ったんだろ」

「いやでも! いろんな()なデータが! どうしてくれるんだよ!」

「知らねえよ」

 言い争いの結果、今後、HDのデータを消すのは死体を現認してからにしようと智樹は心に決めた。


 この話の顛末だが、あの女と栄市は付き合ってはいない。栄市は女の好みじゃなかったらしい。

 智樹は栄市に女に水子がついているぞと忠告したが、産婦人科に勤めるせいじゃん、いっぱいいそう、と返答が帰ってきた。それなら何故あの女に付いてるんだと言いかけて、智樹は口を噤む。既に振られた以上、言っても仕方がない。栄市に振られた自覚はなさそうだが、それは智樹が関与すべきことではない。

 世の中訳のわからないことだらけだ。


Fin

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幽霊は面倒くさい ~幽霊の見える公理智樹 Tempp @ぷかぷか @Tempp

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