第3話化け物

 ベッドの上で二時間以上うとうとしてどうにか動けるようになったのは、午後五時を過ぎた頃だった。

 その間、臨は僕が寝転がるベッドにもたれかかって寝ていた。

 カーテンが閉められているため外の様子は何もわからないけれど、まだ明るいだろうな。

 四人の大学生から吸い上げた記憶は、すでにおぼろげだ。

 それはそうだ。僕の記憶じゃないから、他人の記憶を覚えていられる時間はとても短い。

 妙な、青い目をした化け物。

 そんなもの実在するんだろうか?

 四人が同じものを見ているのだから真実なのだろうと思うけど……正直信じがたい。

 この町は未知であふれている。

 一定期間以上住めば誰でもちょっとした超能力が身につくし、人によっては強大な力を手にする。

 だから化け物位現れてもおかしくないだろうけれど、いいや、僕はそんなの見たことないし認めねえぞ。

 お化けなんていない。

 それは真理だと思ってる。

 なのに。

 六時になって現れた真梨香さんの言葉にすべてを打ち砕かれた。


「それで、貴方たちにお願いしたいことなんだけどね」


 仮眠室の壁に寄りかかり、私服姿の真梨香さんは寝ぼける臨とベッドに座る僕を見下ろして言った。


「学生たちが目撃した化け物を退治してほしいの」


 想像はできていた。

 真梨香さんが何を僕らにさせたいかなんて、簡単に予測できた。

 とはいえ、僕は人の悲しみや辛い記憶を吸い上げる力しかない。化け物退治なんて不可能だ。

 だから、真梨香さんは臨にも声をかけたんだろうな。

 こいつは電気の力を操る。

 訳の分からない化け物に対処できるかもしれねえもんな。


「化け物? って、化け物ですか」


 臨が声を弾ませて立ち上がり、真梨香さんに近づいて行く。

 ……こいつ、なんでこんなに嬉しそうなんだ?

 真梨香さんは真面目な顔で頷き言った。


「えぇ。昨日の夜、学生たちが目撃したの。庭の、道路沿いの茂みから白い化け物が現れて襲われたって」


「何ですかそれ、超興味あるんですが」


 って、なんで臨はこんな楽しそうなんだよ?


「おい、臨。お前信じるのかよ? 化け物とかの存在」


 呆れつつ僕が言うと、臨はばっとこちらを振り返り、目を輝かせて言った。


「当たり前じゃないか。俺都市伝説とか大好きだって言わなかったっけ?」


 知らねえよ、そんなこと。

 初めて知ったよ。

 臨と出会ったのは十年以上前だ。そんな様子あったっけ……?

 ……そういえば、学校の七不思議とか話すとき、妙にテンションが高かったかも知れない。

 臨は僕の方に歩み寄ると、隣に腰かけて言った。


「紫音、君は見たんでしょ? その大学生たちが見た化け物を」


 見た。白くて、青い瞳の化け物を。

 でも僕はその見たものの存在を疑っていた。

 だってお化けなんているわけがない。怖いから。


「確かに、四人の記憶は共通していたし、なんか見たのは確かだろうけどさ……」


「じゃあ、確認しようよ紫音。そうしたら真偽、わかるでしょ?」


 テンション高い臨に対して、僕のテンションはダダ下がりだった。

 化け物の存在を確認する。

 彼女らが目撃した時間は日が暮れていたから、夜まで待たないといけないわけじゃねえか。

 充分休んで回復しているとはいえ、僕は乗り気じゃない。

 だってお化けなんていないから。


「化け物なんているわけねえだろ」


「いるかいないか、直接確認すればいいじゃないか」


 嫌がる僕の腕を掴み、臨は満面の笑顔で言う。

 だめだ、これ。

 この様子では何を言っても無駄だろう。

 

