五話 イカサマが問題? 問題なのはルールだ(上)
「ばか! ばかばかばか! 大ばかよ、あなた!」
その悲鳴と共に皿やらコップやらが容赦なく夫の
「あんなに賭け事はやめてって言ったじゃない! もうやめたって言ってたじゃない! それなのにこっそりつづけててしかも、ポーカーに負けて店まで巻きあげられたなんて! どうするのよ! せっかく開いたお店なのよ! ローンだって丸々、残ってるのよ! 子供だってこれからどんどんお金がかかるって言うのに……これから先、どうやって暮らしていくのよ⁉」
「す、すまない」
妻を裏切り、嘘をついて賭け事をつづけ、そのあげくにすべてを巻きあげられたのだ。それ以外の言葉を言えるはずもなかった。
部屋中に響き渡る
それは、
「……まったく。賭けに負けて全財産巻きあげられるなんて単なる自業自得だろ。なんだっておれが手を貸してやらなくちゃならんのだ」
担当編集である
「奥さんがかわいそうでしょ!」
「そんな男と結婚するのが悪い」
「大体、なんで女というやつは自分を不幸にする男にばかり惚れるんだ? 現実的なくせにその点だけは抜けてるなんてどうかしてるぞ」
「ああ、もう、いいから! どうせ、最後には助けるんだから文句言わずにやってよね!」
「人になにかをやらせようと言うなら報酬を出せ。毎度まいどただ働きさせやがって」
「人生にはお金より大切なものがあるでしょ⁉」
「金で困ったことがないからそう言えるんだ。本当に金のない生活してみろ。そんなこと二度と言えなくなるぞ」
「ああ、もういい! とにかく、なんとかしてよね」
そんなヒロの叫びを乗せて――。
車は町のなかを走り抜ける。
小学生の頃にはすでにいっぱしのギャンブラー気取りで、近所の中高校生の不良相手に賭けの真似事。大学に入る頃には競馬、パチンコは言うに及ばず、夜なよなクラブに入り浸ってはカードにビリヤードと賭け事三昧。負けることはもちろん多かったが、勝つことも同じくらいあったので生活に困ることはなかった。
そんな日々をつづけていた頃、大学で
――おれの天使だ。
交際だのなんだの、そんな過程はすべてすっ飛ばして結婚を申し込んだ。
「賭け事をやめてくれたら……」
それが
「金輪際、やらない!」
就職もつつがなく決まり、大学卒業後、ふたりは結婚した。
「いつかは自分の店をもちたいな」
クラブ通いをつづけていた
「……この人もすっかり真面目になって賭け事からは足を洗ったみたいだし……」
そう思い、夫の夢に協力することにした。
そして、ふたりは夢に向かってコツコツと金を貯めはじめた。それは、傍目には夢に向かって努力する幸せな夫婦そのものに見えただろう。しかし――。
その裏では
嘘をついたわけではない。
「金輪際やらない!」
そう誓ったときには本気だった。
本当に、もう二度とギャンブルなどやらないつもりだったのだ。しかし――。
ひとたび覚えたギャンブルの味。そうおいそれとやめられるはずもない。
「これじゃ却って生活に困ることになる。そうだ。これは治療だ。二日酔いを迎え酒で治すのと同じだ。気持ちがおさまる程度にギャンブルをすれば……」
そう言い訳して、馴染みのクラブに向かった。久々のポーカー。そこで味わう刺激と興奮。もう止まらなくなった。止められなかった。連日連夜、クラブに通うようになった。最愛の妻をだまし、嘘をつき、ギャンブルに現を抜かす日々。
それなりに腕の方はよかったので勝ったり負けたりを繰り返していたので大損することはなく、バレずにいた。
そして、数年。
子供も生まれ、ついに開店資金が貯まったことで自分のクラブをオープンした。ところが――。
オープン間もなくやってきたひとりの男。生まれついてのギャンブラーを名乗る男と出会ったとき、すべては暗転した……。
「でっ? 要するに、その男にポーカーでぼろ負けして全財産、巻きあげられたわけだな」
話を聞き終えて
「なんだって、わざわざそんなギャンブラーと勝負したりしたんだ?」
「それが……生まれついてのギャンブラーだといろいろ自慢されているうちにどうしても勝負したくなって……」
ボソボソとそう言う
――まあ、当然よね。
ヒロもそう思う。
――って言うか、あたしだったら本当に殺しているかも。
大学時代は剣道全国大会常連だった猛者である。竹刀一本その手にあれば、人のひとりぐらい叩き殺せる。
まったく、
――男を見る目がないって、女にとっては致命的な欠点なのかもね。
そう思わずにはいられないヒロだった。
「しかも、店を巻きあげられるまでつつづけるってのはどういうことだ?」
「それが……最初にどんどんチップをつりあげられて大負けしてしまったもので、なんとかして取り返さなくちゃと思っているうちに……」
「あほうが」
もとより、
「まあ、とにかくだ。せっかくきたんだ。何とかしてやらないでもない」
「とは言え、同じことを繰り返すのはきらいでな。ここでおれが店を取り返すなりなんなりしたところで、またぞろギャンブルに狂って散財したらなんにもならない。そうさせないために……」
「今後、一切の財産管理は
その言葉に対する
「もう二度とご面倒をおかけしたりはしません。ですから、今回だけは助けてください。もし、もう一度、同じことを繰り返したら……私が責任をもって殺します」
「いやあ、いいね、あの妻君は」
ヒロの運転する車で
「……なにを喜んでるのよ」
「なにって、いきなり『わたしが責任をもって殺します』だぞ。そこまで言いきれる女、そうはいない。いや、気に入った。これは、きちんと店を取り戻してやらないとな。そして、
「……この、悪魔」
「天才だ」
そんなふたりのやり取りを乗せたまま――。
ヒロの運転する車はクラブに向かう。
’※イカサマが問題? 問題なのはルールだ(下)につづく。
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