四章 『マジカルファイア(火炎瓶)』

 翌日。

「はい、というわけでやって参りました試験会場!」

 案の定、のんびりと休むはずはなかった。

「なんなんですか、そのバラエティ番組みたいなノリ」

「だって楽しくて仕方ねえんだもん。やっぱ試験ってのは今日あるんだな」

 忠告を無視して、こっそりと家を抜け出したのだ。まあ、こうなることは分かっていたが……。

 絶対にするなと言われたことは、絶対にしなければならない。もはや伝統とも形容されるやり取りだ。

 ちなみに、騒ぎになるとまずいのでツツミとプロトは留守番している。

「まあ、楽しいっていうのは否定しませんけど……。後で怒られますよ?」

「アタシが矢面に立つから安心しろ」

 妙に頼もしいサイコ。その頼もしさに警戒すれば良かったと、ホムラは後悔することになる。

 街は昨日とは違うにぎわいを見せていた。活気があるのには違いないが、平和そうな賑わいというより、どこか興奮しているような熱さを感じる。

 そしてその理由というのが、入隊試験だった。

 人の流れのたどり着く先。そこには巨大な石造りの建物があった。まるでスタジアムのようなそれは、練兵場だという。

 練兵場といっても兵士が修練するだけの施設ではなく、入隊試験を闘技会として観戦できる娯楽施設としての側面もあるようだ。スポーツ観戦と同じような感覚なのだろうか。

 高揚した人だかりが、練兵場の入口に流れ込んでいく。

「見学するだけですよね?」

「おう!」

 いつもの笑顔。

 試験を見学しようということで連れてこられたが、嫌な予感がする。

「いや、その笑顔で確信しましたよ。何するつもりですか? 流石に試験受けたりなんかしませんよね?」

「おう!」

 壊れた機械のように同じ反応を繰り返す。信用出来る要素がひと欠片かけらも無い。

 ため息が無限に出てくる。

「ジンさんからも何か言ってやってくださいよ」

「流石にそのような無謀はせんだろうよ」

「そうですかねえ……」

 不安しかない。が、ちやなことをしようとすればジンが止めてくれるだろう。

 サイコが唯一恐れるジンがそばにいるということが、ホムラの不安を和らげる。

「冗談冗談。からかっただけだって。さ、早く行かねえと良い場所取られるぜ?」

「分かりにくい冗談止めてくださいよ……」

 入口へと引きずられるように連れていかれる。

 行き先が兵士用入口ではなく観客用入口だったので安心した。本当に安心した。

 階段を上って練兵場の中へと入っていくと、内部はローマのコロッセオのような構造をしていた。

 フィールドは陸上競技場のようなえんけいで広々としており、それをぐるりと囲むように階段状の観客席が設けられていた。

 練兵場最上部にはけのための天幕が張られ、思ったより暑くはない。観客席の最前列は貴賓席なのか、そこでは身なりのいい観客がくつろいでいる。

 ホムラたちは当然そんな良い席で観戦出来るわけはなかったが、運よく闘技者出入口の真上という、眼前に他に客がいない席を確保できた。実際には、他の観客に避けられていたから好きな席に着けただけであるが。

