第19話 約束


 それからの私はとにかく忙しく動いていた。


 大泉晃史の行動の監視は当然として、追加で伏見君と天野聖の2人の関係のチェックも始めていた。

 2人の関係はおよそ恋人と呼べるものではなく、私の目には天野聖に伏見君がもてあそばれているようにしか見えない。

 

 私の推測は正しかったんだ。

 やはり天野聖に伏見君への気持ちはない。


 伏見君とこうして恋人の真似事のような事をやっているのも、あの男と付き合う為に謂わば演習を行ってるんだろう。

 彼の気持ちだけは本物なのに。


 そうして私が行動を始めてから3ヵ月が経とうとする程の時間が過ぎた。

 今日はその2人の観察だ。


 何やら2駅も離れた繁華街へと訪れていた2人を変装を施して尾行している最中、私は気付く。


『……手……かな……?』


 ん?伏見君が何か言ってる。

 何だろう……横に並んで歩く天野さんに、ちょこんと手を出してみている?


 あ、分かった。手を繋ぎたいんだね。

 健気に頑張るね、伏見君。


 ──あ。スルーされちゃった。


 ……涙が。


 はぁ……この2人の観察をしていると本当にこんな事ばっかり。

 せめて2人っきりの場所ではもうちょっとスキンシップくらいあるのかなぁ……無さそうだけど。

 

 正直、私には天野さんに対する怒りと言うのは少ない。

 0じゃないよ。そりゃそうでしょ。


 だけど、伏見君に対するあの態度を見ていると、何だろ……他人事なのにこっちもムカムカする。


 それに気付いていない伏見君もバカなんだけど、人を物みたに利用されているのがまるで自分のようで……


 それにしても伏見君……


 さっきからずっと天野さんが人にぶつからないように空いてるスペースへ誘導したり、飲み物を買ってあげたりと、いっぱい気遣ってあげてる。

 あんな女の為に……


 もし今伝えられるなら私はこう言いたい。

 

 ──あなたの頑張りを見てる人はちゃんと居るよ、って。


 この3ヶ月、ずっと伏見君を見て来た。


 伏見君の優しい所、お調子乗りな所、友達が居なくて休み時間に寝たフリしてる所とか、ね。


 本当に優しい伏見君……良いな……私も出来る事ならあなたみたいな人と付き合いたいよ。


『……僕、……ト……行ってくる……よ』


「!」


 伏見君が人混みのそこそこある街中を小走りで走って行く。

 あれ、一人でコンビニに入っちゃった。


 どうやらトイレに行ったみたいだ。


 待ち惚けを食らった天野さんはコンビニの近くではなく、今自分が居るその場に留まってスマホをいじり始めた。

 少しくらい近付いてあげれば良いのに。


 あ、今度は電話し始めた。何か情報を得られるかも知れない。


 私はそっと近付いて電話を盗み聞きする事にした。


『あ、もしもし?あたしあたし!え、何かうるさいって?ごめーん今外いるの~』


 残念ながら、話し方的に電話相手はあの男ではないようだ。

 しかし得るものはあるかも知れない。もう少しだけ聞いてみよう。


『んでさーちょっと相談があってぇ~……あたしそろそろ本気で晃史君にコクってみよっかなって思ってて……成功すると思う??』


 私は更に気配を殺して会話に集中する。


『あたしの事乙女ってゆーの止めて!?百戦錬磨だしぃ~。あーもー行くしかないよね!?ね!?良し!!ちょ、そろぼちガチ行くわ!!いつにしよ~。来週の頭辺り行っちゃおかな──』


 ……そう。あなたも動き出すんだね。

 

 ならもうそろそろ私も動くべき時だ。

 準備は十分に整った。


 伏見君には酷い事をしてしまう。罪悪感だってある。

 だけど、私は私の目的を達成させなきゃいけないの。


「……はぁっ!聖!お待たせっ……!」

「!」


 瞬間、伏見君が変装をしている私の横を走りながら通り過ぎて行く。

 もちろん私には気付かない。


「……伏見君──」


 私は彼の背中を見つめながら心に誓う。


 これだけは約束するよ。

 伏見君の感情を利用して酷い事をするけど、きっと伏見君が損をする結末にはしないから。

 

 ──次の日の放課後。


「伊井野さん……僕をこんな所に呼び出してどうしたの?」

「……」


 私は伏見君を廊下の奥にある空き教室へと呼び出した。

 来週の今日、伏見君は捨てられる。それを伝える為に。


 伏見君ときちんと話すのはこれが初めてだ。

 ようやくまともに面と向かって話す事が出来て、不意に笑みが溢れた。


「伊井野で良いよ。ごめんね、急に」

「い、いや……あの、出来れば手短にお願いしたいんだ。悪いけど……」


 あぁ……伏見君、告白か何かだと勘違いしてる?

 全く、天野さんに告白されたからってお調子に乗ってるね。あれも本当の意味での告白ではないって言うのに。


 それでも一応は彼女の居る伏見君が他の女を寄せ付けないようにするのが少し嬉しかった。

 もしも……もしも伏見君が私の彼氏だったらこんな風に大事にしてくれるんだろうな……


 ……私にそんな事を思う資格はないのにね。


「大丈夫、伏見君が心配するような用件じゃないよ」

「そ、そうか。なんだ……ちょっとはずいな」

「今から言うのはもっと酷い事だから……」

「え?」


 私は伏見君の前髪の奥の瞳を見て言った。


「伏見君、君天野さんに捨てられるよ」


 ──さぁ、私の復讐の始まりだ。

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「あんたもう用済みw」と彼女にフラれてる所を生配信したら翌日から悲劇のヒロインになった。 棘 瑞貴 @togetogemiz

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