惰性
やる気がない。ベッドから出られない。
布団は今日も甘えたがりで、僕の言うことを全部聞くがまま。おかげで目覚ましが不機嫌にジリリリと何度もなってしまった。慌ててパンを突っ込んで、歯を磨いて、身なりを整えて、家から飛び出す。
別に遅刻したって構わないんだけど、どうしてか間に合わせようと強制される。でも不思議と到着した時の達成感はもらえない。むしろ遅れた方が自分に正直になれたと後悔するほどに。
意味のわからない呪文を聞き流し、風の音に耳を澄ませる。全然聞こえない。呪文がデカすぎる。現代人は自然を感じる時間が足りないっていうんだったらせめてこれくらいはさせてほしい。
突っ伏す。ごろごろ。ふと息が漏れる。でも、一息つく間もなく鐘は鳴る。針はきっと僕らを嫌っている。呪文は遅く、休みは早く。多分目覚ましと仲がいいんだろう。こんなふうに嫌がらせをしてくるんだから。
ご飯を食べている時は唯一の安息。ただ咀嚼を続ける。しゃくしゃく。ごくん、を繰り返す。繰り返す。繰り返す。いつのまにやら箱は空。思わず天を仰ぐ。おんなじように、顔も 真っ青だ。もう少しだけ食べていたかったな。
でもお昼を過ぎたら時計も許してくれる。普通にしていたら、あっという間に鐘は鳴る。キンコンカンコン。キンコンカンコン。自転車に乗り込む。鍵を開けるのを忘れていた。一度降りる、その拍子にバランスを崩して、頭は鉄柵に。ガシャ。扉が開く。
また急いで学校に行かなければいけない。着いたら長く苦しい呪文の羅列。紙の片隅には怒った目覚ましに僕が謝る絵を描いた。思いが届いたのか、描いている間に時計はすぐさま鐘を鳴らしてくれた。
ご飯を食べる。咀嚼する。もぐもぐ、ごくん。
からからからとドアが開く。提出物を忘れているやつがいるらしい。わざわざ伝えてきた先生は…なんて名前だったっけ。忘れてしまった。
キンコンカンコン。キンコンカンコン。そんなふうにしていたら鐘が鳴った。もう終わり。きっと今日の時計は機嫌がいい。階段を降りて駐輪場に行く。後ろから押される。持っていたカバンごと、体は空を躍りながら地べたに向かって漕いでいく。ガシャ。扉は閉まっている。
面倒臭い。今日は布団から出る時。じりりりを止めに行かなきゃいけない。布団はあくまで優しいけれど、たまにはその優しさが嫌になる。暑い時もあるし、今日は外が寒くて暖かすぎた。出られなくなる。でも体は勝手にベルを止めてパンを突っ込みだす。歯も磨いているし、着替えは済んでいる。あとは出るだけ。
自転時に乗る。ぶーんとペダルを回す。車が真似してぶーんと駆け寄ってくる。あいにく僕と自転車は彼?彼女?の愛を受け止めきれなかったみたい。自転車は頑張っていたけど僕が無理だったからか一緒になって飛んでった。車のボンネットがショックを受けた。目に見えて凹んでいた。ごめんと思いながら、今度は僕らが電柱にアタックする。ガシャ。
扉には二重の鍵。
お風呂から上がってぽかぽかとあったまっている。湯冷めする前に歯を磨いてそのまま寝られるようにしたのは賢かった。ふわりとしたベッドと布団はいつも仲良し。その様子を見届けて意識を落とす。
じりりりり。じりりりり。じりりりり。
じりりりり。じりりりり。じりりりり。
いつもそうだ。目覚ましは鳴く。急かせるように。早く消してもらえるように。
そうしてしまえばあとは彼の仕事。
しにがみ。生と死の境目をつくる人。いうなればうちとそとを遮断しているもの。
境界を踏み越えた後はいつもああなる。出たあとはずっと心臓が早鐘を打つ。いつなるか。どうなるか。それすらも彼の手のひらの上。きっときっと僕が彼に悪いことをしたのだろう。他の人は僕と同じようになってないみたいだから。僕が悪いことをしたせいでこんなことはずっと続いてる。彼には何度も謝った。けど無意味ってことに気づいたのはいつだろう。
有名な霊媒師?みたいな人に聞いても扉は扉と馬鹿にされたし、聡明という科学者に相談しても精神科への入院を勧められた。いつもいつもその後はガシャと扉が開く音がしたと思ったらやりなおし。毎日自転車を漕ぐ。たまに轢かれる。
わからない。わからないを繰り返してる。いつまでやればいいんだろう。でも外に出なきゃの強迫観念だけは家宝みたいにあるのだから。体は頭を超越してぱたぱたとあゆみを進める。でも最期はいつも僕ひとり。
どうしようもない。なすべきこともなされることもない。結局結果も変わらないし、変わったとしても似てるようなものだろう。
だから僕は今日も扉を開けて鎌が振り下ろされる音を聞く。
ガシャ。
小さな呻き 玄葉 興 @kuroha_kou
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