エピローグ

 人影のないプラットホームで電車を待っていると、線路上に降り積もった雪が一陣の風に舞い上がる。山間から覗く太陽に照らされて煌めいていた。


 腕時計に視線を落とすと、会津若松行き列車の時刻は五分後に迫っている。自分の選択は間違っていない――そう、これで良かったんだ。自分に言い聞かせて白い息を吐いた。


 上海マフィアと関克洋の壮絶な死は、世間にも警察にも相当な衝撃を与えることとなった。事件の詳細こそ報じられなかったが、件のクラブと工場跡地には規制線が敷かれ、連日マスコミが大量に押しかけワイドショーを賑わしている。 


 日本を二分する大竹組の組織力が、今後弱体化することは目に見えている。時同じくして床に伏せていた佐々川鉄心が亡くなり、新たに組長に抜擢された人間は今頃関が隠してきた犯罪の火消しに躍起になっていることだろう。


 上海マフィアが根深く絡んだ事件に、警察が本腰を入れて捜査に当たるとは思えない。警視庁の上層部も臭いものに蓋をして、早々に事件の幕引きを図るだろう。いずれにしろ、関の野望はこれで潰えたこととなる。そう、全てようやく終わった。


 瑠奈が通っている大学が春休み期間だったこともあり、円堂と相談して実家で養生させることを決めて奥会津へと連れ帰ったのが先日の話。

 

 ――俺の仕事は全て終わった。これでいいよな、美久。


 不幸を招く自分が、瑠奈の側にいては第二、第三の宝来、関が現れてもおかしくはない。だから、日本とは遠く離れた異国の地へ飛び立とうと決めていた。


 謝っても謝りきれない罪を犯した自分は、別れの挨拶をする資格もない。春の訪れとともに去る冬のように、気がついたら姿を消している――そんな別れがお似合いだと自嘲気味に笑っていると、プラットフォームに珍しく他人の気配を感じた。


 アスファルトを叩く音――聞き慣れた音がする方へ慌てて振り向くと、白杖を突いて歩く瑠奈が、まっすぐこちらに向かって歩いてきた。


 駅舎の外から聞こえるクラクション。瑠奈には内密にと念を押して伝えていたにも関わらず、円堂は木之下と視線が合うと片手を上げてヘラヘラと笑っていた。


「瑠奈、なにしに来たんだ」

「木之下さんこそ、どこに行くつもりなんですか? 勝手にいなくなるなんて酷いです」


 光を失ったはずの瞳が、木之下は射抜く。今も昔も、愛してやまない美久と瓜二つの顔が胸を締め付ける。


「それは……すまなかったな」


 あいつめ――親友の余計な心遣いに舌打ちをし、こんな時にどう娘と向き合えばいいのかもわからない木之下は、ただ沈黙を選択することしかできなかった。


 どんな大義名分があれ、人殺しである自分が瑠奈の側にいていいはずがない。二人して黙っていると、到着時刻に寸分の狂いもなく駅へと近づいてきた列車が、緩やかにホームに滑り込んで停車した。


「それじゃあ、元気でやれよ」


 瑠奈は知る由もない今生の別れを告げて、背中を向ける。車内に足を踏み入れて、もう一度だけ振り返る。閉じた扉の向こうで、唇を噛んでいた瑠奈の口元が僅かに動いた。


 ――お父さん。ありがとう。


 電車が動き出す。途端に視界が揺らいで、立っていられなかった。

 こんな情けない父親の姿を見られずにすんで、心底良かったと嗚咽を漏らして泣いた。

 

 

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狙撃手の名は狼 きょんきょん @kyosuke11920212

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