金と銀のクロスレンジ〜村娘は魔女の道をなぞるものとする〜
檜山俊英
Prologue 今ならばわたしは
夏も終わりに近づき、太陽が顔を出すのを面倒くさがる時期が始まった。
私は今、馬車に乗っている。
故郷の村を出て、アールスタッド王国の王都へ向かうためだ。
しかし数年前までただの村娘だった私が荷車を独占している訳では無い。ちゃんと同乗者もいる。
一人は御者台に座る顔なじみの商人、そしてもう一人は…
「久しぶりに見たなぁ…あの外壁。」
と呟き、私の方へ視線を向けた。
白い石材で作ったって聞いたけど、そんなに白が好きなのかな?
と私に話題を振ってきた赫眼白髪の女性。
いつもの事に苦笑しつつも、
「どうなんでしょう?案外黒が好きだったり。」
とテキトーに返す。
ただ、まぁ、こうやってくだらない話をするのも恐らく私を気遣ってのこと。
実際、王都が見えてから話しかけられるまで私は氷像のように動けなくなってしまった。
それを見かねたのだろう。
本当に、ありがたい。
そう思っていると、馬車が衛兵に呼び止められ、馬車の積荷を確認された。
そして、問題なしと判断されそのまま王都に入る。
貴族街に向かう道すがら王都を囲む白い外壁を眺める。この壁は建国当時からあるそうだ。有事の際には戦略結界の起点となるよう設計されているそうなのだが、景観がなんとか〜ということで半端な高さに収まっている。
王城に向けて戦略魔術撃たれたら一巻の終わりではないだろうか…?
そしてこの外壁は北のアッシャー聖教国、通称“聖国”に対抗するための防壁なのだが、攻めてきたとしても聖国の軍勢は北部公爵領の都市ケーニヒで足止めを食らって一度としてこの王都へやってきたことは無い。
それ故に王都に住む人々は呑気な生活を送れているし、国も豊かだ。
なんて事を思っていると、屋敷の前に着いた。
私は先導されるままに馬車を降り、商人が去っていくのを見送って、大扉の前に立った。
自分は場違いではないかと、少し、震える。
「開けていいんだ。プラム。君はその資格を自らの手で勝ち取った。」
その凛とした声に、かつては背筋が伸びきって萎縮してばかりだった。
でも、その声はいつも私に道を示してくれていた。
それがわかった今は…
「では、遠慮なく。」
私は大扉を開けた。
「お帰りなさいませ、ノエル様。そして初めまして、プラム様。ロータス家、家宰のマクリドでございます。」
大扉が開いた先にいたのは、執事服を身に纏った初老の男性。
「初めまして。“今は”ただのプラムです。」
「ほぅ…“今は”にございますか。」
流石、ロータス家ただ一人の使用人。
私の言わんとすることを正確に理解したらしい。
私はこの国の最低身分である“姓無し”。
明確な差別は少ないが、やはり不都合はある。
そして…
「言うようになったね。プラム。その意気だ。」
白磁のような手が私の頭を撫でる。
私に光を与えてくれたこの人こそ、建国以来初めて姓無しの身分で叙勲を受け貴族になった第四階位の魔導士“銀灰の魔女”ノエル。
ロータスという姓を与えられノエル=ロータスとなった。私が3歳の頃、13年ほど前の話だ。
その功績はこの世界の歴史において、唯一“新たな魔導属性”という概念を個人で提唱したという偉業。
そして、私に全てを与えてくれた魔導の道における師匠でもある。
「さて、準備しようか。学院の初登校は明後日なんだろう?マクリド、手伝って。」
「仰せのままに。」
私は師匠とマクリドさんに付いていった。
少し歩いて着いた部屋には、アールスタッド王国王立魔導学院の制服があった。
白と紺を基調としていて、左肩にかかる布は2年次である事を証明する深い赤に染まっている。
「これが、私の制服…」
「着てみな。今の内に慣れないと学院であたふたしてしまうからね。私個人としてはそんなプラムも見てみたいけど。」
「師匠!?」
制服に少しうっとりしていたところに爆弾を放り込まれ、あたふたしてしまう私。
師匠はそれを見て笑っている。
かつて師匠も学院の生徒だったこともあり、着替えを手伝ってもらった。一通り手順はわかったと思う。次は一人でもできる筈だ。
すると部屋の外に出ていたマクリドさんがノックして入ってきた。
「ノエル様。王城から使者殿が。陛下がノエル様に登城を命じられたとの事です。」
「ありゃ、バレないよう入ってきたと思ったんだけどなぁ…」
「それは些か無理があるかと。魔導に革命を起こし
「だよねぇ…わかった行ってくるよ。プラム、行ってきま〜す。」
となんとも軽い調子で師匠は歩いていった。
マクリドさんはその後ろにつき、馬車の用意などを通信魔導でテキパキと済ませていく。
それにしても、登城か…
名誉なのだろうが、平民の私にはよく分からない。貴族とは厄介なのだな…とぼんやりしているとマクリドさんが戻ってきた。
そこそこ長い時間呆けていたらしい。
折角だし聞いてみようか。
「師匠は何故登城するよう命令されたのですか?」
「王都に到着した貴族は一度は登城するしきたりなのです。しかし、ノエル様はそれを散々すっぽかしてきたため確実に捕まるタイミングで陛下も命令をなさったのでしょう。」
「なるほど…」
やはり師匠はどこでも破天荒な人のようだ。
まさか一国の王まで振り回しているとは…
そういう意味ではマクリドさんも振り回される側か。
というより、申し訳ない事をした。
「すみません。5年も貴方の主を束縛するような真似をしてしまって。」
「いいえ、私はあの方に仕える事が残り短い時間で叶えたい望みなのです。あの方が本当にやりたいと思った事を私はお支えします。そして…あの方の目に狂いはなかった。」
「それは…どういう…」
老執事は静かに告げる。
「貴女ですよ、プラム様。正直、あのお方が“自分を凌駕する才能”と言っても私は半信半疑でした。しかし、今日貴女を見て確信したのです。貴女はいつか我が主と同等以上の力を持つ。」
「…!」
師匠にだって、ここまで絶賛されたことはない。
というより、師匠は私が師匠を越えると思っているのか…?“銀灰の魔女”を?私が?
