第17話

「あの、義母さん。ちょっと相談したい事があるんだけど……」


 ある日の夜、花鈴ちゃんがお風呂に入っている時を見計らい、僕は義母さんに声をかけた。


「まぁ……。どうしたの?」


 相談と聞いて一瞬義母さんは嬉しそうな顔をしたけれど、深刻な僕の表情を見て心配そうな顔になった。


「花鈴ちゃんの事でちょっと……」


 声を潜めると、僕は義母さんの隣で一緒に映画を見ていた父さんに視線を向ける。

 それで父さんは察して、「ちょっと散歩してくるか」とソファーから立ち上がる。


「ごめんね。映画見てたのに」

「気にするな」


 父さんは笑顔で肩をすくめると、すれ違いざまに僕の頭をポンポンした。


「すまんな。漫太にばかり花鈴ちゃんの事任せちゃって」


 苦笑いの向こうに結構ガチ目な申し訳なさが滲んでいて、僕は慰めの笑みを浮かべる。


「気にしないでよ。僕はお義兄ちゃんだし、父さんに聞かれたら花鈴ちゃんだって恥ずかしいでしょ」

「まぁ、そうなんだが……」

「別に父さんがどうとかじゃなくてさ。花鈴ちゃんはお年頃だし、そういうもんでしょ?」

「……そうだな」


 しゅんとする父さんを励ます。

 父さんだってわかってはいるだろうけど、それでも色々不安なのだろう。


 表面上僕らは上手くやっているし、実際にだって多分上手くやれている。


 だとしても、父さんや義母さんには急に再婚してしまったという負い目がある。


 そうでなくとも、いきなり女子高生の娘が出来たら父さんだって不安だろう。


 気持ちは分からないではないけれど、こういう時はなにもしないでくれる事が一番の協力なんじゃないかと僕は思う。


 そういうわけで、父さんが出ていくと僕は本題に入った。


「それでさ、義母さん。学校が始まってから花鈴ちゃん、おねしょが続いてるでしょ? それで最近元気なくて、どうにか出来ないかなって……」


 僕や父さんも含めて、家族はおねしょの事を気にしていないのだけれど、だからと言って花鈴ちゃんが平気でいられるわけじゃない。


 おねしょをする度に部屋に籠って泣いているし、笑顔を見る機会も減っている。学校ではピリピリしているし、一緒にゲームをしていてもなんとなくぎこちなくなってしまう。夜だってあまり眠れてないようで、頻繁にトイレに起きているような気配があった。


 このままじゃ花鈴ちゃんが病んでしまうんじゃないかと、僕は気が気じゃない。


 父さんと義母さんだってそうだろうけど、花鈴ちゃんが触れて欲しくない雰囲気を出しているので、声をかけられない状態だ。


 なら、僕が動くしかないだろう。


「う~ん」


 僕の質問に、義母さんは困った笑みを浮かべる。

 以前おねしょの事を話して怒られたから、勝手に花鈴ちゃんの事を話していいのか迷っているのだろう。


「義母さんから聞いたって花鈴ちゃんには言わないし、バレないように上手くやるから」


 切実な僕をじっと見つめて、義母さんは首を横に振った。


「漫太君にばかり任せられないわ。バレたらバレたで義母さんは気にしないから。花鈴ちゃんだって、本気で怒ってるわけじゃないし」

「……でも、僕のせいで義母さんが怒られたら嫌だよ……」


 義母さんは父さんが好きになった人だし、僕にとっても大事な人だ。普通に良い人だし、いつも僕達家族の事を気にかけてくれている。


 実の親だから花鈴ちゃんが甘えちゃうのは仕方ないと思うけれど、出来る事なら穏便に事を運びたい。


「……漫太君」


 義母さんは感動したように涙ぐむと、感極まって花鈴ちゃんのお母さんらしい巨大な胸で力いっぱい僕を抱きしめた。


「か、義母さん!?」

「康太さんの息子さんだけあって、とっても優しいのね。あなたみたいないい子が息子になってくれて、お義母さんは幸せ者だわ……」


 おっぱいの間に僕の顔を挟みながら義母さんが言う。


 寝る前だからノーブラで、うすっぺなら寝間着のすぐ向こうには柔らかな感触がある。


 義母さんの胸からは、泣きたくなるような、ホッとするような、甘えたくなるような、そんな不思議な香りがした。


 そんな風に感じたのは、僕があまり母親というものを知らないからだろう。


 つまりこれが、母親の匂いというわけだ。


 と、そんな事を思いながらうっとりしていると、不意に僕は我に返る。


「だ、ダメだよ義母さん! こんな所見られたら、父さんと花鈴ちゃんに怒られちゃうよ……」


「そんな事ないわ。母親が息子を抱きしめるのは普通の事でしょう?」


「そ、そうなの?」


 生憎、母親のいる家庭の普通という物が分からない僕だ。


 その言葉自体は嬉しいしちょっとじ~んとしてしまったけれど、それはそれとしてやっぱり二人は怒るんじゃないかと思う。僕も恥ずかしいし。


 ともあれ僕は義母さんの胸の間から解放された。


「そ、それでね、義母さん。これは僕の推測なんだけど、うちに来る前は、花鈴ちゃんは寝る前におむつを履いてたんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」