「熱気がすごいですね」

 誰もが興奮し、繰り広げられるであろう熱い戦いに胸を躍らせている。

「そんだけおもしれえってことなんだろ。……あ、しくじった。スマホ持ってくりゃ良かったわ。留守番組に見せてやれねえな」

「お願いですから目立つ行動はやめてくださいよ、ただでさえ肩身が狭いんですから……」

 こっそりと視線を巡らすと、奇異の目に囲まれていることがよく分かる。

 ……にもかかわらず、サイコは立ち上がって演説をぶちかました。

「馬ッ鹿野郎! 地味に生きてて何が人生だ! 自分が自分でいたけりゃ『オレはここにいるぜ!』って世界に挨拶しな! セイ、ハロー・ワールド!」

「はあ? 多様性って知ってますー? 世の中には静かに暮らしたい人もいるんですけどー? 地味でも人生でーす。はい、論破ー」

 ホムラも熱が入り、立ち上がる。

「おい」

 しかし、低次元な舌戦が繰り広げられるかと思われたそのとき、ジンが鋭く割り込んだ。

「そうだ、ジンさんからも何か言ってくだ──」

「目立っておるぞ」

 ハッとしたホムラは辺りを見渡す。

 周囲の観客は笑い、はやし立て、二人の言い争いを催し物の一環のように楽しんでいたのだ。

 ホムラが顔を赤らめながら腰を下ろす一方、サイコは見物者をあおって歓声を浴びていた。

「たわけ」

「はい、たわけです……」

 売り言葉に買い言葉。サイコの思惑にまんまと乗せられた愚かさを「たわけ」の一言が表していた。

 ホムラはいまだ騒動の渦中にいるサイコを無理やり座らせる。

「もう、どんだけ目立ちたがり屋なんですか……!」

「場をあつためる必要がな?」

「ないですよ、そんな必要!」

 サイコの太ももをぺちんとたたいた。

 ちょうどその時、最後列に一段高く設けられた席にいた男が弁舌を振るいはじめた。それは聞いてみるに前口上のようで、その男はどうやら司会進行役のようだ。

「紳士淑女の皆さま! ようこそおいでくださいました──!」

 その声は魔法によるものか四方八方から響き渡り、場内を熱気で包ませた。

「おお、始まるぞ、始まるぞ!」

 この戦いの趣旨とルールが読み上げられる。

 それによると、受験者である見習い兵と試験官である熟練兵が戦い、その戦い如何いかんによって合否が決まるということらしい。ただし、必ずしも勝つ必要はないという。

 加えて、一対一での戦いではなく、チーム戦だということも告げられた。より実戦を考慮してのことだろう。

 それから第一試合の闘技者の紹介が始まった。見習い兵とそれを相手取る熟練兵の名前、経歴などが読み上げられる。その度に会場がさらに沸き立った。

 試合は、見る者を圧倒するような様相を呈していた。

 思わず息をんでしまう。

 熟練兵はかなり手加減しているらしいが、それでも人並外れた動きと装備をしていた。

 板金の全身よろいを着込みながらも、身の丈ほどもある大剣を振り回す戦士。動き回る相手を正確にく弓兵。

 見習い兵はそれに果敢にも戦いを挑む。当然、斬られてもするし、攻撃の衝撃で気を失うこともある。

「あんなのまともに当たったら死んじゃいますよ……」

「死ぬのはどうか知らんが、ある程度は大丈夫なんだろ。ほれ、出入口になんか待機しとるし。あいつら、ゲームでいうところのヒーラーなんじゃね?」

 サイコが顎で示した方には、聖職者風の装いをした女性が数人たたずんでいた。

 彼女らは試合が終わると闘技者に歩み寄り、何かを唱えた。すると、闘技者が負った傷がみるみるうちに癒えた。

「ファンタジーですね! ファンタジーですよ!」

「ファンタジーと遭遇する度に興奮すんのやめろ! うざったい」

 光の弾を発射するという攻撃魔法が出たとき、ホムラのファンタジー熱が最高潮に達したが、声を上げるよりも早く繰り出されたサイコの腹パンによって、無事沈黙した。

 恐ろしく速い腹パン。ホムラは見切れなかった。

「次で最後の組ですね」

 だが司会が最後の組を紹介しているそのとき、事件は起きた。

「じゃ、そろそろ行くか」

「うむ」

「え、どこにですか?」

 すると突然、サイコは何食わぬ顔で客席からフィールドへと飛び降りた。

「ちょっとサイコさん! 何やって──え?」

 そしていつの間にか、ジンに抱きかかえられているホムラ。

「ジンさん、うそですよね……?」

「昨晩は『悪を斬れればそれでいい』と言ったな」

「そうですよ、ジンさん……だから下ろしてほしいんですけど……」

「あれは嘘になった」

 思わぬ伏兵。ジンも無茶する側の人間だったのだ。

 ジンはホムラを抱えたまま客席から飛び出す。

「うわあああああああ──!」

 突然の乱入者に大いに盛り上がる会場。ホムラの悲鳴は、とどろく大歓声にむなしく吸い込まれていった。


「すまんな、巻き込んで」

「はあ……。どうせサイコさんに変なこと吹き込まれたんですよね? 分かってますよ……」

「察しがよくて助かる。力試しに興味が出てな」

 観念してサイコらと中央へ向かっていると、背後で叫び声が響いた。

「おい、待て! 何者だ、お前たち!」

 振り向くと、最終組の面々が追いかけてきていた。

 リーダーは全身鎧を着ており、ロングソードと鉄盾を携えている。

 鎧にまとわせたサーコートの藍色は美しく、見習いにしては身なりが良い。開けられたバイザーからのぞくのはせいかんな青年。名前は確か、「アレス」だったような。

「なあに、通りすがりの女子高生だ。入隊希望のな」

 お得意の人をめきった顔で、サイコは神経を逆でするように言った。

 女子高生ではあるが、「腐れ外道」と名乗った方がより正解に近いと思う。

「何訳の分かんないこと言ってんのよ!」

 今度はアレスの後ろにいた少女が食ってかかってきた。ローブを身に纏い、つえを持っている。これ以上ないくらいに魔法使いだ。ホムラのテンションはひそかに上がっていく。

