最終章:私と少女はそれを弔う
「…………、は?」
いじめグループの誰かではない?
「うん。ハッキリ言わなかったのはアタシが悪かったと思う。でも、ここまで、最後まで勘違いしたままってのもなんか悪いことしてる気分になるから、全部ゲロっちゃうね?」
少女は、気まずく笑いながらハッキリと口にした。
「アタシはいじめグループのリーダーも、取り巻きも、元ターゲットだった生徒も、いじめを黙認してた先生ですら、ただの一人も殺してないよ」
私は混乱し、しばらく、何を質問すべきかすらわからず思考を停止させていた。
いじめグループの人間でも、周辺の人間でもない? しかし少女は、スーツケースを確かに『死体』と形容した。いじめを行っていた生徒たちに対し『殺してやりたい』のような言葉も口にした。しかし少女は、憎いだろうそれらの人物を一人も殺していないと言う。
では、私たちは一体、何を埋葬したのだろうか……?
「……じゃあ、何だったっていうんですか? そこに埋めたのは、一体……」
私の言葉に、少女は、今度は悲しげに目を伏せて言った。
「だから、アタシが埋めたかったのは他でもない――アタシ自身の死体なの」
私は、息を呑んだ。
少女は、地面を――地面に埋めたスーツケースを見下ろしながら独白する。
「スーツケースの中にはね、いじめを受けてた一年間で、壊されたり使えなくなったりした所持品、ほとんど全部が入ってんだ。切られたり濡らされたりした制服に、落書きされたり破られたりした教科書、ノート、参考書。画鋲や釘で駄目にされたローファーや、登校したら机の上に置かれてた花と花瓶なんかも入ってっかな。……それこそ、人間の死体が入ってるくらい、重かったじゃん? だから……スーツケースに詰め終わったあとに思ったんだ。これは『いじめられてた過去のアタシそのもの』『その死体』なんだ……ってね」
ゆっくりと、状況を理解していく。私は、いじめられていた少女自身の死体――正確にはいじめによって使えなくなった物品を人間の死体だと誤認したままここまで来て、穴を掘って、埋めた。結果的に少女によって殺された被害者なんてものは存在せず、比喩ではない『本物の死体』は、最初から存在なんかしなかったのだ。
少女は、誰も殺してなどいないのだから。
そして少女はいじめられていた自身の死体を、埋葬しようと考えた。自身の気分に従って、景色の綺麗な場所に――この山に。そうやっていじめられていた一年間を、弔おうと考えたのだろう。
他ならぬ少女自身がこれからの未来を見据えるために。
過去の悲哀に引き摺られぬように。
「――ふ、ふふ、ふふふ――……」
思わず、私は笑い出した。間抜けなものだ。てっきり人間の死体を埋葬するのだと勘違いした挙句、ここまでまんまと少女によって利用されたのだから!
「お、怒ってる……?」
心配そうに訊ねてくる少女に、私は「いいえ」と返した。
「よかった、と、思っています」
「よかった?」
「だって、あなたは誰も殺していないのでしょう? ただ――過去の自分を弔いたかっただけなのでしょう?」
私は、涙が出るくらいおかしくて――涙が出るほど、安心していた。
「あなたが人殺しじゃなくて、よかった。誰も死んでいなくて、本当に、よかった……」
少女は、呆れたように「ホント、人がいいよね」と笑った。それから
「オニーサンがいてくれてよかった。ちゃんと成仏できるよ、アタシ」
と言って、少しだけ泣き笑いのような表情をした。
しばらく、私たち二人は泣き合ったり笑い合ったりしていた。年甲斐もなく。
私は、口には出さなかったが、私もまた、少女がいてくれてよかったと思った。少女がいてくれたから、私は、こんなにも報われたような、救われたような気持ちになったのだ。
少女が過去の自分を弔ったように、私も、現在の私を労うようなことができる、そんな気分だった。
「じゃ、アタシはそろそろ帰るね。ロープは残しとくから、首を吊るなり、登山道に戻ってくるなり、ご自由にどうぞ。ただ、一言だけ言わせてもらっていいかな?」
少女は、そう断りを入れたあと、言った。
「ぶっちゃけ『人間の死体を埋める行動力』があるんだから、勤めてる会社辞めちゃいなよ。ブラックなんでしょ?」
私の驚いた顔を見ながら、少女は「わかるよ。仕事帰りにそのままふらっと来て、そのまま死のうとしてたって感じだもん」と微笑んだ。
「正直、死体を埋める以上に行動力が必要なこと、ある?」
「それは……」
私は、ここに至るまでの過程を思い出した。重い『死体』を運び、滑落しそうになり、地面をシャベルで掘って……埋めた。協力者とは体裁ばかりで、顧みれば、ほとんど私が主体で埋めたようなものだ。
「ま、ゆっくり考えなよ。人生は長いぜ、オニーサン」
そう言うと、少女は私の少し上を見て、微笑んで、それから振り向きもせず帰っていった。ロープを伝って、登山道へ、人の道へと戻っていった。
私は、少女が最後に何を見上げたのか気になって、視線を追うように首を上に向けた。
そうすると――青空の下、満開の桜が咲き誇っていた。
私を労うように、そして、少女の『死体』を弔うように。
どのくらい、桜を見上げて呆けていただろうか? 突如、スーツのポケットに入れていたスマートフォンが着信を知らせた。時刻はすでに朝礼の時刻を十分間ほど超過しており、もちろん会社から、上司からの着信だった。
「………………」
私は、スマートフォンの電源を落とした。
それから、姿勢をもっとラクなものにして、改めて頭上の桜を見上げる。
首を吊るのは、別に急がずとも良いだろう。少女の言う通り、人生は、長い。
あるいは、私は少女の死体と一緒に、自暴自棄に死のうとしていた私自身を弔ったのかもしれなかった。
春の爽やかな風が桜を揺らす。白い花弁が揺れるのを見ながら、私は、翌日には襲い来るであろう猛烈な筋肉痛にぼんやりと想いを馳せていた。
◆了
誰が為の埋葬儀礼 上山流季 @kamiyama_4S
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