第296話 大戦後半を見据えて、技術的穴埋めでもするとしようか




 ああ、フォン・クルスだ。

 もうクリスマスまで1週間、3日後にはバルト海沿岸諸国のお偉いさんがやって来る。

 まあ、冬宮殿もクリスマスの装いにしたし、宮殿前の広場にはモミの木が設置され、電飾も終わり、お約束の天辺の星も飾り付けた。

 ゲストルームもクリスマスコーデで準備万端。

 NSRに依頼した給仕チームも到着し、セキュリティチェックを兼ねてあちこちを見回って当日の段取りを確認。

 陣頭指揮をとってくれているアインザッツ君、ツヴェルク君、ドラッヘン君の三人が実に頼もしい。

 

 さて、対する俺は大公位授与式の段取りの確認も終わり、クリスマス・スピーチの原稿も仕上がった。

 そして現在、シェレンベルクに推敲してもらってるんだが……

 

「これでよろしいのでは? 一応、写しはハイドリヒ長官に送っておきますが」


「頼む」


 こういう時、電子メールのありがたさが身に染みるぜ。

 それはさておき、

 

「シェレンベルク、今の俺の権限で、ドイツ本国から技術者を指定しての招聘は可能か?」


「それはできると思いますが……誰を?」


「”ハンゲルグ・フォン・オハイン・・・・”。ジェットエンジンの専門家だ」


「? またどうしてジェットの技術者を? まさかとは思いますが……サンクトペテルブルグでジェットの開発を?」


 俺は頷きながら、


「ああ。一応、研究ぐらいは進めておこうと思ってな」


 いや、俺に回ってくる外交文章を読む限り、どうやら米国の本格参戦が近そうなのは明白だ。

 で、連中の切り札は空母機動部隊か戦略爆撃機ってとこだろう。

 いずれにせよ、空からの脅威に対する備え、防空能力の強化はしておくに越したことはない。

 

(海からサンクトペテルブルグを攻められるのなら、その時はドイツ本国は陥落してるだろうし)


 だが、戦略爆撃機はアイルランドからでもソ連領からでもやろうと思えば飛んでこられる。

 

「ところで、なぜにオハイン技師を? 私の記憶が正しければ、確かハインケル社のエンジン技師だったはずですが?」


「ああ、それな。オハインは”遠心圧縮式・・・・・ターボジェット”の専門家なんだよ」


 少し説明しておくと、ジェットエンジンってのは大きく遠心圧縮式と軸流圧縮式の二つがある。

 この辺を詳しく書くと専門的になり過ぎるきらいがあるが……遠心圧縮式の方が構造が単純で実用化が早かった(実際、世界最初のジェットエンジンは遠心圧縮式だった)が、構造的に大型化や多段圧縮化(つまり、高出力化)が難しく、かなり早い段階(50年代)で発展的限界を迎えてしまった。


 軸流圧縮式は、逆に構造が複雑だが多段化・大型化・高出力化がしやすくジェットエンジンの主流になったってわけ。

 実はジェットエンジン開発黎明期、つまりこの時代既に二つの方式の将来性の明確な差は予見されていて、史実のドイツでは開発のベースが軸流圧縮式で固定されていた。

 

 もうちょっと詳しく書くと、今生でも最初の遠心圧縮式ジェットエンジンの特許を取ったのは英国軍人のホイットル(ちなみに軸流圧縮式ジェットエンジンの理論構築をしたのも英国軍人のグリフィスだった)で、しかもその特許は機密指定されなかったので、それを目にして遠心圧縮式ジェットエンジンの特許をドイツで出したのが、当時は工学大学院生だったオハインだ。

 その後、オハインはハインケル社と契約し、技術実証エンジンの”H-1”を作り上げ、そして人類初の実用ジェットエンジンである”HeS3”へと繋がっていく。

 余談ではあるが、史実ではハインケルへのナチ党の悪感情により、「人類最初の実用ジェット機”He178”の初飛行」は発表されなかったが、何度か話した通りに、今生ではハインケル社は冷遇されておらず、むしろ優遇されている。

 故に「世界最初の実用ジェット機の初飛行」は、国威発揚も兼ねて大々的に行なわれていた。

 史実と同じ1939年8月27日、ポーランド侵攻直前の話だった。




***




 ハインケル社はその後、世界初の実用ジェット戦闘機He280とそのエンジンである遠心圧縮式の”HeS8”を開発し、既に配備させてはいるが……正直、エンジンのパワー不足も相まって性能的には昨今の高性能化著しいレシプロ戦闘機と比べて、特に優位性はないというのが実情で、結局は少数生産に留まるだろうとシュペーア君も言っていた。

