五話 イカサマが問題? 問題なのはルールだ(下)

 そして、森也しんやとヒロはくだんのクラブにやってきた。

 例のギャンブラーは店を巻きあげはしたものの経営などには興味はなく、友人に店長を任せ、自分はその店で客を相手にギャンブルをして日銭を稼いでいるとのこと。

 「ギャンブル一筋というわけか。それでこそプロ。気に入った」

 「なにを呑気なことを言ってるのよ」

 「しかし、なかなかはやってるじゃないか。その店長とやらはやり手のようだな。なんなら、富士幕府にスカウトするかな」

 森也しんやの言うとおり、店は八割方が埋まっていた。そして、例のギャンブラーは……。

 「あいつだな」

 森也しんやはすぐに目星を付けた。

 その男が噂のギャンブラーであることはすぐにわかった。

 スーツ姿にいかにもな風貌。『生まれついてのギャンブラー』を名乗るだけあってそれらしいオーラがあふれ出ている。いましも巨漢の男を相手にポーカーの真っ最中。脂汗をにじませ必死の形相でカードを睨み付けていた男が、ふいに相好そうごうを崩した。自信満々の表情となった。

 「どうだ! 今度こそおれの勝ちだぜ。フルハウスだ!」

 と、カードをテーブルの上にバラしてみせる。そこにはたしかにフルハウスの手札が出来ていた。

 『どうだ!』とばかりに胸を張りながら巨漢の男が言った。

 「これでいままでの負けはすべて取り返してやれたぜ。ついでにこの店もおれのもんだ」

 まさに有頂天という言葉がぴったりくるような態度だった。それに対し、ギャンブラーは一言も発することなく静かに自分のカードを披露した。そこにあったのは――。

 Aのフォーカード。

 巨漢の男の眼球の血管がぶちギレた。白目部分が赤く染まった。

 「う、うそだ、ありえねえっ! こんな都合良くフォーカートが出るなんて……イカサマだな! てめえ、イカサマをやりやがっただろ!」

 「イカサマ?」

 ギャンブラーは『ガッカリした』と言いたげな態度で言った。

 「情けないことを言ってくれるな。賭け事にイカサマは付きもの。それを前提として読み合うのが楽しいのではないか。それができないならギャンブルをする資格などないぞ」

 その言葉に――。

 ヒロはあきれるやら、憤慨ふんがいするやらだった。

 「なに、あれ! 『自分はイカサマしてます』って堂々と言ってるのと同じじゃない」

 「いい台詞だ」

 憤慨するヒロの横で森也はうんうんとうなずいている。

 「ちょっと⁉」

 「お互い、イカサマ前提で勝負する。ある意味、これほど正々堂々たる勝負はないな」

 巨漢の男はギャンブラーにつかみかかろうとした。それより早く、用心棒だろう。悪役レスラーのような風貌の男がやってきて男をつまみ出した。

 森也しんやはギャンブラーに近づいた。ヒロも後につづいた。ギャンブラーは席に着いたまま優雅にカードをシャッフルしていたが、森也しんやの存在に気付くと声をかけた。

 「勝負したいのかね? やめておきたまえ。君は見たところいたって真面目な気質のようだ。ギャンブルの世界に足を踏み入れるような人間ではないはずだ」

 「忠告、感謝する。わざわざ、そんな忠告をしてくれるとはなかなかに紳士だな」

 「むろんだ。ギャンブルという真剣勝負を生業なりわいとするもの、常に紳士でなくてはならん」

 「いい言葉だ。感動したよ」

 「なにが紳士よ。イカサマしてこのお店を巻きあげたくせに」

 まるで、友だちを相手にしているかのような森也とは裏腹に、ヒロは憤慨したまま責め立てた。

 「この店?」

 と、ギャンブラーは眉を吊りあげた。

 「ああ。すると、君たちはあの男の関係者か。しかし、イカサマとは情けないことを言ってくれる。すべてのギャンブルはイカサマを前提にして成り立っているのだよ。いかに相手のイカサマを見抜き、自分のイカサマにはめるか。それこそがギャンブルという勝負なのだよ」

 「それはもう、聞いたわよ!」

 と、ヒロ。腕を組んでプリプリ怒っている。

 「まったく同感だよ。そこでだ、ギャンブラー卿。そう呼んでいいかな?」

 「もちろん。私はギャンブラーだからね。それ以外の呼ばれ方はしたくない」

 「では、ギャンブラー卿。黙って、おれと勝負してもらおう」

 「藍条あいじょう⁉」

 ヒロは驚きのあまり叫んだ。

 ――藍条あいじょうがギャンブル? 正気なの?

