その必殺技、コンプラ的にNGです!

春海水亭

この物語はフィクションです

 東京都多摩市、この東京のイメージがない地域には裏社会の人間が日々殺し合う日本最大級の地下闘技場――東京地下闘技場が存在する。

 何故、都心ではなく多摩市に地下闘技場があるのか。地価が安いからか、土地が余っているからか、違う。

 一般的に多摩市と聞くと名前の響きからなんとなく東京じゃないっぽい印象を受けるために、迂闊にも秘密に触れた一般人が東京地下闘技場を探そうと思った時、絶対に発見することが出来ない地域だからである。しかし、皆様にも覚えて帰っていただきたい、信じられないかも知れないが東京都には二十三区以外の地域が存在する、市町村が存在するのだ。


 その多摩市東京地下闘技場に、今日この日世界中から裏社会の強者が集まっていた。


「……チッ」

 片秋かたあきなぐるが噎せ返るような死臭に思わず舌を鳴らす。

 よく清掃された闘技場の中には、これまでに流されたであろう夥しい血の一滴も残っていない。だが、べっとりとこびりついた死のニオイは嗅覚ではなく、よく鍛えられた片秋の戦士としての魂で嗅ぎ取ることが出来た。


(こんなところで父さんが……)

 片秋殴は表の格闘チャンピオンである、だが彼にとってそれは到達点ではなく通過点に過ぎなかった。

 彼の目的はこの東京地下闘技場で散った格闘技の師匠であり、最愛の父であった片秋かたあきなげるの仇を討つことであった。

 そのために彼は表の栄光を投げ捨てて、誘われるままに多摩市へとやって来たのである。


「……クク、よく来たな小僧。俺との約束を守ってくれたようで嬉しいよ」

「テメェは……!」

 東京地下闘技場、関係者用通路にて二人の男が対峙する。

 一人は殴――そして、もう一人は殴の父を殺害した男であり地下闘技界最強の男、縁結えんむすび殺輪ころりんである。


「……小僧、実のところ俺はお前の親父を殺したことを後悔しているんだ」

「なにっ?」

「お前の親父は実に面白い男だった……面白すぎてついついすぐに試合を終わらせて、死体になった奴を殴る時間の方が長かったッ!この反省を活かして息子のお前はなるべく長く生かして楽しんでやるぜェーッ!」

「テメェーッ!!!」

 瞬間、怒りだけが殴の頭を埋め尽くした。

 岩をも破壊する拳で殺輪に殴りかかり――しかし、その拳はあっさりと受け止められてしまった。


「おいおい試合開始はまだだぞ小僧、そう急ぐなよ……」

 殺輪は受け止めた殴の腕を捻り上げ、そのまま殴の身体ごと持ち上げて、壁に思いっきり叩きつけた。金槌で打ち付けられた釘のように、壁に殴の肉体がめり込む。


「お前とぶつかるのは決勝戦だ……せいぜい、親父よりも長持ちしてくれよ」

 高笑いしながら去っていく殺輪、殴が壁から脱した時には既にその姿は消えていた。

「……クソッッッッ!!!!!」

 仇と同じ場所に堕ちて、それでもなお仇は己よりも遥か高みにいた。

 そんな自分の未熟にたいする怒りが、殴の心を灼いていた。


 ◆


「それでは皆様長らくおまたせいたしましたッ!!!!表でのルールに縛られた惰弱な最強などに価値はありませんッ!世界中から集まったルール無用の最強三十二人ッ!!!その中で真なる最強を決める時がやって来たのですッ!!金的ッ!目突きッ!武器の使用ッ!ドーピングッ!卑怯ッ!そして殺人ッ!すべてが認められます!

敗者は生命をも喪い、そして勝者は一兆円の賞金と真なる最強の名誉を手にしますッ!!」

 司会者の声が会場中を震わせる。

 満員の観客席は世界中から集まった表社会の大富豪か、権力者、そして裏社会の大物である。頂点の闘技者達が命を懸けて殺し合う究極の戦いを、金に糸目をつけずに観戦できる勝者達である。


「では始めましょうか……第一回戦ッ!第一試合ッ!焼き鳥屋から焼き人間屋に華麗なる転身ッ!バーニング・ハイ!対ッ!毒もドーピングもクスリの内だッ!!死の内科医ダークネス・キング!」


