夜のお天気キャスター
みつき
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湾岸にあるテレビ局の生放送を終えて、家路に向かう深夜のことだった。
局の地下駐車場で、お気に入りの銀色ポルシェにお尻から身体を滑り込ませる。
ドライビングポジションがガシッと決まった瞬間が、なんても言えない至福のヒトトキ。
杉浦瑞希の職業は、お天気キャスター。
上半期人気気象予報士ランキング1位。
放送中はみんなを和ませ、笑ったときのエクボが絶大なチャームポイント。
司会のアナウンサーから突拍子もないイジリがあっても、笑顔で返す姿は世間の男性を虜にしてしまう。
今夜はこんな質問を突然に。
「明日、隕石落下で地球が滅亡するとしたら、瑞希さんならそれまでどう過ごす?」
「私が体を張ってみんなを守ります!」とさらっと地上波で言ってしまうほど、天然ぶりがかわいい。
最近は、ネット上で至極の笑顔と自己犠牲を厭わない人間性にファンが殺到。SNS上で11月4日は「いい推しの日」として、ヤホートレンドランキングでぶっちぎりの1位。
すこぶるカリスマぶりを発揮している。無論、本人にはその自覚はない……。
瑞希はレインボーブリッジを渡り、横浜方面へ向かった。しかし、その日はプロデューサーの松尾さんが教えてくれた映えポイントが気になり、大黒埠頭へ車を飛ばした。目的地に到着すると、瑞希はバックミラーで前髪を整えた。辺りをちらりと見て、車からゆっくり降りた。
埠頭から見える船の照明と海の
パシャパシャと数枚写真を撮り、波打ち際のベンチに座って写真を確認している時にそれは起こった。
後ろから羽交い締めにされ、頭に分厚い布袋を被された。何人かの手で神輿のように担がれ、どこかの建物に担ぎ込まれる。
(真っ暗で何も見えない)
瑞希の周りに4、5人の男が居るのが、声や足音で分かった。
しばらくすると、ハスキー声の中年らしき男が瑞希に話しかけてきた。
「お嬢さん、スマホで写真を撮っていたよね。何を撮っていたか教えてくれないか?」
こんな状態で拒絶することは相手を刺激しかねない。瑞希はすんなり答えた。
「インスタ映えするスポットを撮っていました」
男達はクスクス笑って、相談を始めた。数分後、もうひとりの若い声の男が訊いてきた。
「お嬢さん、写真を確認するから、このスマホの暗証番号を教えてくれない?」
瑞希は、こうなったら仕方がないと諦めパスワードを教えた。
ハスキー声の男が何やらぶつぶつ言いながら、パスワードを入力。写真を確認している男たちの声がとても不気味に感じた。
「それとお嬢さん、写真の他に何か目撃しなかったかな?」
「いえ、特に何も見ていません……」
スマホを弄るハスキー声の男が突然ざわつきだした。
すると、回りにいた連中がその男に集まり、何やら相談しているのが瑞希にも分かった。
(結論が出たようだ)
つまり、答えた写真以外に見たものを言わない場合、見てはいけないモノを見たという推定有罪にされるわけだ。全く理不尽なことね。
(殺される)
若い声の男が、布袋の上から湿ったタオルのようなものを顔面に押し付ける。
意識が朦朧と薄れていく……。
目が覚めると、前方に真っ白な海猫のツガイが水と戯れていた。
視線をゆっくりと下へ移すと、ダッシュボードに三つ折りの手紙が置いてあった。
瑞希は生きていることに感謝し、おもむろに手紙を開けてみた。
手紙にはこう書かれている。
______________________________________
杉浦瑞希 様
昨日は大変失礼しました。我々はこの埠頭で、闇オークションを生業とするコソドロ軍団です。貴殿を拉致したときは、場合によっては埠頭の海底に沈めるつもりでした。
ところが、うちの若い連中がスマホの連絡先を見て、貴殿があのお天気キャスターの杉浦瑞希さんだと分かり、丁重に解放しました。
日頃、若い連中に泥棒は家業でも、人の笑顔までは盗むなと教えています。
夜のニュースで、爽やかな笑顔で明日のお天気を教えてくれる瑞希殿を殺すわけにはいきません。どうぞお許しください。
コソドロボス
______________________________________
読み終わると、瑞希は満面の笑みを浮かべた。
眩い朝焼けを背に、お気に入りの銀色ポルシェで港北方面へ駆け抜けて行った。
~FIN~
夜のお天気キャスター みつき @mitsuki_ayase
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