第4話正体

 闇の中で、臨の身体は電気を帯びて光っている。

 今日の電子錠のように、臨は電化製品などを壊してしまうことが時おりある。

 スマホだって気を付けないと、彼の持つ力で駄目になる。

 でもここは外で広いし、臨は心置きなくその力を使うことができる。だからだろうか、臨を囲う電気の量が半端ないし、空気がバチバチと音を立てている。

 化け物は臨の方を向き、シャー! と威嚇しているようだった。


 ――みゃー……


 ……?

 威嚇の声の裏でかすかに、猫の鳴き声が聞こえた気がした。かなり小さい、子猫だろうか?

 どこから聞こえてるんだ?

 見回すけれど、暗くてわからない。

 この辺りには木が多く、猫が隠れるような場所はいくつもある。

 だから野良猫が住みつくわけだけど。

 どこにいるんだ、猫?

 

「猫……化け猫、なのかなあ」


 臨が呟く。

 たぶん、猫だろう。

 じゃあなんで化け猫が現れるようになったんだ?

 もうだいぶ薄くなった、学生たちの記憶に何かヒントはないだろうか?

 ……駄目だ、化け猫の場面しかもう思い出せなくなってる。

 化け猫は、道路沿いの茂みを背にして立っている。

 大きさはニメートルはありそうだ。

 白く巨大な化け猫は、威嚇してくるだけで、そこから動こうとはしなかった。

 ……てことは、敵意はないんだろうか?

 そう思ったとき、化け猫は臨に向けて口から何かを吐き出した。それを臨は横に跳んで避ける。すると、吐き出した液体はアスファルトの地面に落ち、シュウシュウと音を立てている。

 ……なんだよあれ、酸?

 戦う能力なんて持ち合わせてない僕は、さらに後ろへと下がった。

 そこで初めて気が付いたけど、心なしか、僕の足は震えている。

 なんで臨は平然としていられるんだろうか?

 それどころか、化け猫に向かってその手から電気の矢を放っている。


『ギャッ!』


 と、短く化け猫は悲鳴を上げた。

 ……っていうか、あの猫、僕たちにそこまで敵意はないような気がする。

 さっきから猫は茂みから一歩も動かない。

 っていうことはあの茂みに何かあるのだろうか?

 猫は臨の方を見ている。なら、僕の方には注意が向かない……かな。

 僕は化け猫の様子を伺いながら、茂みへと近づいた。

 ゆっくりと少しずつ。だけど猫は僕の方に気が付き、威嚇の声を上げる。


『シャー!』


 その声を聞き、僕は思わず足を止めた。

 猫の口から何かが吐き出されたかと思うと、誰かに手を引っ張られる。


「紫音!」


「うわぁ!」


 臨に腕を思い切り引っ張られ、僕はよろけて転んでしまう。

 見ると、僕が立っていたところのアスファルトは、しゅうしゅうと煙を上げている。

 それを見て、僕の背筋を冷たい汗が流れていった。怖い。あんなのをくらったらきっと、ひとたまりもないだろう。


「紫音、何考えてるんだ?」


 呆れと怒りをはらんだ声が響く。

 臨が僕を引っ張らなかったら、あの酸の唾液が僕に直撃していただろう。そう思うと恐怖が僕の心を支配する。

 だけど、僕は行かないと。

 あの茂みにはきっと何かある。

 あの化け猫が守りたいものが。それはひとつしか思いつかなかった。

 僕はぎゅっと、拳を握りしめて言った。


「臨、あの猫をひきつけられないか?」


 すると、臨は険しい顔をする。


「できなくはないと思うけど、さっきからあの猫、あそこからは動こうとしないから、もし紫音があそこに近づきたいのならそうとう危険だと思うけど?」


 そんなことはわかってる。

 だけど、きっとあの猫が執着する何かがあの場所にあるのなら、あそこに近付かないと。


「臨、あそこにあの猫が威嚇してくる理由があると思うんだ。だから、少しでいいからなんとかならねぇかな」


 それはそれで臨が危険かもしれない。

 それでも他の被害を出さないようにするにはこれしかないだろう。

 臨は僕の顔をしばらく見つめたあと、頷き化け猫の方へと振り返った。その手には雷が絡まりついて、バチバチと音を立てている。


「俺がひきつけている間に、その理由ってやつを見つけろよ、紫音」


 言葉と共に、臨の手から雷が放たれ、化け猫の目の前で弾けた。


『……!』


 驚いたらしい猫は一瞬ひるんだように見えた。

 それを見て、僕は全力で走り出す。

 

『シャー!』


 猫の威嚇する声が響く。

 恐怖に一瞬ひるむけれど、僕は走り続けた。


「紫音!」


 臨の、切羽詰った声が響き僕の後ろで、ジュ……という音と焦げた匂いが漂ってくる。


「こっちだ!」


 臨は再び雷を放ったらしく、バチバチと言う音が響き渡る。

 ちらり、と猫を見ると、僕と紫音を交互に見て迷っているように見えた。

 その隙に、僕は茂みに入りそして、目的の物を見つけ出した。

 怪我をしているらしい、紅く血に染まった白だったであろう母猫と、その猫に縋る四匹の子猫たち。

 たぶん、あの化け猫はこの母猫だろう。

 母猫はぐったりとしていて、全然動かない。そして子猫たちは懸命に鳴き声を上げている。

 僕は猫たちに近づきしゃがみ込むと、動かない母猫に触れた。

 母猫は冷たく、硬くなっている。

 あぁ、死んでるんだ。

 この子猫たちを守る為に、母猫は化け猫となって現れたんだろうか。それとも居場所を知らせたかったのだろうか?