 リングの中央で男が対峙する。

 一人は白衣を着た痩せぎすの男、もうひとりは全身から火炎放射の射出口を開けた男。いずれも闘技者に見えない男であったが、裏における頂点の存在である。

 今にも始めそうな二人を審判が制する。


「ウヒヒ……焼き肉焼いても家焼くなッ!人体焼いても闘技場焼くなッ!」

「……ふふ、私の実験成果を見せて差し上げましょう」

 全身から業火を噴き出すバーニング・ハイに対して、ダークネス・キングはあまりにも頼りなく見えた。

 しかし、穏やかな笑みを浮かべる口元に対し、その瞳は邪悪なる輝きに満ちている。


「処方箋ッ!筋力増強ッ!筋持久力増大ッ!皮膚鋼鉄化ッ!そしてェ……羆をもひと塗りで殺す猛毒ゥッ!!!!!」

 ダークネス・キングが自身の首に注射器を打ち込んだかと思うと、その肉体が二倍以上の巨体に膨れ上がっていく。ただの筋力増強ではない――その皮膚からはとめどなく毒液を放出し続けている。


「死亡診断書は撲殺が良いですかッ!?毒殺が良いですかッ!?」

「死因がなんであれゴールは火葬だァ~!」

 両者がリング中央で睨み合う。

 とうとう始まるのだ、なんでもありの死闘が。

 控室のモニターから試合を見つめる殴も思わず息を呑む。


「それでは……試合……」

 審判が試合開始を告げようとしたところで、リングに司会者が上がり審判に何事かを告げる。そして、顔色を変えた審判がダークネス・キングの耳元で何かを囁く。その言葉にダークネス・キングは無言で首を振るのみであった。


「えぇ……この試合のスポンサーの一社である世界的製薬会社、ヤクヅケ製薬のCEOより、ドーピングは人間を強化するから問題はないが毒は会社のイメージを悪くするとの物言いがありました!そこでダークネス・キングになんとか毒を止められないかと聞いてみたのですが、ダメみたいですのでダークネス・キングはコンプライアンス違反で退場となります!」

 会場がどよめきに埋め尽くされる。


「いや、裏のトーナメントのスポンサーになっといてイメージもクソもないだろッ!」

 殴が個人控室で叫ぶ。

「わかっちゃいねぇな小僧……」

 殺輪が殴の隣に立ち、言った。

「テメェ……ッ!殺輪ッ!」

「コンプライアンスの強化については近年ではより強く言われることであるが、テレビ業界においては昔からスポンサーの都合によって刑事ドラマなどの死因にNGが出ることもある。人が死ぬドラマのスポンサーになっておいて……なんてことは言いたくなるが、人が死ぬコンテンツであろうと、なんでもありではないスポンサーNGは出る」

「なんだと……ッ!?」

「確かにこの大会は何でもありだが、飲み会における無礼講が上司が許す範囲の無礼講であるように……この大会の何でもありも……スポンサーが許す範囲の何でもありだッ!」

「俺の親父殺しといて社会性覗かせてんじゃねぇよッ!!!言ってて虚しくならねぇのかッ!!!」

 殴の言葉に殺輪はククと笑うのみであった。


「そんなことよりも小僧、次の試合が始まるぞ……今度こそ見れるといいなァ……俺がお前の親父を殺してやった時のような命懸けの戦いがなッ!」

「貴様ッ!」


「第一回戦ッ!第一試合ッ!勝者ッ!バーニング・ハイ!」

「消火不良だぁ……」

「いや、すいません……まさか、コンプラNGをくらうとは……」

 戦うことなく終わった二人がとぼとぼとリングを去っていき、新たに二人の闘技者が入場する。


「第一回戦ッ!第二試合ッ!この戦いのために最強の死刑囚が脱獄してきたぞォーッ!!!強盗!強姦!殺人!外患誘致ッ!国家反逆ッ!何度死刑を繰り返しても贖えいないほどの大罪人ッ!大罪たいざいおさまらないッ!対ッ!焼き鳥屋から焼き人間屋に華麗なるてんし……あ、すいません」

 選手紹介を行っている途中の司会者が何らかの報告を受けて、紹介を中断する。そして、新たに現れた職員とのなんらかの相談の末に司会者は告げた。


「えぇ……大罪ですが、あらゆる犯罪の内に含まれる強姦と痴漢、そしてコンビニでの万引きと動物愛護法違反がコンプライアンスに違反するのではないかとの声を受けまして……」

