第104話 契約成立
エピカ=フォン=ダリウス。
ルドルフ=フォン=アーガス。
帝国の内情に明るくなくとも、この二人の名を知らない者は殆どいない。
帝国軍の輝かしき活躍の立役者。
共に魔術師団長、騎兵師団長を務める彼らは、その名に恥じない活躍をしている。
帝国軍を語る上で、なくてはならない存在なのだ。
そんな彼らは、
「お久しぶりです。ヴァルトルーネ様」
「ご無沙汰です、陛下」
帝国軍を抜けようとしていた。
▼▼▼
対面した時の空気はとても重かった。
というのも、俺とリツィアレイテが異様に緊張していたからである。
リツィアレイテは、以前帝国軍に属していたことから、彼らのことは勿論知っている。彼女の所属は騎竜兵師団だったので、直属ではないものの、頬の強張りが抜けきれていないのは明らかであった。
……そして、俺もかなりガチガチに固まっている。
理由はリツィアレイテのものとは全く違う。
今世において、俺はこの二人との接点はあまりなかった。チラリと顔を見た程度、挨拶を交わした程度。
それほどまでに関わってはこなかった。
しかし、俺はこの二人のことをちゃんと知っている。
戦い方も、性格も、血の色も……。
俺は過去にこの二人を殺したから。
戦乱の世であったとはいえ、剣で無慈悲に切り刻んだ。
彼らの肉片をバラバラに飛散させた。
そんなことがあったのだ。
気まずくて仕方がない。
勿論、向かい合う二人はそんなことは知らない。この世界では、まだ起こっていない悲劇であるのだから、知らないのは当たり前のことだ。
このことを知っているのは、俺とヴァルトルーネ皇女だけ。
口が裂けても言えないことだ。
「それで、ヴァルトルーネ様の横にいるのが……ああ、専属騎士のアルディア卿。それから、今まで恵まれなかった天才騎竜兵のリツィアレイテ……」
エピカは素直にそう言葉をぶつけてくる。
特に反論はない。
値踏みするような視線を受けながらも、俺は顔色を変えないように心掛けた。
「アルディア=グレーツです」
「私はリツィアレイテです」
俺とリツィアレイテが名前を告げると、エピカとルドルフは軽く会釈を返してきた。
「よろしくね、二人とも」
「今後は世話になる」
やはり、二人は既にヴァルトルーネ皇女が囲い込みに成功している。接し方も心なしか、柔らかいもののように感じた。
「それにしても、ヴァルトルーネ様は、いかにも強そうな人たちを揃えているのですね」
口を開いたエピカは、指で髪を巻きながら告げる。
「そう思う?」
「ええ……それも、恐ろしい程に、ね」
「そうかもしれないわね」
交わした言葉に含まれた意味は非常に曖昧なもの。
そのままエピカは姿勢を楽なように崩した。
「まあ、その話は後回し。今後は共に働くんですから、話す時間は沢山ありますもんね」
微笑み、その場を立ち去るエピカ。
こちらに視線を向けないまま、手だけをヒラヒラと振っていた。
「ルドルフ、後は全部任せるわ」
「おい!」
「昨日は夜遅くまで働いていたから、寝不足なのよね〜」
掴めない人だ。
ルドルフは若干苛立ちめいた表情を浮かべたが、慣れっこなのか深いため息を吐き、首を振った。
「たく。あいつは相変わらず身勝手な性格だ」
苦労人だなぁ。
自由人に振り回される側は、こちらが想像している以上に疲労を溜め込みやすい。
立ち去ったエピカの後には、静かな空気が漂っていた。
緊張感も、何もない。
エピカという衝撃的な女性が全てを掻っ攫っていった。
やがて、ヴァルトルーネ皇女は口を開く。
「ルドルフ、こちらは貴方が情報を共有してくれれば構わないわよ」
「はぁ……そうですね」
エピカやルドルフが多忙であるのは簡単に想像できる。
彼女の告げた「寝不足」というのも、的外れな内容ではないのだろう。
それを態度に表さなかっただけ。
……本当にそうなのかは、彼女にしか分からないが。
「陛下、僭越ながら申し上げると……あの女の適当な性格を矯正した方がいいですよ」
「苦労しているのね」
「はい。他の人が想像している以上に」
「そうね……考えておくわ」
まあ、ヴァルトルーネ皇女なら放置しそうだな。
ルドルフの願いが叶うのは望み薄。
その長い付き合いをかれからも継続していってほしい。
「それで、ルドルフ。話は戻るけれど、貴方とエピカは特設新鋭軍に加入することになった。それに伴って、配属先も決まったわ」
ヴァルトルーネ皇女が手を後方に差し出す。
「リツィアレイテ」
「はい、こちらです」
リツィアレイテは特設新鋭軍の配属に関する資料をヴァルトルーネ皇女に渡した。
「……そう、空きポストはかなり多いのね」
「そうですね。統括部門や士官候補生育成部門の上位役職は埋まっていますが、一般兵部門、魔導部門、騎竜部門などの戦闘職代表となる人が決まっていません」
「なるほど。リツィアレイテ、貴女はどう思う?」
「はい。ルドルフ卿には、一般兵部門の代表。エピカ卿には、魔導部門の代表を務めてもらうのが一番適切かと思います。帝国軍から他にも人を連れてくるのなら、尚更でしょう」
テキパキと話を進める二人。
そんな中で、ヴァルトルーネ皇女は俺の方にも視線を向けてくる。
「ねぇ、アル。騎竜部門だけれど、帝国軍騎竜兵師団長をトップに据えるのは、どう思う?」
ルドルフ、エピカが特設新鋭軍の中枢を支えるのであれば、そちらに声をかけることも可能性としてあり得てくる。
だが、これは迷いなく答えられる。
「適切ではないと思います。彼を抱えるのは、リスクが大きいですから」
「そう……分かったわ」
考えをまとめたヴァルトルーネ皇女は一息吐いてから、ルドルフに手に持っていた資料を差し出した。
「ということで、貴女たちは特設新鋭軍が新たに設立した部門の代表になって貰うわ。その他の兵師団長とは恐らく一緒になることはなくなるけれど、質問はあるかしら?」
その資料にルドルフは手を伸ばす。
そして、真剣な顔で真っ直ぐその資料を眺めた。
「いや、異論、質問はありません。それで納得致しました」
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