第一話 理解と納得は別問題



夏季休暇も終わり、しかし暑さがまだ少し残る日。

アールスタッド王立魔導学院は始業日を迎えた。



しかし、ここ2ーBでは異様な空気が流れているように見える。

一限の時間になっても、席が“2つ”空席なのだ。

片方は恐らくエイナス王女殿下。

今まで一度も遅刻などなかったのだから信じ難いが、事実殿下の席が空いている。

そしてもう一つ。



一番後ろに席が



それが誰の席かも分からぬまま一限の『魔導式概論』が始まった。

瞬間、ドアが開く。



「申し訳ありません。ルーネイ先生。遅刻してしまいました。」



現れたのは王女殿下。と、もう一人。

そのもう一人も『魔導式概論』の講師“ルーネイ=トリステラ”先生に深々と謝罪の礼をしていた。



「いや、どうせそこの彼女ののせいだろう?大学院時代よく介抱したのを覚えている。酒癖が悪いからな、アイツは。プラム。自己紹介を、王女殿下は席に着いてください。」



「分かりました。」



「では、お先に。」



王女殿下が席に着き、プラム、と呼ばれた少女が壇上に立った。



「初めまして、プラムです。適性属性は水、土、闇です。何故か王女殿下の護衛に推薦されました。よろしくお願いします。」



自己紹介が終わり凍る空気。

今の紹介の中にあった“爆弾”は2つ。



1つ、“姓なし”であること

2つ、学生の身分で、王女殿下の護衛をしているということ。



それぞれ1つだけなら何ら問題は無い。

だが、今はどんな魔導薬品よりも混ぜるな危険危険物だ。



「はっ!姓なしが殿下の護衛?実力に疑義ありだな!おい姓なしのお前、お前如きの実力で殿下を守れるのか?どうなんだ。」



件の編入生が一瞬固まったところで、ルーネイ先生が口添えをした。



「プラムは“学会推薦”でこのクラスに来た。実力に関しては疑うべくもない。」



その言葉にクラスはざわめきに包まれた。



『学会推薦』

平たく言えば入学、編入に際しての推薦の一形態だが、他とは重みが違う。

世界中から魔導士が集まり五年に一度開かれる『総奏学会グランドオール』の議長、及び査読委員3人以上からの推薦によって全ての試験が免除される仕組みだからだ。



彼らは求道者HENTAIであるが故に金でもコネでも動かない。



魔導士ならば誰もが一度は憧れたステータスだ。

それを手に入れるほどの実力者が、目の前にいる。

皆が息を呑んだ。



そこで、一人の生徒が声を上げた。

先程編入生…プラムの実力を疑問視した男子生徒、アルス=クルーガーだ。



「おい貴様、プラムと言ったな。」



「はい。なんでしょうか。」



「我が家は代々王家の護衛を排出してきた。我が家の威信にかけて“姓なし”が護衛とは認め難い。」



そう言って、アルスは右の手袋を取り、それをプラムに投げつけた。



“決闘を申し込む”という合図だ。



「エイナス王女殿下の護衛に足ると、その力を証明しろ。さすれば俺もお前を悪くは言うまい。謝礼も払おう。元々八つ当たりな上、無礼を働いたのはこちらなのだからな。しかし、力不足であるならば…」


「その席、私が譲り受けても文句は言うまいな?」



「…分かりました。お受けします。こちらも嘗められたままでは終われない。ルーネイ…先生。立会人をお願いしても?」



「はぁ…わかった。私が立会人をしよう。それにしてもお前は師匠に似て面倒事ばかり持ち込むな…」



「貴女の口添えがなければ今私はここには居ませんよ。」



「それもそうか。では演習場にて待つ。見学したい者がいれば付いてこい。」



ルーネイ先生とプラムが軽口を叩き合う場面に一瞬呆けたもののすぐに件の人物の元に向かった。







はぁぁぁぁぁぁー!

決闘!?初日は質問攻めに会うだけって言ってた師匠が少し恨めしい…そういやあの時酔っ払ってたな、あのヒト。



殿下の後ろで腰巾着しようとしてたら、自己紹介を要求されるし…護衛は影に潜むって師匠が貸してくれた本にもあったのに…



それはともかく思いの丈を正直に述べた結果がこれかぁ…

姓なしから叙勲まで駆け上がった師匠が如何に人外かがよくわかるってもんよ…



「殿下、お久しぶりです。」



「アイリス、久しぶりですね。」



おっと仕事に戻らねば…

名前とクラス名簿を照合すると…エーデルハッセ公爵家の長女、アイリス様かな?いや、かなり位の高い人に遭遇してしまった…

しかもこっちをチラチラ見てるし、怖いよ!ホントに!




「初めまして、プラムさん。」



「初めまして、アイリス様。」



「私を“アイリスさん”とは呼んでいただけないのですか…?」



表情筋が凍る。

何を言っているのだろうか…

さっきもチラチラ見られてたし…



「そ、それはまた別の機会に…!それでは!殿下、行って参ります。」



不敬罪とか冗談じゃないって!

校則に“王族以外の生徒は平等”とあってもどうせ建前だし、怖いもんは怖いのですが!割と本気で!