 ほかの二人も斧槍ハルバードや大弓を携えているが、先の二人ほど上等なものではない。

「よせ、リアン。ふざけている様だが、どうやらただ者じゃないらしい」

「ですが、アレス様……」

 様付けで呼ばれていることから、やはり位の高い家の生まれのようだ。

 そんな彼らに、サイコは卑劣極まりない取引を持ち掛けた。

「お前らが持ってる選択肢は二つだ。ひとつ、アタシらに無条件で出場枠を譲る。ふたつ、アタシらと出場枠を賭けて戦う。さあ、選べ」

「馬鹿な。そんな勝手が許されるはずないだろう」

「乱入者を無下にしてもいいが、白けた観客に何言われるか分からんぞ?」

「なっ……!」

 会場の熱気は最高潮に達し、これから起きることへの期待にあふれていた。特にホムラとサイコの舌戦を見ていた観客がひと際盛り上がっている。

 取引に応じないという選択肢は潰されていた。

 実際、司会者は盛り上がった会場を静めることもなく、むしろあおり立てている。どうもせんけんたい候補は娯楽には打ってつけらしい。

「『人間性』って言葉、知ってます?」

「初耳だな」

 サイコに身につけて欲しいもの第一位、人間性。

 それにしてもひどい話だ。

「くっ……、戦いもせず明け渡すわけないだろう!」

 いらたしげに言い放つと、アレスら四人はそれぞれの武器を構えた。

「戦いになればいいがな。おい、ジン」

「うむ」

 ジンも武器を構えると思ったが、静かに目をつぶっただけだった。

 それに対してアレスたちは警戒する。

 目を瞑っていたジンは一度大きく深呼吸をすると──四人を鋭くへいげいした。

 その瞬間、まるで喉元にナイフを突きつけられたかのような錯覚に陥った。

 殺気だ。

 殺気だけで、生々しい死を実感させている。アレスたちはぎりぎり踏みとどまっていたが、ホムラは腰が抜けてしまった。

 アレスやホムラたちだけではない。会場全体が一瞬の間、無音になったのだ。

 ジンの目は、断じて戦う者の目などではない。

 ただただ人を斬り殺してきた、人殺しの目。その視線は、おぞましいほど多くの死がこびりついていた。

 四人は一歩も動けず、一言も発せず、立ち尽くすばかりであった。

「ど、どうやら……闘技者は乱入少女たちに決まったようです!」

 戦意がついえた四人を見て、思い出したかのように司会者が宣言した。会場は再び熱気を帯びた歓声で満たされる。

「ふう……。殺気を放つというのも、なかなかに疲れるな……」

「お疲れさん」

「やりすぎですよ、もう!」

 半泣きになりながらも抗議する。

 会場の熱気を背に受けながら、四人は悔しさをめ去っていく。次回の試験で頑張ってほしい。あと、できれば一緒に会場から去りたい。

「見たことない顔だが、腕は本物らしいな」

 けんろうな全身鎧の大男が口を開いた。両手で巨大な「メイス」と呼ばれるこんぼうを持っている。きよに巨大な武器、そして身に纏う重厚な空気すべてが圧倒してくる。

「アタシらはグルドフのまなだ。何か問題がありゃ、あのおっさんに言ってくれ。『責任は私が取る。遠慮せずぶちかましてこい!』って言ってたしな」

「ガハハッ! やつがこんな面白いことするとはな! 気に入った!」

 もちろん、そんなことは言ってない。

「『人間性』って言葉、知ってます?」

「初耳だな」

 二回目の初耳。

「後で絶対怒られますよ……」

 どれだけ迷惑をかければ気が済むのだろうか。

 グルドフを気の毒に思ったが、自分も相当気の毒な立ち位置だということに気付いて自己嫌悪に陥った。度し難いアホにあらがう力が欲しい。

「というか、どうやって戦えばいいんですか? 武器もないのに。いや、武器があっても戦えませんけど」

 ジン以外武器を持っていない。それ以前に、ありふれた一般人であるホムラにとって戦闘行為自体初めてのことだった。

 発火能力はまともに制御できず、戦闘に使えるともホムラには思えなかった。火の弾を撃ったり、遠くのものを燃やせるわけでもない。

 サイコも同じようなものだと思っていたところ、サイコはいつの間にか短刀を手にしていた。盗賊が持っていた短刀だった。勝手に拝借したようだ。

「あ、ずるいですよ、自分だけ!」

「安心しろ、そんなお前にはこれを授けてしんぜよう」

 サイコはをどう隠し持っていたのか、白衣の中からあるものを取り出した。

「ほい。、何か分かんだろ? アタシが合図したら投げろ」

「いやちょっと、流石さすがにこれは……」

 が何かは分かるが、ホムラにとって──いや誰にとっても、良いイメージのない物だった。

「なんだ、お嬢ちゃん。そんなもんで戦うってのかい?」

 重装な戦士とは別のもう一人、双刀を帯びた男が見くびった様子で言った。こちらはメイス戦士と違い、身体の要所要所に革製の防具を身に着けるだけといった軽装であった。あごひげを蓄えたひようひようとした男。

『そんなもん』。そう言われたそれは、口に布を詰めた瓶で、中には液体が。確かめるまでもなく、可燃性。

 ──そう、火炎瓶である。

 こんなものを一体どうやって調達したのだろうか。

「流石にこれはマズいんじゃ……」

 傷をいやしてもらえるとはいえ、ホムラの中の倫理観が猛烈に警鐘を鳴らしている。

 困惑ただなかのホムラであったが、武器を準備したと見られたらしい。あろうことか試合開始の合図が叫ばれた。

「それでは、試合開始ッ!」

 始まってしまった。戦うしかない。

「ジンはあっちな」

「うむ」

 ジンはメイスを持った重装戦士、ホムラとサイコは二本の曲刀を持った軽装戦士を相手取る。

 ジンは盗賊狩りのときに見せたような俊足で、メイス戦士に肉薄した。

 目にもまらぬ速さだった──が、しかし、男はそれに反応した。持っていたメイスを、ジン目掛けて振ったのだ。低くうなるような風切り音が鳴る。当たれば間違いなく、骨が砕けるどころでは済まない。