「このような老骨の言葉です。信じられないのも無理はありません。ただ、心の隅にでも留めていただければ。」
「はい…」
その日の間、私はマクリドさんの言葉について、延々と考えていた。
翌日、帰ってきた師匠に王都を見て回るよう言われた。
師匠は二日酔いで来れないらしい。
なんでも、昔馴染みの友人と酒場で一晩中酒を飲んでいたのだとか。
「無二の友と飲む酒ってのは格別に美味いもんさ。」
と言っていた師匠に私は苦笑いを返すしか無かった。
成人していない私はまだ酒を飲めないのだ。
第一、友達がいない。…言ってて悲しくなってくるが事実なのだ。
小一時間程着せ替え人形の気分を体感してから、師匠のお墨付きを貰った服で街に繰り出すことになった。
“姓無し”がいると騒がれるので貴族街は早々に出て平民街を見て回る事にした。
辺鄙な村に住んでいた身からすれば平民街を歩くことにも少し恐れ多い気持ちがあるが…
師匠は言っていた。“心で負けている間、勝負に勝つことなど出来ない。勝つためには勝つ確信が必要である”と。
であれば、ここで縮こまったままでは何もできやしない…!
そして私は辺りを見回してカフェを発見。流れるように着席、紅茶を注文した。
今にして思えば、初めて歩く王都に緊張がぶり返して来たのだろうと思う。
そして私は少ししてやってきた紅茶を飲んだ。
…美味しい。
師匠は基本“飲めればなんでもいい”という考え方だから飲む物の美味しさに特に何も言わない。
私もそれに従って飲み物の味など殆ど気にした事がなかった。
だが、この紅茶はとても美味しいのだ。
師匠にもこの味を体感してもらいたい、と思ったがその師匠は今この場にはいない。いつか来てもらいたい、と思っていると、揺れる薄い蒼の髪が視界の端を通った。
「相席よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ。」
噛まずに応答できた私を褒めて頂きたい。本当に。
なんせ、身につけている調度品が明らかに平民のものじゃない。私でもわかったので、注文を聞きに来た店員が縮こまるのも無理は無いだろう。
薄い空色髪に蒼眼、この国の“王族”の特徴を示し、目に理知的な光を宿した、恐らく同年代の少女。
そんな人物は私が知る限り一人。
この国の第二王女“エイナス=フォン=アールスタッド”様。
“姓無し”の私からすれば、雲の上の存在だ。
「この店に目をつけるとは…中々良い目をお持ちですね。」
「いえいえ、偶然ですよ。」
え、美味しいとは思ってたけど、この店ってそんな名店なの…?
という困惑をよそに会話は続く。
「
「…!はい。魔導は師より手ほどきを受けましたが、それ以外の事はからっきしでして…」
うん、本当に。師匠と出会ってから去年の初めまでの4年間魔導以外に勉強を殆どしていない。
実際、師匠は私を学院に入れるつもりもなかったらしいのだが、学院で講師をしている友人にその方針を話したところ、激怒され、助けを求めた先でも尽く突っぱねられたため渋々私を学院に入学させようと思ったらしい。
結果として、一年間と半年の詰め込み教育を受けた私は学院の編入基準を突破らしい。(編入基準を知らされずガムシャラに勉強させられた地獄の時間だった)晴れて編入できる事になったのだった。
本当に、地獄のような日々だった。
という事を色々とボカして言った。
いや、だって師匠の失態を好き好んで広めたい訳では無いし…
「なるほど…確かにあの方なら…」
と少し考えを巡らされているエイナス王女を見て疑問に思う。
王女殿下がたまたま平民街まで来た?
そしてたまたま私と相席している…?
ない。ないな。常識的に考えて。
ならば誰の作為か…うん、師匠だな。
間違いない。
王女殿下と接点がある。
というのは確かに利点だけど、せめて事前に伝えて欲しかった。
というのも、今心臓バクバクでヤバいんですよ!
相手は王女殿下!DE✩N✩KA!
雲の上の存在と面と向かって会話して平然としていられる平民がいてたまるかぁ!
「あぁ…すみません。少し考えすぎてしまいました。」
「いえ、それは大事無いのですが…何故平民街まで?あと護衛の方々が見当たりませんが…」
すると王女殿下の微笑みが深まる。
「それは、貴女が今日から
その言葉は、青天の霹靂で…
「………謹んで……お受けいたします。」
表情をなんとか保ちつつ、心の中で天を仰いだ。
なんて日だ。と。
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