「お前ひとり……」


「紫音、ひとりで帰れるの?」


 そう言われると辛い。

 タクシー使う様な金はないし、自転車で帰るのはまだ無理だろう。

 さすがに四人の記憶を吸い上げるのは辛すぎた。

 僕は押し黙りそして、小さくため息をついて言った。


「わかったよ、臨。でも僕は、危ないことは一切やらないからな」


 諦め顔で僕が言うと、臨はにっこりと笑って言った。


「大丈夫だよ、紫音の事は俺が守るから」




 真梨香さんのおごりで、大学病院にあるレストランで夕食をとり、僕たちは仮眠室で夜を待った。

 学生たちが化け物を目撃したのは、夜の九時前位だったらしい。

 真梨香さんいわく、八時前に大学近くで自損事故があったそうだ。そして現場が近所だったこともあり、けが人はここの大学病院に運ばれたらしい。

 そんな事故の騒ぎの後、彼女らがおかしなものを見たと、大学病院に駆け込んで来たという。

 つまり、そのくらいの時間になれば例の化け物を見られるんじゃないのか? というのが真梨香さんの見解だった。


「そういえば、日中警察官が病院を歩いてませんでした?」


 僕が尋ねると、真梨香さんは頷いて言った。


「えぇ。自損事故のけが人に話を聞きに来たの。猫を轢きそうになって、ハンドルを切ったら塀にぶつかったとかなんとか聞いたけど」


「猫、ですか」


 大学には野良猫が多い。

 捕まえて避妊手術をしているらしいが、なかなか減らないと聞いた。

 轢かれそうになった猫は無事だったんだろうか?

 真梨香さんに聞いたけど、さすがにそれはわからないと言われた。


「それはそうと、ちゃんと確認してよね? 変な噂がたっても困るの。ちゃんとお小遣いあげるから」


 バイトじゃなくてお小遣いかよ。

 ってことは、真梨香さんが個人的に金を出すって事だろう。


「べつにお金なんていらないですよ」


 なんて臨は言ったが、真梨香さんは臨を思い切り睨み付け、


「貴方には、出さないとは言わないけど、壊した電子錠の修理費は差し引くからそのつもりでいてよね」


 なんて言っていた。

 そりゃそうだよな。

 大学の備品壊したわけだし。

 しかも初めてじゃねえんだもん。

 夕食を食べた後、僕たちは真梨香さんと別れて仮眠室でその時間が来るのを待った。

 八時半になったら現場と思われる場所に行こう、という話になり僕たちは勉強やスマホをいじりつつ時間が来るのを待った。

 昼は人が多く騒がしい大学構内。

 夜となると静まり返り、夕闇が庭を包み込んでいる。

 外灯は少なく、病院から外に出ると、ぽつ、ぽつ、と灯りは見えるものの全体的に暗かった。

 

「わかってはいたけど、外暗いね」


 臨は視線を巡らせたあと呟く。


「ここ、広いからな。なんだかんだ言って、通りは街灯が多いから明るいもんな」


 普段、夜の街を歩いていて闇を感じることは余りない。

 それだけ町に街灯が溢れているし、だからこそ、僕は闇に対して恐怖を抱くのかもしれない。


「ねえ、紫音。場所はどこ?」


 臨に問われ、僕はスマホを取り出す。

 吸い上げた記憶は忘れてしまう。

 もうかなりおぼろげになってしまっているので、忘れる前にスマホにメモを書いていた。

 

「えーと、東の方。理化学部の校舎の方で、道路沿いの茂み」


「じゃあ、けっこう歩くね」


 この大学病院から理化学部の校舎まで歩くと五分くらいはかかるんじゃないだろうか。

 化け物を見た後、学生たちはきっとがむしゃらに走ったんだろうな。

 暗い、暗い庭をゆっくりと歩いて、僕たちは現場へと向かう。

 車が走る音などが近づいてきたとき、僕たちは立ち止まった。

 道路沿いの茂みに、まるで門番のように大きな白い影が生えていた。

 青い瞳を光らせて、こちらを見つめている。


『シャー!』


 まるで怒った猫のように牙をむき、その化け物は僕たちを威嚇する。

 ってまじかよ。

 彼女たちの見た化け物の姿はきっとこれだろう。

 化け物なんていない。

 お化けなんていない。

 そう思っていたのに、現実は小説よりも奇なりっていうのは本当らしい。

 臨が僕をかばうように前に立つ。


「スマホはおいて来たし、ここ、広いから、気兼ねなく力がつかえる」


 楽しそうに呟く臨の声。

 そして、彼の髪がふわり、の浮かぶ。

 それを見た僕は一歩、臨から離れた。


 

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