「待て待て待て、またかよッ!」

 殴が画面に向かって叫ぶ。


「大罪失格により、第二試合の勝者は炎上香斎ッ!」

「んなもん出る前からわかってただろうがッ!!!!」

 画面の中の大罪が気まずそうに握手を求め、炎上も照れくさそうにそれに応じる。

「ま、頑張って……」

「えぇ……へへ……」

 そして消化不良のまま、二人はリングから去っていった。


「いや、それこそ犯罪者がありのトーナメントなんだからそれはいいだろッ!」

「クク……甘いな小僧。殺人とか国家転覆とか外患誘致とか、そこらへんの派手で見栄えが良い犯罪だけならまだしも、強姦とか万引きの好感度を下げる犯罪がアウトなんだよ……例えばあいつが改心して主人公パーティーに入ってみろ、あいつ一生読者に、でもこいつ万引きしてんだよなぁ……って思われるぞ」

「なんの話なんだよッ!」

「やっぱ殺人って身近じゃないからこそ、痴漢とか万引きとかダメージが具体的に理解しやすい犯罪が格を落とすのだろうな」

「オメェが俺の親父殺したせいで殺人が理解しやすい身近な犯罪になってんだよ!殺すぞ!」

「小僧、俺とじゃれつくのもいいがそろそろ次の試合が始まるぞ。お前の見たかった真の戦い、血で血を洗う死闘をせいぜい目に焼き付けることだなァッ!!」

「貴様ッ!!」

 殴の怒りをよそに、画面の中の試合は滞りなく進んでいく。

 第一回戦第三試合――暴虐のサイボーグ、よさぬかアキコデラックス対焼き鳥屋から焼き人間屋に転職した男、火葬円弗元つうか


「火葬円弗元とか、言ったか……俺の肉体は99%が機械……それも世界中から最高のパーツを集めたのさ。人間の肉体の弱さをその体に刻み込んでやろう」

「クク……今日は炎高えんだかな殺戮が楽しめそうだなァ……」

 向かい合う二人の戦士。

 ぶつかりあう闘志にリングが陽炎のようにゆらぎ、観客のテンションも最高潮だ。

 画面越しに見る殴の皮膚もひりついている。


「とうとう始まるのか……本当の戦いが」

「さて、小僧……ここで問題です」

「は?」

「この戦いではコンプラ違反が発生しています、それはなんでしょう」

「なにッ!」

「クク……見破れないか、小僧?実力だけでなく知力も足りていないか?そんな雑魚に俺を殺す資格はないぞ」

「貴様を殺す資格がこんなバラエティ番組のクイズみたいな感じで問われるとはな……」

 殴は画面を注視し、今までに得たもの全てを思い出す。

 集中の海に沈み込む、秒針が短針よりもゆっくりと動く。

 空気にすらねっとりとした粘りつくような重さを感じるほどに集中し、答えを探す。


円弗元つうかという名前ッ!」

「甘いな小僧……正解はすぐにわかる」

 審判がよさぬかアキコデラックスに何事かを告げる。


「スポンサーと競合する兵器産業のパーツ使用のため、よさぬかアキコデラックスにスポンサーの方から指摘が入りました。よって……勝者ッ!火葬円弗元!」

 気まずい勝利を手に入れた円弗元が、リングを去っていく。

 瞬殺というにも生易しい瞬殺の連続、これがあらゆる無法を許された地下闘技場なのだ。


「流石にそんぐらいは試合前に把握しとけよッ!」

「クク……表でも裏でも結局管理するのは人間、限界があるということだな」

「俺が観客なら暴動起こしてるレベルの試合が連発してるぞッ!」

「クク……この地下闘技場の観客席に座るのはいずれもコンプラを支配する側の人間、それゆえにわかるのさ……俺らも気をつけないとな、と」

「コンプラに支配されてる側の人間のコメント……ッ!」

「クク……小僧、貴様はコンプラに違反せずに俺を殺すことが出来るかな?」

「ルールが変わっているッ!」

「さぁ……次の試合だ、せいぜいコンプラを学び強くなることだな小ぞ……グェーッ!」

 瞬間、殴は不意をついて殺輪を殴り殺していた。


「ハァ……ハァ……なにがコンプラだ、最初からこうやった方が早いじゃねぇか……ッ!!」

 血に塗れた殴を嘲笑うように、画面の中の試合は続く。

 血で血を洗わない死闘が、コンプラが血を洗う恐るべき死闘が。


「第七試合勝者ッ!焼き鳥屋から焼き人間屋に転身した男ッ!火火火の放火鼠男ッ!」

 全身に火炎放射器を装着した男が微妙な笑顔を浮かべて、傷一つ無いままにリングから去っていく。

 

「っていうかッ!焼き鳥屋から焼き人間屋に転身した男が多いんだよッこのトーナメントッ!」

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