 紙一重でかわしたジンは、勢いをそのままに跳び退いた。

「思ったより手こずりそうだ。……だが楽しいな、死合うというのは」

 細い日本刀では、堅牢なかつちゆうを着込んだ相手とは相性が悪い。

 それでもジンはほおを緩めていた。

 下手すれば死ぬかもしれないという状況で。

 一方サイコは短刀を片手に持ち、のんきに双刀戦士に近づいていく。

 あちらも本気で構えることなく、距離を詰めてくる。そして、飛び込めば相手の懐に入る距離で、二人は止まった。

「言っちゃ悪いが、お嬢ちゃんは強そうには見えんね。大方、あっちの子が来るまでの時間稼ぎって感じなんだろ。他力本願で受かるほど試験甘くないぞー?」

「残念、不正解だ。お前はアタシらが直々にぶっ殺してやる。感謝しろ」

「そりゃ光栄だ──ねッ!」

 男は言葉を紡ぎ終えぬうちに、サイコの首めがけて斬り込んだ。

 だが、薄刃がサイコの細首を撫でようとしたそのとき、散ったのは血ではなく、火花だった。

「あっぶねー。死ぬかと思った」

 サイコは斬られる一瞬前、上体をらしながら短刀で相手の刀身をいなし、斬撃を躱していたのだった。

「惜しい! ──あ、間違った。大丈夫ですか!」

「こいつぶっ殺したら、次はお前だからな!」

 予想だにしていなかったが、サイコは意外と戦えるようだった。なにか戦闘訓練を受けていたのだろうか。

「ちょっとした小手調べのつもりだったけど、少しはやるね、君」

「天才だからな」

「じゃあ、もうちょっと本気出すぞ」

 手加減されているとはいえ、二合、三合とサイコは退け続けた。しかし続けるうちに幾度かはかすり、浅い傷をその身に刻んでいく。

 ジンもサイコも戦っているのに、ホムラは何もできずに立ち尽くすだけだった。何もしないのはがゆかったが、与えられた役割に専念する。

「力量も分かってきたことだし、そろそろ痛い目見てもらって終わらせようかね」

 連撃の勢いが強まる。

 このままでは押し切られる。そう予感したそのとき、サイコは懐に潜りこむように、大きく一歩踏み込んだ。

「終わんのはお前だ、あごひげ!」

 今度はサイコが男の首を狙った。

 勢いよく突き出された短刀。男の喉元を正確に貫こうとしたそれは、しかし男に届くことなく地面に落ちた。──サイコの手とともに。

 いつの間にか、男は曲刀を振り抜いていたのだ。

 目を離したわけではない。

 だが本当にいつの間にか男は曲刀を振り抜いており、いつの間にかサイコは右手を斬り落とされていたのだった。

 手首の刺青いれずみがまるで切り取り線であるかのように、れいに斬られている。

 一刀で両断された細腕から、血が噴き出す。

「危ないねえ」

 言葉とは裏腹に、余裕のある顔で男はこぼした。

「君、なかなか強いね。グルドフさんじゃなくて、俺の弟子にならな──あ?」

 称賛を贈っている最中、男は足に違和感を覚え、顔からは余裕が消えていく。

 男の太ももには、短刀が突き立てられていた。切り口から溢れる血が、ズボンを赤く染め上げていく。

「本命はこっちだバーカ」

 余裕の笑み。

 今まで徒手であったはずの左手に、もう一本短刀が握られている。

 サイコは左手に隠し持っていた短刀で、捨て身の攻撃をしかけていたのだ。

 いくら治療してもらえるとはいえ、自らの手をわざと斬り落とさせるとは、常人の発想ではない。

 そして叫ばれる合図。

「ホムラ、今だ!」

「は、はい!」

 右手を犠牲にするという捨て身の攻撃も、ただの足止めに過ぎない。本命の本命はホムラの火炎瓶だった。

 ええいままよ!