「大丈夫だよ、僕たちは、君の子供を傷つけたりはしないから。ここには動物病院があるし、だから……眠って、大丈夫だよ」

 

 母猫を撫でながら僕が言うと、その身体が一瞬、光ったような気がした。


「紫音! 猫が消えた」


 臨の声が聞こえ、足音が近づいてくる。

 僕は四匹の子猫を抱え、どうしようかと悩みつつ声を上げた。


「臨! 手伝ってくれないか」


「手伝うって何……あ……」


 茂みへと現れた臨は、僕が抱える子猫たちを見て、全てを悟ったらしい。

 頭に手をやった臨は、一瞬迷った顔をした後言った。


「とりあえず、病院に連れて行こう。動物病院のほうには誰も残ってないだろうけど、大学病院に戻れば誰か、獣医と連絡取れるかもしれないし」


 言いながら臨は僕に手を伸ばし、子猫を二匹受け取り抱きかかえた。




 大学病院に戻った僕たちは、病院のスタッフに頼んで獣医に連絡を取ってもらい、子猫たちを預けることができた。

 たぶん、あの母猫は、昨日の事故で轢かれた猫だったんだろう。

 獣医に見せると、母猫はやはり息絶えていた。

 子猫たちを守りたくて、その執念が化け猫にさせたのか。それともただ、ここに子猫がいることを知らせたかっただけなのか。

 その答えはわからない。

 なんだかんだで臨の家に着いたのは夜中で、風呂に入ってリビングのソファーでぐったりとしてしまう。

 正直、試験勉強どころじゃない。


「何だったんだ、今日の出来事は」


 呟くと、臨が僕にコップを差し出してくる。


「お疲れ様。四人も記憶吸い上げたんじゃあ、ぐったりだよね」


「ああ……ありがと、臨」


 コップに入っているのは冷たい麦茶だった。

 それをひと口のみ、僕は大きく息をつく。

 

「って言うか、化け猫が現れるとかどうなってんだよ……」


 げんなりと呟くと、臨は僕の隣に腰かけながら言った。


「俺は楽しかったけど? 思う存分力を使えたし。いるんだね、化け猫ってさ」


 臨の声は弾んでいる。

 臨がその雷の力を使うことなんて滅多にない。

 それはそうだ。

 正直その力を使う場面なんて思いつかない。

 

「またああいうことがあるなら、俺はよろこんで協力するけど?」


「僕は嫌だ。だって何の役にも立てないし」


 言いながら、僕はコップを見つめる。

 そうだ、僕は悲しみや辛い記憶を吸い上げるだけだ。

 しかもその記憶はいつまでも持っていられない。一日も経てばほとんど忘れてしまう。

 でも臨は戦うことができる。

 そして、あの化け猫を前にしてもひるまないだけの度胸もある。

 僕にはそんなものはない。


「紫音」


「何だよ」


「紫音の力が無かったら、彼女たちが見たものが本当だって証明もできないし、きっと幻覚を見たってことで片付けられていたと思うよ」


「そ、それはそうかもしれないけど……」


「そうしたら、あの子猫たちは死んでいたかもしれない」


「あ……」


 僕は臨の方を見る。

 臨は僕の方を見つめて微笑み言った。


「紫音の力があったから、学生たちは恐怖の記憶を忘れられたし子猫たちを保護できた。っていうか紫音は今まで何人もの人の心を救ってきてるじゃないか」


 心を救ってきた。

 そんなふうに思ったことはなかった。

 だって僕はこの力をつかって当たり前にできることをしているだけだから。

 僕はじっと、右手を見つめる。

 何人もの人たちの記憶を吸い上げて消してきた。

 その記憶のどれひとつとして僕は覚えていない。

 感謝されたこともない。当たり前だ。僕が記憶を消した相手は、なぜ僕と出会ったのかなんて覚えちゃいないんだから。


「俺としても力が役に立つってわかって嬉しかったよ。俺の力は、壊すことにしか使ったことないからね」


 今日も、臨は大学病院の電子錠を壊した。それは臨にとっては日常だ。家電製品だって、スマホだって何回か壊してきたと言っていたし、結局その力のせいで母親との折り合いが悪いらしいし。

 僕は臨を見る。

 彼の目をいつになく輝いていた。こんな臨を見たのは初めてかもしれない。


「臨……」


「まあでも、あんなに力使ったのは初めてだったし、疲れたな。紫音、今日はもう寝るよね」


「あぁ、勉強なんてしてられるかよ」


 言いながら、俺は大きな欠伸をする。


「明日は勉強して、明後日試験の後、動物病院行こうよ、紫音」


 試験はだいたい三限で終わる。ってことは午後は空くってことだ。

 子猫たちは大丈夫だろうか?

 それは確かに気がかりだった。


「あぁ、そうだな」


 答えて僕は、コップに口をつけて麦茶を一気に飲み干した。 

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北城紫音の怪奇譚 麻路なぎ@コミカライズ配信中 @nagiasaji

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