第7話

 蝉の鳴き声が止んで、今まで蝉が鳴いていたことに気付いた。

 昔から変わらないな、と私はスーパーの袋をぶら下げながら苦笑する。いつだって失くしてはじめてその存在の大きさに気付く。

 扉を開けると、噎せ返るような熱気が部屋の中から襲い掛かってきた。玄関を開けるたびにうちの社宅の狭さを実感する。

 ただいま、と日当たりの悪い部屋に上がり、買ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。

「あ」

 冷蔵庫の一番上の棚にプラスチックのパックがあった。

 この間実家から送られてきたシャインマスカットだ。シャインマスカットってどのくらい保つんだっけ。

 パックを取り出して眺めるが、賞味期限の記載はない。まあでも生ものだし長期保存はできなさそうだ。

「仕方ない」

 透明なパックからシャインマスカットを取り出して水道水ですすぐ。こうして触れるのも久しぶりだ。

 水滴を拭き取ってから皿に乗せ、リビングへと運んだ。

 ワンルームの扉を開けると、正面にはベランダへ続く大きな窓がある。そこには雲がまばらに浮かぶ真っ青な夏空が切り取られていた。

「――――」

 私は部屋に一歩入ったところで立ち尽くしてしまう。家具や内装はまるで違うのに、誰もいない部屋はあの日の続きに思えた。

 立ったまま、艶やかな表面のシャインマスカットを一粒もぎる。

 その涙の形をした果実を丸ごと口に放り込み、何度か咀嚼すると甘い果汁が溢れて口いっぱいに拡がった。

「……なんだ」

 夏に閉じ込められたような薄暗い部屋に自分の言葉が響いた。窓の外では蝉の声とともにゆっくりと雲が流れていく。

 今日も私以外の誰一人として、彼に目を向ける者はいない。

「やっぱりそこまで美味しくないじゃん」

 晴天を映す瞳から、いくつかの滴が静かに落ちる。

 それは手元の黄緑色の果実に当たって弾けて。

 きらり、と光を孕んで瞬いた。



(了)

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シャイン・マスカット・シャイン 池田春哉 @ikedaharukana

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