裏
世界が燃え尽きる前に
花火、とキミが言う。
そうだね、あの日は本当だったらキミがずっと楽しみにしていた花火大会だったんだから。朝早くから場所取りをして見ようと言っていたね。
なのに、あの日空に咲いたのは禍禍しいまでに赤い炎の華。
それから伸ばされた幾つもの腕は、ビルを薙ぎ払い、街路樹を引き剥がし、人を消し飛ばした。
キリもサチもコウも皆灰になってしまった。
僕らが生きているのはきっととんでもない偶然なんだろうね。
それが幸か不幸かは分からないけれど……。
花火、とキミが言う。
ゴメンね、花火を見せてあげる事が出来なくて。
みんな、みんな燃えてしまったから……。
華が閉じても、産み落とされた炎は消えるどころか勢いを増し、アスファルトを、コンクリートを、樹を人を、そして水さえも飲み込んで、燃え盛り、
みんな燃やし尽くしたんだ。キミが楽しみにしていた花火も、僕たちの未来も何もかも……。
だから、僕はキミに花火を見せてあげる事が出来ない。
本当にゴメンね。
静かだ、本当に静かだね。
聞こえていたはずの炎の爆ぜる音、何かが崩れる音、呻き声、悲鳴、助けを呼ぶ声、何も聞こえない。
まるで、世界に僕たち二人だけが残されてしまったみたいだね。
こんな風になる前は、世界はなんて騒々しいのだろうと思っていたけれど、今はその騒がしさが懐かしいと思うんだ。勝手な事なのかな?
あ、とキミが声をあげた。
夜が明けようとしている空が白く朧に霞んでいた。
何かが落ちてきていた。空を切裂いて落ちてきていた。
キミが体を強張らせる。
僕もあの日を思い出した。
せめてキミだけは、そう思った。
けれど違ったんだ。
綺麗、とキミがうれしげに言う。
本当だ。綺麗だ。花火だね。
咲いたのは、禍禍しい赤じゃなくて、鮮やかな、艶やかな赤。
生まれたのは。
白い星を散らしながら、黄色の鳥が飛んでいく。
ほら、向こうで橙の尾を残して青い星が昇ってく。
あまりに儚くて朝日の中に溶けてしまいそうだね。
でも、幻じゃないよ。音が聞こえるから。
どーん、っていう、花火が咲いたことを教えてくれるあのわくわくする音が聞こえるから。
本当に、本当に花火、綺麗だったね。
……
そっか。
眠ったんだね……。
……
……もう少しキミの顔を見ていたかったけれど、僕ももう眠いや。
目が覚めたら、……目が覚めたらまた一緒に花火を見よう。
約束……だ、よ…………。
花火 此木晶(しょう) @syou2022
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