 

 そして、ハインケル社自身も遠心圧縮式に行き詰まりを感じて見切りをつけ、開発を軸流圧縮式ジェットの”HeS30”に切り替えている。


(そう言う訳で、オハインは手が空いてるはずなんだよな……)


 そして、俺はまだ遠心圧縮式ジェットが技術的限界に達してないことを知っている。

 

(クリーモフ”VK-1”……)


 前世のソ連が、ロールスロイス社の遠心圧縮式ジェット”ニーン”を無許可コピーして作り上げたエンジンだ。

 もっとも、これは最新のエンジンを「ソ連との関係改善」を理由にホイホイくれてやった英国の労働党政権(アトリー政権)も悪いのだが。

 英国の労働党政権はガチアカだからな~。

 

(そして、俺はそのレッドコピーをよく知っている)


 正確には原型の”ニーン”や”ダーウェントMk.V ”もだ。

 

「ドイツ本国の主流は軸流圧縮式ジェットだろ? なら遠心圧縮式ジェットのマイスター連中は動かせるんじゃないかってな」

 

「作るんですね? サンクトペテルブルグのジェット機を」


「まあ、とりあえずは迎撃機を考えている」


(なら、タンク博士にも声をかけてみるべきか?)


 ”アレ”の原型になった”Ta183”の設計者なわけだし。

 

「わかりました。ハイドリヒ長官に話を通しておきます」

 

 

 











************************************















 後日……




「”MiG-15”作るんだって?」


 会うなりいきなりそれかい、ハイドリヒ。

 いや、何を作るのかモロバレだし。

 

「正確には、”bis”の方な」


 あるいは測距レーダー積んだ限定的全天候型の”MiG-15P”。


「良いだろう。調整はNSRこっちとトート博士で行うから、準備しておいてくれ。他にも必要な人材やら素材やら機材やらあれば伝えてくれ。可能な限り手配する」


 まあ、実際にそりゃ助かるな。

 

「ハイドリヒ、もしかしてドイツ式ジェットの保険とか考えてるのか? もしかして、軸流圧縮式ジェットが上手くいってないのか?」


「お前の知ってる歴史よりは多分、多少はマシとだけ言っておこう。Jumo004Bの実用型は完成しているし、004Dまではまあ44年までに量産体制に入れるだろう。だが、2軸構造を取り入れた004Hやその先のJumo012となってくると怪しいな。ハインケルの方はHeS30は既に量産体制に入ってる。HeS011は多分、、戦争に間に合うといった進捗状況かな?」


 あー、なるほど。

 確かにそれなら保険の一つも欲しくなるな。

 

「了解した。Ta152Hの開発が終わって少しは暇になって、来れるようならタンク博士をサンクトペテルブルグ入りできるように頼めるか? 無理なら無理で構わん」


 MiG-15の概略図は頭の中にあるが、それを正式な設計図として昇華させるには、やはり専門家の手を借りたい。

 

「心得た」


 まあ、今生においては英国から黎明期の遠心圧縮式ジェットエンジン”ハルフォードH-1(デ・ハビランド ゴブリン)”が戦時中に……英米の関係が修復されない限りアメリカに渡ることもないだろう。

 というか、むしろ日本皇国に渡ってる可能性が高い。

 遠心圧縮式にしろ軸流圧縮式にしろ、少なくとも現在は英国が米国のジェット関連技術を圧倒している。

 ジェットの先進国は、遠心圧縮式なら英国、軸流圧縮式ならドイツが世界をリードしてるのは間違いない。

 そして、その2国から技術供与や技術強奪を行えないだろう米ソは、おそらくジェット開発が俺の知っている歴史よりは遅れるはずだ。

 日本皇国は……正直、元母国でも実はここが一番わからん。

 ドイツから開発が中止されたBMW003、英国から時期的に考えてハルフォードH-1……だが、独自でも開発しているだろう。

 間違いなく転生者は暗躍すると思うが……

 

(なんにせよ、今は米ソに対するジェットのアドバンテージをとことん活用するとしよう)


 この戦争、負けるわけにはいかんしな。















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転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ ガンスリンガー中年 @Konigstiger

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