最終話 それから

 家に戻ってからもう半年ほどになる。


 私の部屋には、王子との一戦を再現した盤上遊戯が置かれたままだ。叶わぬ恋は悲しいものだと思っていたが、実際はこんなにも甘やかなものだったなんて。


 王子の話は、父や兄からたまに聞けた。変わらず堅物らしいが、表情は少々柔らかくなったとか。何も知らない二人がそう言うのなら、そうなのだろう。本当に良かった。


 今日も私は、一人で二人分の駒を動かす。一日目はここまで。私が盤上遊戯ができるようになったときの話をした。二日目はこう。王子の表情について語った。三日目は——限られた思い出を何度も繰り返し再現しているだけなのに、こうも幸せなのは不思議だ。


「リアネ」


 ノックもされずに開かれた扉に驚く。父だ。こんなことは初めてだったから、何か大事だろう。ならば仕方ない。至福の時間を邪魔されたことについては許してあげよう。


「どうされましたか? 父上」


「お手紙だ」


「手紙? どなたから?」


「それが」


 父は手元にある封蝋付きの封筒を何度も検める。一体なんだというのだろう。


「ルベリゼ殿下から……」


 私が椅子から滑り落ちるほどに驚いたのは、言うまでもない。


『君に勝つために盤上遊戯の腕を上げた。ぜひ王城に足を運んでほしい』


 震える手で便箋を取り出すと、手本のように整った字でそんなことが書いてあった。


「殿下は何と?」


「私と盤上遊戯がしたいと」


「は?」


 何も分からない様子の父がおかしい。これだけ伝えるために、封蝋までした手紙を作る王子がおかしい。そして、負けるために——王子の前で冷静に駒を動かせる自信がない——うきうきと王城に向かうつもりの私もまた、おかしい。


「父上、王城に向かいます」


 すぐさま用意された馬車に乗り込みながら、私は対面したときの王子の顔を想像する。今度はもっと笑ってくれるかしら。そうだといい。




 そう思っていたのに、いざ対面したら、私はまともに王子の顔を見られなかった。笑顔も練習していたらしい王子に、そのときのことをその後ずっと言われ続けることになるのを、私はまだ知らない。

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