ずっと一緒

「……ふぅ」


 結婚式とはどういうものか、それを想像したことはなかった。

 リトに対してお祝いをしたものの、結局はそれだけで自分がこんな立場になるとは想定しておらず本当に何も考えていなかったのだと実感させられた。


「緊張しておるのか?」

「……はい」


 隣に立つリヒター様に俺は頷いた。

 ついにやってきた結婚式当日ということで、少数ではあるが俺の知り合いがみんな今回のために駆け付けてくれた。

 おっちゃんやリト、他の調竜師たちもガチガチになっている俺を苦笑するように見つめており、みっともないなと思いつつもこの緊張は仕方ないだろうと開き直る。


「余にとってもマリアンナにとっても、そなたらは決して家族というわけではないのだが……ふむ、やはりこういうめでたい日というのは良いものだ」

「あはは……そう言っていただけると嬉しいです」


 今日の結婚式のために色んなものをリヒター様たちは用意してくれた。

 中にはルナが顎で使うような場面も見てしまったような気がするが、それでもマリアンナ様は笑っていたし、リヒター様に関しても凄く楽しそうだった。

 そうして迎えた今日という日、俺は初めてルナの花嫁姿を見るわけだ。


「……………」


 ついつい生唾を飲んだ。

 ここに居るみんなリヒター様たちを除くとリトとおっちゃんはルナを見ているが、花嫁衣装に関しては俺も全く見てはいない……まるで、小さな子供がはしゃぐかのように俺も落ち着きがなかったが、その時はついに訪れた。


「……あ」


 マリアンナ様に手を引かれるように真っ白なドレスを着たルナが現れた。

 ベールを被っているのでその表情は見えないまでも、彼女から放たれる神聖な雰囲気は全く隠すことが出来ておらず、俺は既に彼女に惚れて仕方ないほどと思っていたがそうではなかった……俺は更に彼女の姿に釘付けになっていた。

 マリアンナ様の手から離れた彼女は真っ直ぐに俺の元に歩き、近くに来てようやくその化粧された表情を見ることが出来た。


「……あ」

「ふふっ、見惚れてるわね私に」


 そんなの当たり前だろと言えないくらいに俺は言葉を失っていた。

 普段の彼女が美人だというのは当たり前だけど、今日の彼女は更に違う印象を与える美人へと変貌していた。

 ただ……俺としてはやっぱり、普段の彼女の方が見慣れているのでそっちの方が良いとも思ってしまったが。


「それでは始めるとしよう。新たな家族の幕開けをな」


 そうして、俺とルナは正式に夫婦となった。

 もちろん彼女がドラゴンであることは伝えられずに、王家に縁があるとして紹介されたが……まあ、この場に俺たちのことを怪しむような人間は居ない。

 みんなが信頼できる人であると同時に、俺のことを信じてくれる人たちだからだ。


「ゼノ、幸せに……もうなってるけれど、もっと幸せになりましょう」

「あぁ。もちろんだ!」


 これは俺たちにとっての新たな旅立ち、それこそ数十年……いや、数百年に渡って彼女と一緒に居ることになるのだろう予想があった。


▽▼


 そして、ルナと結婚式を挙げて夫婦になったわけだが色々と変化した。

 まず分かりやすい変化としては住む場所が変わったことと、少しばかり賑やかになったということだ。


「……やれやれ、まさかこうなるとはな」


 俺が見つめる先では、大きな庭でのんびりと過ごす二体の黒いドラゴンが居る。

 今俺たちが居る場所が新たな住居ということになっており、リヒター様たちが用意してくれた屋敷だった。

 王都から幾ばくか離れた位置にある森の中に建てられた新たな家……そう、近くにはあの泉がある場所だ。


「あの子たち、随分とのんびりしているのね」

「まあな。でもドラゴンの世界じゃないのにあそこまでのんびりしているのは個々の空気が良いからだろうな」


 レーナとキーアを見つめる俺の背後からルナが抱き着いてきた。

 この屋敷に住んでいるのは俺とルナはもちろん、ルナが以前に言ったように俺を守るためにレーナとキーアが一緒に過ごしている。

 彼女たちにとってルナのように人化は難しいとされているのに、あれから何度も何度も周りに人の目がないのを良いことに二人で頑張っている姿は微笑ましい。


「今日は城の方に行くのか?」

「そうね。少しリヒターやマリアンナと話したいこともあるから」


 ちなみに、こっちに移動したからといって王都に顔を出さないわけではなく、俺はルナに続く形でしょっちゅう城に顔を出していた。

 まあ今となってはルナの調竜師というよりはレーナとキーアの調竜師に戻ったような感じではあるものの、四六時中ルナも人間体で居られるわけではないのでドラゴン体に戻ればいつものように彼女の世話もしている。


