【短編】黒い塔
竹輪剛志
本編
―――未開域を探検していると、一枚の手帳が落ちていた。
この手帳を見ているということは、おそらく私はもう死んでいるだろう。だが安心して欲しい。この手帳は、遺書でも何でもない。ただ、私の見て実感したことを書き連ねた……いわば、日記のような物である。
――新歴863年、十二月三日 エドワード・クリスト
ページをめくる。
十一月十日。今日から日記をつけよう。知識を形にするんだ。そうして後世に伝えていく。これが、『冒険者』としての使命だと僕は思う。
『冒険者』は世界中の未開域を探検する職業だ。そして、かくいう私も冒険者の一人なのだ。
一つ気付いたことは、始まりの文言は殴り書きした雑な文字であったのに対して、本文からは綺麗な文字になっている。
僕たちが探検するのは、未開の大陸。『旧時代の地図』に載っている『古代語』で表すなら『North America continent』という場所らしい。『アメリカ』の名が冠されていること以外意味は分からない。
その昔、『アメリカ』と『ロシア』という二つの神々が戦争をして、一度文明が滅びたというのは有名な説である。『古代語』とは旧時代に使用されていた言語であり、
『旧時代の地図』はとある地下遺跡から発見された、非常に精密な地図である。
これの他にも遺跡からは旧時代の遺産が沢山あり、旧時代は現代よりも高い技術を保有していたというのもまた、有名な説である。
帆船に揺られて早数日。我々は遂に未知の大陸への上陸に成功した。周りを見れば、雄大な自然が広がっている。今回の目的は、未知の遺跡を発見することだ。
ジェシーとコールという二人の仲間と共に、我々は一歩を踏み出した。
ページをめくる。
十一月十一日。旧時代の地図の複製品いわく、この場所は『Boston』という場所らしい。大陸の東辺りだ。
周りには一面の平原が広がっており、ちらほらと木々があるくらいだ。
これから西へと向って、探索をしようと思う。
……バチバチと焚火の音がする。炎の明かりで手帳を読むのは辛いので、寝ることにした。既に冒険者仲間は寝てしまっている。
炎を消して、瞼を閉じた―――
◇
「その手帳は何?」
馬車の上には、私とあと二人。地図を埋める為の地理学者と、狩猟を得意とする狩人だ。
新歴864年、人類は新大陸の開拓を開始した。それから三年、西部への進行を開始して、現在869年。
「拾ったんだよ。読む?」
「いいや」
馬車を引いていた狩人は、断ると別の方を向いてしまった。地理学者は熱心に地形をメモしている。
十一月十八日。この大陸は、何も無い。僕らがいた大陸より、明らかに自然が無い。
いはするが、少数だ。何故だろう。しかもそれは西へ行くほど酷くなっている。
顔を上げて、辺りを見渡す。辺りには、まだ鹿などが全然見受けられる。
「何だ、あれ……?」
狩人が指差す場所には、一匹の鹿がいた。……いや、あれは鹿なのか?
それは鹿というにはあまりにも大きすぎた。二倍程だろうか、丸々と太ったというには無理がある。
「少し迂回しよう」
狩人が馬を右に回した――
◇
それから一週間。特に何事もなく移動は進む。ただ、その生態系は異常を極めていた。とにかく、見つけられる生物がどこかおかしい。
その異常は進んでいくごとに深まっていく―――
十一月二十五日。……あれは何だ。真っ黒にそびえたつ塔がある。いや、あれは塔なのだろうか? 入口は無い。ただ、その側面に古代語が刻まれていた。
残念なことに、我々には古代語について明るい者はいない。だから、その形だけでもここに写しておく。
―――Nuclear waste is buried near here. Do not dig here.
「何てことだ……」
地理学者が絶句した。だが私も狩人もピンと来ていない。
「お前、古代語が分かるのか?」
その狩人の言葉に、学者は首を横に振る。
「全部は…… だけど、これだけは分かる」
地理学者が指指したのは…… ―――Nuclear
「これは、アメリカとロシアが戦争をしたときに、互いが召喚した悪魔の名前……」
十一月二十六日。入口が無いので、壁を掘ることにした。だがこの壁、素材は不明だが相当に固い。根気強く掘ることにしよう。
十一月三十日。ついに開通した。中に何があるのか分からないので、一人が代表して入ることになった。梯子が掛かっており、見えないくらいの地下まである。代表者はコールになった。
十一月三十一日。コールが帰ってこない。様子を見に、ジェシーが入っていった。
十二月一日。ジェシー曰く、コールは中で死んでいたらしい。ジェシーは血を吐いた。体調が悪そうだ。倒れるように寝てしまった。
十二月二日。ジェシーも死んだ。怖くて、逃げ出した。血を吐いた。多分、死んでしまうだろう。本能で理解した。せめて、遠くで死んでこの手帳を残そう。
十二月三日。もう、歩けない。最後に一つ。黒い塔に、近づいてはいけない。
最後のページは、もう最初のページと同じような殴り書き。
「嘘でしょ……」
それは、誰の声か。重なっていたから分からない。手帳を見ていた三人の視線は、一つに収束していく。
――――近くには、黒い塔がある。
【短編】黒い塔 竹輪剛志 @YuruYuni
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