(五)
目が覚めると、同じ布団の中でまだあやめが眠っていた。夜の名残を残した裸体が、朝の中に横たわっている。石のように冷えた彼女の肩に布団をかけると、あやめの寝顔が静かに波打った。
「……おはよう」
「すみません……。起こしましたね」
あやめは目を擦りながら頷いて、私の胸に額を寄せた。まだ眠っていたいのか、それとも、起こしたことへの抗議か。もしくは、昨晩彼女に働いた狼藉への謝罪を求めるのか。たとえ彼女がどれを欲しがったとしても、私は応じるつもりで居た。しかし、あやめは何もねだらなかった。
「不思議な夢、見たよ」
「夢ですか?」
「うん。顔は見えなかったけど……。誰かが……大きなカメラを持った誰かが、真っ赤な光に向かって走って行くの。嬉しそうに、大声上げて」
「じゃあー……。紺野かもしれませんね」
腕の中でまどろむ彼女の頭を撫でる。言葉の続きを待っていたが、しばらく彼女は答えなかった。
「……もう、なんも撮りたない」
穏やかな寝息に包まれて、やがてその夢は消えてしまった。
私にとって大阪という街は、どうにも疎外感を感じる場所だった。もしかしたら紺野も、同じように思っていたのかもしれない。だから方言を隠して話して、必死に忘れようとした。眩しいものに手を伸ばし、その先へ行こうとした。
でも、葬式で見た両親の顔を思い出す度に、紺野が抱えていた疎外感はどこにあったのかわからなくなる。
お前は、本当は。ひとりぼっちじゃなかったのかもしれないよ。
私は瞼の裏に焼き付いた、あの
私とあやめは近いうちに会う約束をした。彼女の部屋を出る前は、ドアの前で口付け合った。何もかもが恋人同士の仕草に似ていた。
「行こか」
冷えていたはずの唇が熱を帯びた頃、あやめはわずかに、この街の言葉に似た話し方をした。
不思議なもので、行きよりも帰りの街中で聞こえる言葉の音色は、どこか優しく心地よかった。あの赤い輝きが、大阪の至る所に溢れているからだろうか。
紺野が本当に求めた眩しいものは、この街にあったかもしれないのに。今ではもう、わからない。
偶像 矢向 亜紀 @Aki_Yamukai
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