「炎の精よ、私に力を貸して!」

 今しがた考えた、まったく唱える必要のない呪文。そもそも魔法ではない。

「そんなんいいからさっさと投げろ、ボケ!」

「マジカルファイア!」

 ホムラはこんしんの力を込め、膝を屈している男を狙って火を付けた火炎瓶を投げた。

 しかし、放物線を描いて飛んでいったそれは──。

「あぁあああああああああああああああああああ──ッ!」

 ──ものの見事にサイコの頭に当たった。

 割れる瓶。炎に包まれるサイコ。青ざめるホムラ。

「あ、やば……」

 後で絶対怒られる。

 サイコを火だるまにしたホムラであったが、罪悪感とは別に「てんちゆう」の二文字が心中で踊っていた。

 切り札の狙いが外れた。とはいえ、それすら活用するのがサイコだった。

「お前も道連れじゃ、あごひげぇえええええええ!」

 ただでは倒れまいとファイアサイコは、男に組み付いた。炎は男にも燃え広がっていく。

 男はサイコを引き剥がそうと必死にもがくが、サイコが拘束を緩めることはない。

「うぉおおおおおおッ、熱ッ! 参った、参った! 降参だ、離れてくれ!」

 その言葉を聞いてようやく、サイコは男を解放した。

 男は炎をはたき、急いで消火していく。一方燃料まみれになっているサイコは、自身に付いた火をなかなか消せないでいた。

 生半可な消火活動では消えないと悟ったサイコが次に取った行動は、次の道連れ相手に狙いを定めることだった。

 つまり、ホムラへの報復である。

「次はお前じゃあああああああああ!」

 鬼のような形相のサイコは、燃えながらもホムラに迫る。意外にもその足は俊敏で、ホムラはすすべなく捕らえられた。サイコに抱きつかれたまま二人は倒れ込み、仲良く炎に包まれる。

「ごめんなさぁああああああああい!」

 謝罪の声が会場に響き、反響するように笑い声がとどろいた。当人にとってはまったく笑い事ではないのだが。

 必死にもがくが、サイコの固い拘束は解けることがない。

「わざとじゃないんです! 許してくだ──」

 そこでふと、ある事実に気付いた。ありえない事実に。

「あれ? 熱く、ない?」

 燃えているはずなのに、熱くない。炎が生み出す空気の揺らめきは、確かに肌を撫でている。決して幻覚を見ているわけではない。

 もしやサイコも本当は熱くないのではとも思ったが、サイコの肌は赤みを帯び、髪も焼け縮れている。やはり炎は本物だ。なにかが自分の身に起きている。

 ホムラは自然と手に力を込めていた。なぜかは分からないが、今なら炎が言うことを聞くような気がして。

「サイコさん、じっとしててください!」

「出来るかボケぇ!」

 憤怒の鬼と化したサイコは、それでも力強く組み付く。

「お願い! 炎よ、消えて!」

 身を焼く炎よ消えろと、念じ、言い放つ。

 すると、不思議なことが起こった。

 燃え盛る炎が、手にみ込まれるようにして消えたのだ。サイコの身体にはくすぶりすらなく、炎があったという痕跡のみが残っている。

 今までろくに制御できなかった発火能力が、まるで魔法のように扱えたのだ。

 消えた炎の名残か、ホムラの手の平はじんわりと熱を帯びている。

「……あ? 消えた?」

 自身をさいなむ火熱が消え、きょとんとするサイコに、ホムラは抱きついた。自分で燃やし、自分で消し、勝手に喜ぶという自分勝手なハグ。

 今にして思うと、この世界に来たときから感じている身体の違和感、その正体こそが自身の能力の変化、拡張だったのだろうと気付いた。もしかすると、これが魔法というものなのかもしれない。

 ジンの常人離れした動きや、サイコの驚くべき反射神経。それらも、異世界で獲得した超常的な能力によるものだという方が納得がいく。

 ホムラは目を輝かせる。

「あはっ! すごくないですか? 私が火、消したんですよ! こう、消えろーって感じで!」

「まず味方を燃やすなや!」

「その件につきましては、大変申し訳ありま──いだだだだだだだ!」

 サイコはホムラの顔面を力一杯わしづかみにした。ぎりぎりと骨がきしむ音が聞こえる。これが骨伝導というものなのかもしれない。

 情けなく泣き始めた辺りで、ホムラはアイアンクローから解放された。

 それと同時に、地面がごうおんとともに揺れた。驚いたホムラたちは、弾かれたように音の方へ振り向く。

 そこには、メイスで地面をえぐり飛ばす重戦士の姿があった。

「いいぞ、面白い! 少しばかり本気を出してしまったぞ!」

 砕けた地面はジンを目掛け、弾丸のように飛び散る。掠りでもすれば重傷、まともに当たれば命はないだろう。しかし、それがジンに当たることはない。

 飛来する岩塊の軌道が読めているのか、ジンはそれらの間を縫うように駆け抜けていく。

 よく見ると、ジンの左腕からはおびただしい量の血が流れている。重い一撃を受けたらしく、明らかに骨が砕けていた。それでも俊足は衰えず、瞬く間に重戦士との距離を詰めていく。

