9章
第105話 ペトラからの急務
特設新鋭軍の労働環境はガラリと変化した。
元々帝国軍の中枢で指揮をとって者が数多くこちらに加わったことが大きい。さらに、フィルノーツ士官学校に所属していた学生たちも、ある程度の素養を持っていたことから、職務に順応するのが、想定以上に早かった。
ピリついた組織内の空気も、随分と緩和された。
俺の手腕ではない。
これも全て、ヴァルトルーネ皇女のお陰である。
「アルディア、こっちよ!」
早朝の呼び出しを受け、俺は特設新鋭軍魔導部門の者たちが集まる仮設拠点に赴いていた。
帝都から少しだけ場所。
海岸沿いに位置するノクトという港町の近郊には、最近、謎の傭兵団が出没するという噂があった。その調査をするため、特設新鋭軍の一部が派遣されたのだが、
「ペトラ、俺は暇じゃないんだが」
何故、俺までその調査に加わらなければならないのだろうか。
不満を垂らすも、ペトラは優雅に金髪を揺らして、微笑む。
「安心して、ヴァルトルーネ様に許可は取ってあるわ!」
「俺にも許可を取ってくれ……」
本当に急だった。まだ、書類作業も山積み。
専属騎士は戦闘面以外にも、やるべきことが沢山ある。もう少し気を遣って欲しいところなのだが、ペトラにそれを注意したところで、きっと聞き入れてもらえる可能性は限りなく少ない。
「だって、アルディアに言っても、絶対許可くれないじゃない」
「忙しいからな」
「だから、ヴァルトルーネ様の方に話を通しておいたの!」
……確信犯だった。
それならもう、許可とか云々の話ではない。
それに、もう現場に来てしまったのだから、このまま何もせずに帰る気にはなれなかった。
諦めて、俺はペトラに概要の説明を要求した。
「それで、今日はどういう任務なんだ?」
「聞いているでしょう。例の傭兵団についてよ」
「具体的に何をすればいい?」
「簡単よ。その傭兵団を引っ捕まえて、何を企んでいるのかを吐かせるだけよ」
穏やかな話ではない。
傭兵団の噂については、軽く伺った程度。
何か悪いことをしているという情報はこちらに回って来なかった。
「危険な連中だとは聞いていないが」
「情報統制しているもの。特設新鋭軍内部の情報は、例え専属騎士のアルディアであっても簡単には知れないものってこと」
「なるほど」
彼女の言う通り、俺は特設新鋭軍の一員ではない。
ヴァルトルーネ皇女の専属騎士という身分なので、どこの組織に属しているとかでもない。
特設新鋭軍に関して、大まかなことは把握しているが、その細部まで何もかもを知っているわけではない。
「で、そんな部外者の俺は、その傭兵団の連中と一戦交えればいいのか?」
ペトラは首を横に振る。
「ところが、話はそんなに単純じゃないのよ。見なさい」
ペトラに促され、仮設拠点の方に目を向ける。
改めて見て思うことは、調査というにはあまりにも大掛かりであるということだった。
特設新鋭軍の魔術師ばかりであるが、小国と軽い争いが出来そうなくらいに準備が整っている。派手な行軍をしていることを考えると、単なる調査とは思えないものである。
「これだけの人員、物資を投入して、私たちがアルディアに戦闘を任せっきりにするわけがないわ。これはね、エピカさんの指示によるものなのよ」
「エピカ卿の……」
「ええ、なんでも、その傭兵団がスヴェル教団についての重要な情報を握っているらしくてね。敵か味方かは、まだ分からないんだけど、取り敢えず吐かせるものは吐かせてこいって」
無鉄砲な作戦である。
そんな無茶な内容を任務に組み込むことがまかり通るのかと疑問に思ったが、そのエピカは元々帝国軍の魔術兵師団長であることを思い出した。
そりゃ通るか……。
「まあ、話した通り強引な作戦だからアルディアの協力が欲しかったってわけ。得意でしょ、頑固者の口を割らせるの」
……はぁ、俺はその傭兵団の噂とエピカの突発的な思いつきに振り回されたというわけか。任務が終わったら、文句の一つでも言いたくなるような気分だ。
それに不本意な認識を受けていることもどうかと思う。
「他に質問は?」
「いや、特にはない」
「そう、なら今回の作戦の指揮を取る子たちと挨拶でもしてきてちょうだい。あそこのテントに全員揃ってるだろうから」
そう言い残して、ペトラはどこかへ行ってしまった。
彼女自身も指揮する立場。
色々と忙しいのだろう。
──仕方ない。行くか。
ペトラに言われた通り、俺は指揮官たちが集まるテントの方へと足を進めた。
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