私はそうして逃げ出そうとするも、アイリス様が殿下と一緒に向かうと言うので、必然的に護衛である私も一緒に…



あぁ…胃が痛いなぁ…





ところ変わって演習場に到着。

私と件の男子生徒――生徒名簿と“我が家は代々王家の護衛を排出してきた”という発言から鑑みてクルーガー家次男。アルス様だと思われる――は向かい合っていた。

特に座る席もない草原のため、殿下やアイリス…さんも立ってご覧になるようだ。



予想外ではあったが、任じられた殿下の護衛。私の目指す栄達には欠かせない要素だ。

ここで降ろされる訳には、いかない。



「それでは…始め!」



まぁ…私、魔導士との戦いで勝ったことないんですけどね!

(537戦0勝532敗5分)







私は合図の直後小手調べに中級魔導『水槍すいそう』を放つつもりで、しかし魔導ソレは形を成さなかった。



遅延せよチャージ:三底スリー



初めて耳にする詠唱に警戒を示すと想定を越える速さで闇を纏った上段蹴りが私の頭を襲った。



今の魔導…『闇纏あんてん』のようだが、その場合詠唱は形成せよシェイプではないのか?



そこで考えを打ち切る。



『水槍』の式を変更。『水盾すいじゅん』を展開し、後退した。

直後、『水盾』は破られ鋭い追撃が私を襲った。



すかさず地面に設置した条件式遅延魔導を起動。向こうからすれば突如現れたはずの『水槍』を見て、最低限の動きで後退する相手プラム



「速い…ですね。傲慢な物言いですが、対応されるとは思ってなかった。」



その言葉を聞いても、心はざわめかない。

当然だ。こちらは常在戦場を幼い頃から叩き込まれている。この程度で動揺はしない。



しかし、コイツは“姓なし”であるために幼少の頃は少なくとも戦いに関わっていなかったはず…だというのに微塵も油断も隙もない。まるで凪だ…



「それは皮肉か?偶然にも全く同じ事を思っていたぞ。それで?まさかこれだけな訳があるまい。」



“学会推薦”で魔導学院に編入した人間がフィジカル一辺倒な訳が無い。何か仕掛けがある。

そう考えつつ『水槍』を多重展開する。



「そうですね。では…望み通りお見せしましょう。簡単に倒れないで下さいよ?」



「ぬかせ!」


二十を越える『水槍』を最大速度で射出した。

今度こそ捉えた、はずだった。



「『遅延解除ディスチャージ』。」



瞬間、凄まじい風が吹き荒れる。

それに巻き込まれた『水槍』が尽く破裂した。



そして、背後から私の首筋に添えられた手刀。

闇の魔導を使われたら即死の距離だ。これは…



「……私の負けだ。降参しよう。」



視認もできない速度で背後に回られた。

完敗だった。これが学会推薦の狭き門を通り抜けた猛者の力か…先程の物言いはかなり無礼だったようだ。



滑稽だな。と自嘲する。

“名”を重視し過ぎた結果“実”に目が行っていなかったわけだ。



私は、空を見上げてから件の編入生…プラムの元へ向かった。







あ…あっぶなぁぁぁ!

三底スリーにしておいて良かった…二底ツーだったら反応しきれなかった。それ程の魔導だった。

やっぱり身体も重くなってたし…

まだしも威力の低い方な中級魔導でもゴリ押しされればそれは脅威だ。

師匠の初級魔導六十連射で目が慣れていなければ間違いなく途中で縫い止められてそのまま袋叩きルート直行だった。



昔読んだ魔導教本には“中級魔導に対処するために初級魔導の雨を避けろ”などとは書いてなかったのだがこうなると、あのヒトはこの事態も想定済みだったのかもしれない。



するとアルス様がこちらへやってきた。



「プラム殿、申し訳なかった。先程の言動、態度をここで謝罪させて欲しい。」



驚いた。まさか本当に謝罪するとは。

決闘前の彼は自分が強いという自負が過剰に見て取れた。



しかし、今の謙虚な姿が素なのかもしれない。

とは言え頭を下げさせたままなのも外聞が悪い気がする。



「頭を上げて下さい。謝罪は受け取りました。しかし、決闘の成績=護衛としての実力ではない、とも思いました。最後の『水槍』は、見せ札でしょう?護衛としてなら条件式魔導や式の組み換えの方が重視されると思います。」



アルス様は気まずそうな顔をした。



「そこまで見抜かれてしまったか…では、私に何を望む?」



「今は何も…ただ“貸し一つ”。でお願いします。」



「中々惨い事をするな、貴様。」



まぁ、貴族としてのメンツに配慮しない回答だとは思うけど…恩義で縛るっていうのは古今東西で有用な手段だーって師匠も言ってたし。



「そこまで悪辣でもないと思いますけどね。」



「いいだろう。“貸し一つ”だな?」



私は静かに頷いた。



「元より敗者に口を開く権利などないのだからな。その条件を受けよう。」



こうして、編入早々始まった決闘は、私の勝利で幕を下ろした。

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金と銀のクロスレンジ〜村娘は魔女の道をなぞるものとする〜 檜山俊英 @Rerise

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