第103話 組織の再構成
帝国軍には大まかに5つの分類がある。
・最もスタンダードな兵士を寄せ集めた、歩兵師団。
・機動力と見回りに優れた、騎兵師団。
・鉄壁の守りを見せ、要塞の防衛に欠かすことのできない、重装兵師団。
・攻撃、防衛、支援など幅広い作戦遂行が可能な魔術のスペシャリスト、魔術師団。
・帝国軍の伝統的な強さの象徴、騎竜兵師団。
所属ごとにそれぞれの個性は色濃く反映される。
それは、部隊内の雰囲気でもそう。
例えば、実力よりも家柄を優先する風潮のある騎竜兵師団。その中の騎竜兵隊の一つに所属したならば、平民などに大きな機会は訪れない。
──リツィアレイテが、その一例だ。
「着いたわ」
帝城から少し離れた場所にある館。
門の前にいた帝国の兵士はヴァルトルーネ皇女が現れるなり、その鉄格子の門を開いた。
「さあ、行きましょう」
当たり前のように前に進んでいく。
俺とリツィアレイテは言われるがままに付き従う。
この場所は有名なところだ。
館に続く長い道、広大な中庭には杖を持った女性の銅像が立っていた。
「ダリウス侯爵家の持家……ここ、帝国軍魔術師団長の滞在場所です」
リツィアレイテは早々に勘づいたようだ。
そう、ここは帝国軍のトップ、魔術師団を統べる要人の一人、エピカ=フォン=ダグラスが寝泊まりしている館だ。
「ルーネ様、まさか……!」
「そのまさかよ。エピカには特設新鋭軍に入ってもらうわ」
衝撃的過ぎる話だ。
しかし、門兵が軽々しくヴァルトルーネ皇女を通したのを拝見するに、事前に話し合いの場を設けているのだろう。
──向こうも乗り気なのか?
分からない。
ヴァルトルーネ皇女の発想も驚きであるが、なによりエピカの判断が理解出来ない。
彼女とは前世で会ったことがある、敵同士として……。
あの時も、彼女は魔術師団を率いていた。
あの厄介な魔力量は忘れられない。
無数に飛んでくる魔術の雨。
実力は、リツィアレイテに少し劣るくらい。しかし、今現在のリツィアレイテよりはほんの少しだけ強いだろう。
魔術においての天才。
エピカとは、帝国軍でも大きな存在感を残していた。
「ルーネ様、エピカ卿が軽々しく帝国軍を離れるとは思えないのですが」
誰もが疑問に思う所。
彼女がいなければ、帝国軍の一翼が大きく揺らぐ。
「安心してちょうだい。エピカだけではないわ」
「はい?」
「もう一人いるという意味よ。騎兵師団長のルドルフも、今回こちらに引き込む人物なの」
斜め上の解答だ。
確かに、今の帝国軍にかつてほどの力は存在していない。
ヴァルトルーネ皇女は特設新鋭軍を優先的に動かして、組織としての地位の転換を促している。
それにしたって、帝国軍が長年この国を支えてきたという事実に変わりはない。
だからこそ、そうも簡単に中枢に位置する人間を動かせるのかと思ってしまった。
「ルドルフ卿……! あの方は確か、帝国軍内では特にヴァルトルーネ様に好意的な方だと記憶しています。憶測の域を出ない噂みたいな側面もあったと思いますけど」
リツィアレイテの答えに、俺も気付いた。
「鋭いわね。そう、私はもう彼らのことを手の内に収めているわ。今回は異動後の事後確認をするためだけなのよ」
ヴァルトルーネ皇女の言葉からして、これは規定事項。
前々から布石を打っていたのだろう。
忙しなく皇帝としての業務をこなしながら、こうしたところにも抜かりなくアプローチをかけていた。
別件の仕事に手を取られていた俺は、全く気付けなかった。
「一体、どうやって……?」
「簡単な話よ。元々帝国軍の業務遷移も、人材異動も、私が皇帝となったのを機に彼らと共に計画していたこと。帝国軍は歴史ある組織だけれど、その分古い考えの貴族や縁者が多くを占めている。そんなもの、扱いにくくて手に余るわ」
だから、優秀な人間を特設新鋭軍に移していくのか。
帝国軍には、保守的な考えを持つ貴族、その縁者を残す。
伝統を重んじる者たちにとって、特設新鋭軍など認めるに値しない組織。
そういう者たちは、進んでこちらに入ってきたりはしない。
その結果、帝国軍は、体の良い隔離施設みたいな存在になると。
「なら、抜け殻になった帝国軍は……」
「暫くはそのまま。名ばかりの組織になるけれど、色々と都合が良いから残しておいて損はない」
「実質的に特設新鋭軍を新たな帝国軍に据えるのですね」
「ええ、帝国軍は貴族が幅を利かせていた分、軍費の無駄も多かったから、費用の圧縮にもなるのよね」
ヴァルトルーネ皇女の考えは当初から変わっていない。
彼女はこのヴァルカン帝国をより良い国にしたいと願っている。
そのためならば、悪しき伝統などは切り捨てる覚悟がある。
後世に託す明るい未来を望むからこそ、彼女は進み続けられる。
「感服しました。ルーネ様」
「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいわ」
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