 本気を出した。

 男は確かにそう言って武器を振るい、繰り出した技をものの見事に躱されている。にもかかわらず、まったく動じていない。

 重厚な装備姿からは考えられないほどの一瞬の間にメイスを上段に構え、ジンが近づくよりも早く、それを振り下ろした。

「これで──どうだッ!」

 地面に打ち付けられたメイスはジンを狙ったものではない。再び地面を砕き、岩塊を飛ばすことを目的としていたわけでもない。

 砕いた地面が飛び散ることは単なる余波であり、狙いとする攻撃はまったく別のところにあった。

 疾駆するジンの眼前。

 地面が突然隆起したのだ。

 天をく勢いで隆起した地面は岩の牙となり、ジンを穿うがたんとする。

 これまでの力技とは違う。荒々しくも、だが確かに研ぎ澄まされた魔法攻撃だった。

 しかし、そこにジンはいなかった。

 誰もが黒髪の少女の敗北を確信していた。それほどまでに的確な狙いと威力で、必殺の技であるように見えたのだ。

 何が起きたのか。ジンは振り下ろされたメイスの上にいた。

 柄を足場にし、戦士が被るかぶとの薄いのぞき穴に刀を差し込んでいる。

 そして何より、楽しげな顔をしていた。

 ゆがんだ口元と細めた目から狂気がかいえる、狂った愉悦に満ちた顔。

 痛みすらも楽しみ、ただひたすらに敵を打ち倒さんとした姿。



「参った……」

 ジンが覗き穴から刀を引き抜くと、切っ先は少し赤くれていた。おそらく、目を突き潰したのだろう。

 会場はその日最大の盛り上がりを見せた。

 これまでの試合では、試験官が受験者を打ちのめして終わるというのがほとんどだった。しかし、手加減しているとはいえ、熟練の兵士をここまで追い詰めた者はいなかった。

「な、なんと、二人とも降参しました! 試合終了です!」

 試合終了の合図。それと同時に、いやし手の女性たちが動き出す。

「金髪の子。ほい、落とし物」

 双刀兵が、斬り落とされたサイコの手を投げてくる。サイコは無事にキャッチしたが、その乱雑な扱いに憤った。

「軽々しく人の手投げんな! ああ、やば……血が足りんくてふらふらしてきた」

 ふらつくサイコだったが、不思議なことに、その身体からはどことなくいい香りがした。

「あれ、サイコさん。なんかいい香りしますね。香水とかつけてましたっけ?」

「人が焼けた臭いじゃ! ぶっ殺すぞ!」

 確かにいい香りがしたと思ったが、それは人が焼けた臭いであった。どうしてそう思ってしまったのだろうか。ホムラはいぶかしむ。

 炎を制御できるようになっただけではない。なにか別の変化も自分に起きている。

「ったく……。これ、引っ付けりゃ治らねえかな」

「そしたら聖職者に転職ですね。それを機におしとやかな言動でも身につけたらどうですか」

「うるせえ、これ以上ないほどパーフェクトレディだろうが。……あ、引っ付いた」

「うわ……気持ち悪……!」

 サイコが腕の断面同士を密着させると、淡く光が放たれた。かと思うと、次の瞬間には手が平然と動き始めているのだ。これには癒し手たちも驚いていた。

「なんか、『魔王を倒す素質』ってのが分かってきた気がするわ」

 治癒魔法を受けながら、サイコはぼやいた。ホムラも「ですね」とつぶやく。なんとなくではあるが、そのへんりんが見えてきた。

 魔法が当たり前のように存在する異世界においても、驚かれるような能力。おそらくは、卓越した能力や異端な能力。あるいはその在り方かもしれない。

「なんとか勝てた、といった具合だな」

「お疲れ、人斬り」

 治療を終え、左腕が元通りになったジンが言う。その顔はいつもの仏頂面に戻っていたが、サイコはいやらしくそこを突く。

「いい笑顔だったぞー? やっぱお前もこっち側の人間だな」

「おぬしと同じにするでない」

「そうですよ。サイコさんだけですからね、ゴッサム・シティの住人は」

「言っとくけど、お前もゴッサムしてっからな! 人燃やそうってときに訳分からん呪文唱えやがって!」

 三人は下らない言い合いをしながら、出口に向かう。その背中を、割れんばかりの拍手が見送った。



 フィールドを出た三人は、練兵場内の一室に案内された。

 ドアを開けると中には、すらりとした背の高い、眼鏡を掛けた妙齢の女性が待っていた。くりいろの長い髪は一つ結びにされており、冷たさを感じるほど引き締まった雰囲気を身に纏っている。

 好き勝手やったので処罰でもされるかと思ったが、単なる事務手続きだった。そういえば、勝手に乱入したので試験にエントリーしていない。

 部屋の隅には事務机が置かれており、その後ろには本棚がずらりと並んでいる。中央にはテーブルと、それを挟むようにして置かれた二つの長いソファ。

 それらは地味ながらもしっかりした造りになっており、実用性を重視していることがうかがえる。

 三人はソファに座ることを促され、それぞれの前に書類が出された。エントリーシートらしい。

 就職活動みたいだ。いや、実際に就職活動なのか。

「怒られるのかと思っちゃいましたね」

 何の気なしにホムラはこぼしたが、事務員だという眼鏡の女性は、食い気味に疑問を投げかけてきた。

「怒っていないとでも思っているのですか?」

「ヒエッ! すみません!」

 相当怒っていた。冷え冷えとした口調からは、身を焦がすほどの熱量の怒りが感じられる。眼鏡の奥の鋭い目が、ホムラを捉えて離さない。心なしか室内の温度が下がった気がする。