 森也しんやが賭け事とアルコールには手を出さないことをヒロも知っている。

 『おれは凝り性だからな。賭けと酒に手を出したら二度と抜けられなくなって人生、破滅させるのは目に見えている。だから、決して近づかないことにしている』

 そう公言しているし、実際に賭けと酒には近づかない。パチンコひとつやらないし、ビールすら飲まないのだ。

 その森也しんやが本物のギャンブラー相手に勝てるわけがない。

 いや、もちろん、どんなことにも興味をもつ森也しんやのことだからイカサマの知識それ自体はあるのかも知れない。しかし、いくら知識があったところで実戦で使ったことがないなら、いきなり出来るわけがない。まして、プロの目をごまかすなんて、そんな技術があるはずはなかった。

 ――それなのに、なに考えてるのよ、藍条あいじょう

 心のなかでそう叫ばずにはいられないヒロだった。

 ジロリ、と、ギャンブラーは森也しんやを見た。

 「私はすでに忠告した。君はギャンブルに関わるべき人間ではない。その忠告を無視して挑むつもりかね? 言っておくが、私は勝負を挑まれれば引きさがりはしない。そして、勝負となれば手加減は出来ない人間だ。なにしろ――」

 ギャンブラーは限りなき誇りを込めて言った。

 「生まれついてのギャンブラーだからね」

 森也しんやは笑みを弾けさせた。

 「いいね、その台詞。気に入った。ますます勝負したくなった」

 「忠告はした。にもかかわらず君は挑んでくる。となれば、私としても否やはないな。喜んで挑戦を受けよう。しかし、この店に見合う賭け金はもっているのかね?」

 「おれもとあるカフェの経営者だ。そのカフェを賭けよう」

 「藍条あいじょう⁉」

 ヒロが叫んだ。驚きのあまり、心臓が口から飛び出すかもと思えるような声だった。

 「いいだろう。店と店なら互角の勝負だ」

 「挑戦を受けてくれて感謝する。ただし」と、森也しんや

 「おれはあくまで素人だ。そこで、三つの条件を呑んでもらいたい」

 「三つの条件?」

 「ひとつは使用するカードだ。おれの用意してきたこのカードを使ってもらう。店で買ってきたばかりでまだ封も開けていない。これで勝負だ」

 「いいだろう。しかし、私にもそのカードを調べさせてもらえるんだろうね?」

 「もちろん。あなたにもイカサマを防止する権利はある。封を開けない限りはいくらでも調べてくれ」

 「よかろう。ふたつめの条件は?」

 「言ったとおり、おれは素人だ。ポーカーで勝負と言ってもルールもよく知らない。そこで、この店の店長からこの店のルールを説明してもらい、この店のルールに従って勝負する。それでいいか?」

 「もっともだ。承知しよう」

 「ありがとう。では、三つ目の条件だが」

 森也しんやはいったん、言葉をとめて店内を見回した。

 店内のすべての客がいまや森也しんやとギャンブラーのやり取りに注目していた。ニヤリ、と、笑みを浮かべると森也しんやは言った。

 「公平を期すためにディーラー役は客にやってもらう。いま、このとき、偶然、この場にいる客にな。そして、どの客をディーラーにするかはおれが選ばせてもらう。それでどうだ?」

 「いいだろう。本来、それらの条件は挑戦される側が出すものだが、私はプロ。君は素人。その差に免じて君の条件をすべて呑もう」

 「ありがとう。大した傑物だな。あなたは。では――」

 と、森也しんやは封も切っていないカードをギャンブラーに手渡した。ギャンブラーは入念に箱を調べたあと、森也しんやに返した。

 「納得した。たしかにこれはまったくの未使用品だ。封を開けていないことは確認できた」

 「けっこう。では、店長。この店のポーカールールの説明を」

 言われて店長がその場にやってきた。

 「カードチェンジは一回。レイズはチップがある限り無制限」

 「聞いての通りだ。この店のルールに従う。それでいいな?」

 「もちろん」

 「では、第三の条件。ディーラーとなる客を選ばせてもらう」

 森也しんやはそう言って店内を巡り歩いた。あちこちに視線を送り、壁やカウンターにいちいち手をついたりしながら目当ての相手を探す。

 「あなたにしよう」

 ひとりの男の前でそう声をかけた。

 「失礼だが、あなたはなんとも不器用そうだ。細工をすることもできないだろう。ぜひ、頼む」

 男は黙ってうなずいた。

 そして、勝負ははじまった。

 森也しんやに指定された男が箱の封を切ってカードを取り出し、一枚いちまい配っていく。ギャンブラーは表面的にはなにもかわらずその実、内心ではすでに勝利を確信していた。

 ――なかなか用心深いようだがしょせん、素人。この店の客は全員、私の仲間だ。タネは事前に仕込んでおくもの。勝負はその場につく前からすでにはじまっているのだよ。この男も不器用そうな見た目でカードテクニックは一流でね。望み通りの札を配ることが出来る。つまり、君の敗北はもう約束されているのだよ。