 形だけでも僕から言い出した事にしておきたくて、義母さんが言い出す前に僕は言った。


「まぁ、どうしてわかったの?」


「どうしてっていうか、あれだけおねしょしてたら普通はしてると思うし。前に花鈴ちゃんにおむつしたらって言ったら、物凄く慌ててたからそうなのかなって」


「そうなのよ。花鈴ちゃん、不安になるとおねしょしちゃうでしょう? そのままだとおねしょが不安で眠れないし、おねしょも続いちゃうから、そういう時だけおむつを履いて貰ってたの。それで暫くすればおねしょも落ち着くんだけど……」


 どうやら僕の推理は当たっていたらしい。


「じゃあ、おむつを履けば花鈴ちゃんも元気になるかな?」


「だと思うけど……。難しいんじゃないかしら。こっちに越してくる時に内緒でもいいからこっそりおむつしたらって言ったんだけど、絶対嫌だって怒られちゃったし……」


「でも、このままじゃ花鈴ちゃん辛そうだし、今はあの時よりも仲良くなったから。どうにかして花鈴ちゃんを説得してみるよ!」


 おむつを履く。


 ただそれだけの事で現状が解決するのなら、やらない手はない。


「……そうね。花鈴ちゃんも漫太君が家族で本当に良かったって言ってたし、漫太君の言葉なら聞いてくれるかも。お願いしてもいいかしら?」


「もちろんだよ! お義兄ちゃんだし、僕に任せて!」


「あぁ、漫太君……。なんて良い子なのかしら……」


「だ、だめだよ義母さん……」


 拳を握って決意を示すと、また義母さんが僕を抱きしめる。


 義母さんに抱きしめられるのは正直脳が溶けるくらい気持ち良いけれど、程々にしておいた方がいいと思う。


 思うのだけど……。


 僕も母さんを知らないで育ったから、こんな風に甘やかされるのは正直嫌じゃない。


 と、そこにお風呂上がりの花鈴ちゃんが現れた。


「ふ~。さっぱりしたぁ~。って、なにしてんの……」


「か、花鈴ちゃん!? こ、これは、違うくて……」


 義母さんの胸の中で暴れる僕を、ドキッとするような半袖短パンのジェラピケ姿をした花鈴ちゃんが不審そうな目で見つめる。


「漫太君が良い子だからぎゅ~してたの」


 僕を離すと、義母さんが欠片も悪びれずに言う。


「……ふ~ん」


 花鈴ちゃんは不貞腐れた顔で唇を尖らせた。


 ……あれ? 怒らないの?


 そう思ってドキドキしていると。


「花鈴ちゃんもぎゅ~して欲しいんでしょ」


 ニコニコしながら、義母さんがおいでおいでと手招きする。


 花鈴ちゃんはぱぁっと笑顔になるけれど、すぐに拗ねた顔で俯いた。


「……いい。あたし、良い子じゃないもん」


「そんな事ないわよ」


「そんな事あるもん! 高校生にもなって、毎日おねしょしてるんだよ!」


「そんなの関係ないわよ」


「あるもん!」


 学校でのストレスや不眠、連日のおねしょで精神が不安定になっているのだろう。


 花鈴ちゃんがぐすぐすとぐずりだす。


 可哀想でオロオロする僕に、義母さんがあとは任せてと言いたげに微笑んで、花鈴ちゃんの所に行ってぎゅっと抱きしめた。


「泣かないで。ほら、良い子良い子」


「良い子じゃないもん! 悪い子だもん!」


「もしそうでも、ママは花鈴ちゃんが大好きよ」


「うぅ、うぅぅ、ママぁああああ!」


 義母さんのおっぱいに甘えるように顔を埋めて花鈴ちゃんがギャン泣きする。


 義母さんは慣れた手つきで花鈴ちゃんの背中をトントンし、赤ん坊をあやすように優しい言葉をかける。


 セクシーで美人な義母さんと綺麗で可愛い花鈴ちゃんが抱き合ってる姿は正直ちょっとエッチだった。というか、かなりエッチだった。


 こんな時にそんな事を思うのは場違いだけど、事実なのだから仕方がない。


 だからというわけではないけれど、僕は暫くの間二人の姿を眺めていた。


 花鈴ちゃんを慰める機会の多い僕だ。


 今後の為に、義母さんのテクを学んでおこう。

  

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【悲報】僕をオタクとバカにしていたクラスで一番可愛いギャルが妹になったんだけど、いまだにおねしょをしている事が判明しました。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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