 余計なことを言うなと言いたいのか、サイコが肘で小突いてきた。

「あなた方がやったことは言語道断ですが、その才能は本物です。国益のためと、上の命令でやむなく不問にし、なおかつ合格としているのですよ?」

「は、はい……。すみませんでした……」

「では、その書類に必要事項を記入してください」

 依然として冷ややかな態度であったが、それ以上は追及されることはなかった。

 というか、合格だったのか。火炎瓶投げただけなのに。

 書類に目を通す。名前や性別などの個人情報や、後見人の有無などを記入するようだ。

 そしてペンを取り、いざ書き込もうとしたときに気づいた。

「あれ、なんで文字読めるんでしょうかね」

 そう、未知の文字を読めていることにだ。英語にそれとなく似た異世界の言語を、まるで日本語を読んでいるかのごとく理解していた。なんとも不思議な感覚。

「今さらかよ。こういう都合の良いことはさっさと受け入れろ。考えてもしょうがねえ」

「女神パワーですね」

 何を言っているのか分からないというふうに、事務員はげんな顔をした。

 上から順に書類を埋めていったが、また少し手が止まった。悩んだのは、後見人の有無とその氏名だ。

 勝手にグルドフの名前を書いていいのか少し躊躇ためらった。が、まあ許してくれるだろうと思って勝手に名前を書いた。罪悪感は一ミリ程度ある。

「それでは最後に、入隊志望部隊欄の『せんけんたい』に丸をつけ、志望動機をお書きください」

「そりゃ一択ですよね……」

 有無を言わさぬ強制せんけんたい入隊志望。やはりヤバいやつえいじゆんたいには入れないらしい。

 拠点を守るえいじゆんたいは住民たちと寄り添うことになるので、そりゃそうかと納得せざるを得ない。

 志望動機欄には、全員「楽しそうだから」と書いた。案の定、事務員に顔をしかめられた。この時点ですでに、魔王討伐はついでの目的になっていた。

 記入欄を埋めた書類を手渡すと、引き換えにしようを渡された。剣をかたどった赤銅色のバッジ。

「これはせんけんたいであるあかしです。銅剣しよう、銀剣しよう、金剣しようの順に階級が高くなっていきます。これを身に着けていると、様々な支援が受けられるようになります。大きなもので言えば、より上級の戦闘訓練や魔力技能研修、装備品の提供ですね」