 ギャンブラーは配られたカードを手にとった。落ち着いた表情で確かめると三枚、チェンジした。森也しんやは――。

 「チェンジはなしだ」

 カードを見もしないでそう言った。

 「なんだと⁉」

 ギャンブラーが眉を吊りあげた。

 「カードを確かめもしないで、もういいと言うのかね?」

 「その通りだ。このままで勝負だ」

 森也しんやは自信満々の表情でそう答えた。

 ギャンブラーはチラリ、と、森也しんやに気付かれないほどわずかな視線でディーラー役の男を見た。ディーラー役の男はギャンブラーに比べれば百分の一も落ち着かない態度だった。

 ――ま、まちがいありません、おれはまちがいなくあなたにはスリーカード、この男にはノーペアになるように配った。それに、まちがいはありません。

 脂汗をにじませながら、視線でそう訴えている。

 ギャンブラーは森也しんやに視線を戻した。内心を見透かそうとするかのようにじっと表情を見つめた。そして、言った。

 「……恐ろしい男だな、君は。技術で勝てないとみるやハッタリで勝負に出たか。ディーラー役を探している間、不自然なまでにあちこちをさわっていたのも、私に警戒心を抱かせるため。そして、いまもその自信満々の態度で私に揺さぶりをかけている。

 『もしかしたら、途中でカードをすり替えたのではないか?』

 そう思わせることで、私を勝負から引きずりおろそうとしている。素人でありながらその度胸、その判断、まことに敬服する。しかし、君はひとつ、重大なことを忘れている」

 「重大なこと?」

 「そうだ。もし、ここで降りたらどうなる? 素人相手に勝負を降りるなどプロにとっては敗北以外のなにものでもない。つまり、君のハッタリに負けて勝負を降りれば、私の敗北確率は一〇〇パーセントだ。しかし、勝負をすれば少なくとも五割の確率で私が勝つ。となれば、私は勝負するしかないのだよ。君は自分で私が勝負を降りられないようにした。覚えておきたまえ。相手を追い詰めるときは逃げ道を残しておくものだと言うことを」

 「では、勝負だな?」

 「もちろんだ」

 「では……」

 そして、カードがオープンされた。

 ギャンブラーはカリーカード。

 森也しんやは――。

 ノーペアだった。

 「見たか! 私の勝ちだ! 私の判断は正しかった!」

 勝ち誇ったそのとき、ギャンブラーは気付いた。店内がシンと静まり返っていることに。。そして、全員の視線が一点に集中していることに。

 ――なんだ、なんなんだ、この不自然な沈黙は? それに皆、なにを見ているんだ?

 「うぷ。うぷぷぷぷ」

 こらえにこらえた笑い声が響いた。

 ヒロだった。ヒロが口元を押さえながら必死に笑いをこらえているのだ。

 「な、なんだ、なにがおかしい⁉ 気でもふれたか⁉」

 激昂げっこうするギャンブラーに向かって森也しんやが言った。

 「掲示板を見るんだな、ギャンブラー卿。もうみんな、気がついているぞ」

 「掲示板?」

 ギャンブラーは言われるままに店の掲示板を見た。そこには先ほどまではなかったはずの張り紙がされていた。その張り紙に書いてあることは――。


 本日、ポーカー逆転デイ!

  本日に限り、ポーカーの手札の強さが逆転し

 ます。


 そう書かれたあとに並べられた手札の順位。

 一番、下にあるのがロイヤルストレートフラッシュ、そして、一番、強いのは――。

 ノーペア。

 「見てのとおり。本日ただいま、この店のルールではノーペアが最強。そして、あなたはこの店のルールに従うことを承知した。つまり、この勝負はおれの勝ちだ」

 「ど、どういうことだ、店長! どうして、あんな張り紙がしてある⁉」

 「と、とんでもない! 私は知りませんよ、あんな張り紙……!」

 「落ち着けよ。あれは、おれの細工に決まっているだろう」

 「なんだと⁉」

 ギャンブラーの叫びに答えたのはヒロだった。

 「気付かないなんて、プロのギャンブラーって意外と間抜けね。藍条あいじょうがいかにも怪しいそぶりで店内を巡ってあんたたちの注意を引いてる間に、あたしが張り紙したのよ。もちろん、藍条あいじょうに言われてね」

 「イ、イカサマではないか⁉」

 激昂するギャンブラーに対し、森也は紳士然として言ってのけた。

 「イカサマ? 情けないことを言ってくれる。すべてのギャンブルはイカサマを前提にして成り立っているのだよ。いかに相手のイカサマを見抜き、自分のイカサマにはめるか。それこそがギャンブルという勝負なのだよ」

 ペタリ、と、ギャンブラーは座り込んだ。

 「ふ、ふふふふふ」

 口から奇妙な声がもれはじめた。全身が小刻みに震えている。

 「負けだ、私の負けだあっ!」

 森也しんやはカードを放り投げながら言った。

 「小手先の手品ではなく世界のルールそのものを根本から作り替える。それが藍条あいじょう森也しんや。地球進化史上最強の知性」

                 完

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