「最近、良く思うことがあるわ」

「なにを?」

「私がこうして人間のように過ごす日が来るなんてってね。それに結婚式を行ったことにしても」

「……それはまあ俺もだな」

「もしかしたら……あなたは調竜師として私以外の女と結婚していたかもしれない未来もあった。うん、そうならなくて良かったわ本当に」

「……………」


 良かったと、そう言った時のルナの声はあまりにも冷たかった。

 確かにルナが人になれなかったとしたら……ルーナのままでしか会わなかったとしたら、もしかしたらそんな未来もあったかもしれない。

 俺はドラゴンのルナも愛しているけど、そこには確かに人間のルナとして過ごした日々も大きく関わっている。


「……まあでも、意外と押し切られたらルナに落されてただろうな」

「あら、そんなに試しにドラゴンの体でしたのが良かった?」

「……………」


 実は少しお酒の入ったルナが提案したのだ――最初からドラゴンでどうかと。

 ドラゴン体になれば俺よりも彼女は体が大きくなり、そんな強靭な彼女に抱えられるようにして最後までしてしまった。

 大きな体に反して……なんだ、大変締まりは良かったので凄まじかった。

 その気になれば人にならずとも多くのことを与えてくれるんだと分かった今、俺はもうルナが人にならなかったとしても逃げられない気にさせられたのだ。


「ゼノ、私はあなたに出会って変わったわ。人を愛すること、人と過ごすこと、人と生きることのなんと素晴らしいことか……本当に幸せだわ」

「あはは、それを言うなら俺もだよ。俺もルナと出会ってから多くのことを知ったし色んなことを経験した」


 俺の人生は間違いなく、ルナのおかげで彩られたと言っても過言ではない。

 ルナが居てくれたから……俺はこんなにも幸せになることが出来て、大切な彼女と知り合い結婚することが出来たのだ。


「これからもずっと一緒よ?」

「分かってる。ずっと一緒だ」


 俺たちはもうずっと離れることはない。

 ルナは俺と違って長い時を生きるが、既に俺の体は彼女と多くの部分で繋がっており、特殊な魔法を施すことで俺の終わりが来た時に彼女もまたその生を終える。


『あなたと片時も離れたくないもの、あなたが居ない世界に生きていても私には何もないわ。だからあなたにどこまでも着いていくの』


 それは彼女の決意のような言葉だった。

 俺は思うことはあったけれど……その時のためにレーナとキーアを筆頭にルナは色々と指導をしているので、彼女の決意はもう揺らぐことはないのだと理解した。


(ドラゴンとの結婚……他の人からしたら人間同士の結婚だけど、俺や一部の人は知っている――俺の嫁さんは誇り高きドラゴンだ)


 普通の人とは違う人生になったけど、俺は心から感謝している。

 ありがとうルナ。俺と出会ってくれて……俺を好きになってくれて、本当にありがとう。

 さて、これからは今までに比べて遥かに長い日々が幕を開ける。

 どんなことがあってもルナが傍に居てくれるなら大丈夫だと、俺は輝かんばかりの笑顔を向けてくれる彼女を見てそう思うのだった。


 そこからはまあ、語るほどのものでもない。

 やるべきことをやればルナの中に新しい命が宿り、どういう風に生まれてしまうのかとリヒター様たちと悩み抜いたり、いざ生まれたその子は人間体でありながらドラゴンの翼と角が生えていたりして更に頭を悩ませたり……そんな日々はまあ、語るほどのものでもなく、絶えず笑顔が溢れていたことだけは確かだ。





【あとがき】


ということで、キリの良いところで今作はこれにて完結です。


個人的に異世界ファンタジーに関しては慣れない部分も多く、まずは一区切りではありますが終わることが出来たことを嬉しく思います。


実は最近、作品のことで色々と悩みながら書いてましたけど、とにかく完結できたことを素直に喜びたいと思います!


それではみなさま、ひと月と少しですが読んでくださりありがとうございました!

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騎士になれなかったけど、何故かドラゴンに愛されまくってる件 みょん @tsukasa1992

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