「なるほどね。才能がねえ奴に割く時間も知識も物もねえってか」

「厳しく言えばそうなりますね。才ある者の育成に力を入れたいので」

 国を守るためには、そういうことも必要なのだろう。

「ちなみに、あなた方が戦ったのはきんじゆんしよう、つまりえいじゆんたいの金しよう位の方々です。普通なら何度か攻撃を届かせれば上等な部類なのですが──」

 講習を大人しく聞いていると、ドアがノックされた。

「ジスカちゃん、入るよー」

「取り込み中です。帰ってください」

 事務員ことジスカが間髪をれず拒否したのにもかかわらず、ドアは開けられた。

 入ってきたのは、軽薄そうな金髪の男。浅黒い肌と相まって、チャラ男にしか見えない。

 胸には盾を模った、光沢のある白色のしようが輝いている。そういえば、ジスカも同じしようを襟に着けている。

「お、いたいた。さっきの面白い子たち。仲間燃やした子に、取れた手引っ付けた子、腕潰れても笑ってた子だ」

 まったく否定出来ない呼ばれ方だったが、なんだか馬鹿にされているような気がして、思わずむっとしてしまう。

「なんだ、このチャラ男」

「主人公の見せ場を作るためにビーチでヒロインをナンパするモブチャラ男みたいですね」

「何言われてんのか分からないけど、ひどいこと言われてるのは分かるぞー?」

 男は快活に笑った。チャラ男のくせに爽やかな雰囲気。

「それで何の用ですか、シグラット?」

「いやあ、この子たちを間近で見たくってね」

 シグラットと呼ばれたチャラ男は、笑顔のまま答えた。ジスカの冷ややかな態度にも慣れているようだ。

「それでは用は済みましたね。ドアの場所分かりますか? あちらですよ」

「冗談だって。先輩として、隊士たるものの心構えを説こうかと思ってね」

 シグラットがそう言ってジスカの隣に座ると、ジスカはソファの端に座り直した。

 すげない態度を取られても気にすることなく、シグラットは問う。

「君たち。力を持つ者の責務が何なのか、分かる?」

 軽々しい口調とは裏腹に、その目はぐだった。真剣な問い掛け。

 それにサイコは力強く答えた。

「魔王を倒す! だろ?」

 二人は一瞬、面食らって動きが止まった。次の瞬間にはシグラットは笑い転げ、ジスカはあきれたようにため息を漏らしていた。

 笑いが収まると、シグラットは謝罪しながらも話を続けた。

「ごめんごめん。『持つ者は持たざる者の盾となれ』って言いたかったんだけど、そんなに気合入ってるなら言うことないね」

『ノブレス・オブリージュ』と似たような価値観か。こちらでは資産や権力だけではなく、優れた能力を持つ者も責務を担うようだ。

「ただ、修練は積んでもらうからね。流石さすがにまだ未熟だし」

 真っ当に相手を追い込んだジンですら未熟だという。やはり試験官たちが本気の本気を出せば、ジンですら勝てるか危ういのだろう。

「魔力の扱い方いまいち分かってないでしょ。特にそっちの二人は」

 ホムラとサイコの二人のことだ。

 魔力の扱い方。サイコがやってのけたことが治癒魔法だというのは分かるが、発火能力パイロキネシスは魔法に入るのだろうか。

それがしもいまいち分からんが」

「よく分かってなくてあんなに強いんなら、それはそれですごいんだけど。でも、なにはともあれ修練! 治癒魔術と炎魔術は特に珍しいからね。ちゃんとした扱い方学んだ方がいいよ」

 炎魔術は珍しい。火炎瓶を投げただけで合格できた理由が分かった。

「あー、だから私、合格できたんですね」

「そうです。希少な才能を腐らせるというのは大きな損失ですから。ただし、炎魔術は扱いが難しいうえに大変危険ですので、万が一査問にかけられた場合、厳しい尋問が行われることを覚悟しておいてください」

「は、はい……!」

 ジスカの言葉に、ホムラは血の気が引いた。

 この能力は異世界においてもそういう目で見られるのかと、暗い感情が胸の底に渦巻いていく。

 無意識のうちに、ホムラは唇をんでいた。

 そのとき、唐突に背中をたたかれた。あまりの痛みに身体がのけぞる。

「しっかりしろ」

 サイコの言葉で我に返る。

「いったぁッ! ちょっとは加減してくださいよ!」

 正確には、背中の痛みの方が我に返る大きな要因となっていた。

 怖がらせすぎたと思ったのか、ジスカは少し動揺している。

「大丈夫? ジスカちゃん言い過ぎることあるから、あんまり真に受けないでいいよ」

「いえ、大丈夫です……。大丈夫です」

 依然として大丈夫じゃないのを察してかどうかは分からないが、サイコはすぐさま帰ろうと席を立った。

「手続き済んだんならもう帰るぞ」

「うん。じゃあ、これから何すればいいかは、グルドフさんから詳しく教えてもらってね」

「ほーい」

 サイコは気だるげな返事をして、部屋を後にした。


    ◆


 家に戻った三人を待ち構えていたのは、青筋を立てたグルドフだった。すでに事情を把握しているようだ。

ちやなことをしよって! バカタレが!」

 三人仲良くゲンコツを食らった。脳が揺れる。

「行けると判断したから行ったんだよ。つまり、無茶ではなーい!」

 サイコは追加でもう一発ゲンコツを食らった。

「こうなれば、どこに出しても恥ずかしくないような隊士になってもらうぞ。お前たちは止めても止まらんからな。出来得る限り真っ当になるよう矯正する方針でいく。とりあえず、何事も相談しなさい。内容によって怒りはするかもしれんが、止めはせん。いや、止めることもあるかもしれん!」

 こんなに迷惑をかけても家から追い出さないとは、義理に厚いというかなんというか。

「おひとし過ぎて引くわ。……ん? そういや、おっさんのバッジは金色なんだな。実は結構強いのか」

 グルドフの胸には、金色の盾しようが。

「あれ、そういえばジスカさんたちのは白色でしたっけ? 白は事務員ってことなんですかね?」

「シグラットとかいうチャラ男、事務仕事出来なそうだけどな」

「あー、確かにそうですね」

 それを聞いたグルドフは、みるみるうちに青ざめた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。

「馬鹿者! シグラットたちは『こくせいじゆんしよう』といって、えいじゆんたいの筆頭なのだぞ! まさかお前たち、無礼を働いてはいないだろうな!」

 顔を真っ赤にしながら、唾を飛ばす勢いで怒鳴る。青ざめたり赤らめたりと、顔が忙しい。

 後で説明を受けたが、えいじゆんたいにはせんけんたいにない白しようの階級があり、実力は金しようから見ても雲の上とのことだった。

「そんなに強いのか、あいつら」

「強いなんてものじゃない。民だけでなく、国それ自体のまもりを任されているような実力者だぞ。『さいひようついジスカ』『りゆう穿うがちのシグラット』という二つ名を聞いて、畏怖の念を抱かん奴はおらん」

 ただの怖い事務員とモブチャラ男だとばっかり思っていたが、ホムラたちが足元にすら及ばない存在であるらしい。

 ──が、二つ名というものの方が三人の興味を引いた。

「おお、二つ名! 格好良いですね!」

「んじゃ早速二つ名決め会議でもすっか!」

「武者修行にも精が出るな」

 にわかにテンションが上がった三人娘を見て、グルドフは長い長いため息をついた。

「自ら名乗るものではないというのに……」

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