六話 見た目が問題? 問題なのは売り方だ
「どうしたらいいんだ……」
スローライフに憧れて勤め先の会社を辞めた。畑を借りて農業をはじめた。周囲はみんな、猛反対だった。すでに三〇代。妻もいる。子供もいる。とくに、子供はこれから成長に
すべての反対を押し切り、会社を辞め、農家に転職。つてを頼って貸してくれる畑を探した。やっと見つけたその畑はしかし、山の斜面。水はけも悪く、日当たりも良いとは言えない。好条件と言うにはほど遠い。しかし、
――何度も収穫出来ればそれだけ、金になる。
そう思った。
放置されていた斜面の畑。辺り一面、雑草だらけ。雑草を引き抜き、土を耕し、畝を作った。畝の一つひとつにコマツナの種を蒔いていった。丈夫で健康なコマツナを収穫するために出来ることはなんでもやった。本を読み、ネットで調べ、先輩農家に教えを請い、『作物にいい』とされることはすべてやった。その甲斐あってコマツナはすくすくと成長した。それなのに――。
突然の害虫の大発生。あまりの数の多さに手の
虫食いの跡があるからと言って食べられないわけではない。
味がかわるわけでもない。しかし――。
こんな食い跡だらけの見栄えの悪い野菜なんてどこも引き取ってくれない。売り先が見つからない。これでは一円にもならない。大赤字もいいところだ。
まわりの猛反対を押し切ってはじめたことなのに。
子供にはこれから先、どんどん金がかかるのに。
このままでは手元に残るのは借金だけ。
「どうすればいいんだ……」
それは、
「丹精込めて育てた野菜が虫のせいで全滅、か。ま、農業の世界ではよくあることだ」
「しかし、三〇代で脱サラして就農か。お前もいろんな知り合いがいるな」
「あたしって言うより、親の顔が広いのよ」
と、
「でも、今回は妙に素直じゃない? いつもならあれこれ文句つけるのに」
「おれだって農家の端くれだ。一応、仲間意識はある。それに……」
「それに?」
「今回はちゃんと、うちの利益にもなる」
「……まあ、なんでもいいわ。文句言わずに助けてくれるならね」
「なるほど。これでは野菜として売り物にはならないな」
――もう少し言い方に気をつけてあげてもいいじゃないの。
と、
「しかし、死んだわけじゃない。どれもちゃんと生きている。もう少しすれば
「えっ? それはまあ……」
「花が咲くまで育ててそれから収穫しろ。うちのカフェで全部、買い取る」
「ええっ⁉」
ヒロがあわてて後を追った。
「ちょ、ちょっとまってよ、
「おれを誰だと思っている? この
「それは……思わないけど」
ロジカルすぎて冷淡なる
「そう。おれはそんなことはしない。きちんと商品として買い取るだけだ。ちゃんと売り払って金にするさ」
「どうやって⁉ 野菜としては売り物にならないんでしょう?」
ヒロにそう言われて――。
「ひとつ聞こう。野菜を野菜として売らなきゃいけないなんて誰が決めた?」
その日、
幼い子供にコマツナの束を贈る親の姿が描かれたイラストと共に、この一文が大きく書かれていた。
きずな。
虫に食われ、ボロボロになったコマツナたち。それでも、めげずに花を咲かせた。
人生には辛いこともある。苦しいこともある。傷つくことはいくらでもある。それでも――。
それらの苦難に負けずに花を咲かせられるよう、この『きずな』を君に贈る。
「精が出るわね」
ヒロが半ば呆れるように感心しながら声をかけた。
「やあ、ふたりとも!」
「
「本当にありがとうございます、
「でしょうね。あたしだったら確実だし」
と、口には出さずに心のなかで呟くヒロだった。
「いいさ。誕生日用のブーケとして野菜として売るより高く売れたからな。うちにもちゃんと利益は出た。それになにより、話題になったことでカフェの名を売ることが出来た。こちらこそ礼を言う。ありがとう」
「それにしても、驚きましたよ。まさか、傷だらけであることを
「天才なんでね」
と、
「でも、本当、きずなというアイディアは素晴らしい。おれも自分の子供の誕生日に贈るつもりです」
「だからって、虫食いの野菜ばかり育てるなよ。それじゃ、本末転倒だぞ」
「わかってますって。今度こそちゃんとしたコマツナを育てて、まっとうに売りさばいて見せますよ」
新米農家は嬉々として山の斜面の畑を上って、下りて、また上った。
完
問題とするべき点がちがうだろ 藍条森也 @1316826612
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