夢色の風船

高黄森哉

にわか雹


「今日は、寒いよね」

「寒いね。今井さん」


 二人は歩く。制服は冬の空気に馴染む、落ち着いた色彩をしている。電柱と電柱へ延びる斜めのロープ、国道を走る自動車の排気ガス、左にそびえる斜めの擁壁も、冬のためにあつらえたかのようだ。


「マイナス十度だって」


 国道の電光掲示板は、マイナス十を表示しており、その光るオレンジの文字は、空気へと滲んでいる。吐く息は確かに白く、顔にかかる前に消える。


「凍っちゃいそうだね」


 二人の後ろでパリン、と子気味良い、割れる響きがした。それは、本物の硝子のような、重く鈍い質のはじけではなく、嘘のように優しく爽快な崩壊だった。

 二人は破片に近寄る。二人の内、背の低いおさげの方は、砕けた破片の一つを人差し指と親指でつまみとる。それは極彩色の薄氷だった。繊細で、体温で、触った端から消えてしまう。


「綺麗」

「舐めてよ」

「危ないかも」

「じゃあ、私に舐めさせて」


 それは想像に反して苦く、少女は顔をしかめた。例えるなら洗剤の味がした。二人の内、欠片を舐めた短髪の方はその感想を率直に伝えた。


「苦い。洗剤みたい。うええ、ってかんじ」

「シャボン玉かしら」

「あ、そうだ。それだ」



 シャボン玉は一つではなかった。


 次から次へ降り注いだ。あちこちで、雨あられに、ガラス細工が割れた。地面が、針状の水晶みたいに毛羽立ったくらいだ。そのほかに銀のさんざめきも、耳に届いた。シャボンがひび割れるとき、叫び、亀裂で濁り、透明は銀色となった。


「誰かが吹いて、ここまで飛んできて、凍ったのかしら。シャボン玉って、こんなに飛ぶんだね」

「そういえば、飛ばしたシャボン玉の行方なんて、気にしたことなかったよ」

「ね」


 一体どれだけの、私達の口から離れた虹色の球が、夢のようにとんでは凍り、誰かの前で弾けたのだろう。一体どれだけの人間が、そのひんやりとした破片を、わくわくと拾い、苦い思いをしたのだろう。そんなこと、知りたくない。

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夢色の風船 高黄森哉 @kamikawa2001

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