第102話 それはもう過去の話



 フィルノーツ士官学校の生徒たちが特設新鋭軍への配属が決まり、人員補充は順調。ヴァルトルーネ皇女の挨拶も終わり、俺とヴァルトルーネ皇女は、次に会うべき者たちの所へと向かう。

 

「ヴァルトルーネ様、アルディア卿」


 途中、リツィアレイテとの合流も行った。

 彼女は、特設新鋭軍のトップ。

 故に、これから会う面々との最初の話し合いに参加するのは当然のことであった。


「それで、引き入れた人たちのことだけれど」


 歩みを進める最中、ヴァルトルーネ皇女はこれから会う人物についての話を切り出す。

 俺もその部分は気になっていた。

 帝国軍とはいえ、その規模はかなり大きい。

 誰が入るかは特に重要だ。


「アルとリツィアレイテ将軍は、会ったことがある人たちだと思うわ」


「え?」

「はい?」


 告げられた一言に思わず二人して驚いたような返事を返してしまった。


「あのルーネ様」


「何かしら?」


「俺が会ったことがあるというのは……」


「ええ、大物という意味よ」


 ──大物、つまりは帝国軍でもかなり上層部の人間ということ。

 特設新鋭軍の設立の際には、何人かと顔を合わせた記憶がある。

 しかし、それだけのポストに収まっている人間が、こんなにも簡単にこちら側に流れてくるものだろうか。

 考えにくい話だ。


 例えば、帝国軍に所属していて俺が今、最も関わりのある人物といえば、騎竜兵隊副隊長のリーノス。

 かなり気難しい性格で、馴れ合いは好きではなさそうな雰囲気。

 そんな彼が特設新鋭軍に加入するというのはあり得たりするのだろうか。


 脳内で、彼が特設新鋭軍に加入するシチュエーションを思浮かべる。



『はぁ、ヴァルトルーネ様はともかく、アルディア=グレーツ、それからそこの女。何故、貴様らのような平民と一々顔合わせなどしなくてはならないのだ』


『ふん、何故この俺が平民の下で働かなければならないのだ! 帝国軍にいる方がまだマシだと言えるぞ』


『貴様の命令に従い、頭を下げるなど死んでもお断りだ』



 ──ないな。絶対にリーノスは特設新鋭軍に入らない。

 脳内で思い浮かべただけでも、彼がリツィアレイテの傘下に入り、大人しく指揮されていることが想像出来ない。

 まず、彼は何より貴族としての誇りがある。

 貴族、平民の入り混じる特設新鋭軍は、彼にとって居心地の良い職場とは言い難い。

 

 ヴァルトルーネ皇女の命令となれば、話は変わってくるが、彼女が無理やり囲い込もうと躍起になるとは思えない。


「見当も付きません」


「私もです」


 俺とリツィアレイテは互いに思い当たる節がなかった。

 そんな俺たちを見て、ヴァルトルーネ皇女は苦笑いを浮かべる。


「会えば分かるわ」


 そう言って、俺たちの前を歩く。

 

「アルディア卿、分かりますか?」


 リツィアレイテは眉を顰め、怪訝そうに聞いてくる。

 俺は、当然分からない。

 基本的に帝国軍の人との関わりは薄い。

 特設新鋭軍とは、リツィアレイテやフィルノーツ士官学校の友人が多くいることから、共に仕事をする機会は多数あるが、基本的に俺はヴァルトルーネ皇女の専属騎士。

 彼女の下で働くことが最優先だ。


「分かりませんね。帝国軍の人だと、リーノス卿、ドルトス卿辺りとは、時々顔を合わせますが……他の方となると、殆ど話す機会すらないです」


「そうですよね。私は過去に騎竜兵隊に所属していましたが、ひょっとしてその頃同じ隊で働いていた方でしょうか?」


 リツィアレイテを呼び出した時に、俺は彼女の所属している騎竜兵隊の訓練所に赴いたが、お世辞にもヴァルトルーネ皇女が気にいるような人はいなかったように思う。


「……きっとそれは、ないと思いますよ」


「どうしてですか?」


「あの隊は貴女の価値を正確に把握していなかったので、そんな方々では、到底ルーネ様の目に留まることはありません」


「──ありがとう、ございます」


 リツィアレイテの実力は伸び代も考慮すれば、破格のものだ。

 それを知らずに、彼女を雑兵の一人として数えていたあの隊に魅力的な者がいるはずがない。

 いや、一人いたか。

 リツィアレイテと共に、特設新鋭軍の最前線で活躍しているブラッティが。

 しかし、彼女はもうこちらにいる。

 となれば、過去に二人が所属していた隊に人を求める理由はない。


「俺は当然の評価をしたまでです。あの隊の中で、俺の目には貴女しか映らなかった。それは、リツィアレイテ将軍だけがあの場で輝いて見えたからです」


「そ、そこまでですか……?」


「ええ、槍捌き、騎竜の扱い、統率者としての資質……どれを取っても、貴女以上の逸材は見つかりませんよ」


 まだまだ経験深いとは言えない。

 それでも、今現在、リツィアレイテは急速に実力を伸ばしている。

 かつて、俺と互角に渡り合ったリツィアレイテと同等か……もしくは、それ以上に強くなるものだと思っている。

 

 リツィアレイテは顔を反対側に向ける。

 その表情を窺えないが、耳が少し赤くなっているような感じがした。


「その……アルディア卿。私は、貴方に見つけてもらえて良かったです。貴方に出会えたことで、私の人生は大きく変わりました」


 リツィアレイテらしくないくらいにか細い声で、彼女は言う。

 感謝されるようなことはない。

 彼女の実力を買ったから、彼女に会いに行ったのだ。


「あの時、会いに行かなくとも、いずれ巡り合っていたと思いますよ」


「そ、それって?」


「それだけ、俺はリツィアレイテ将軍のことを凄いと思っています。貴女が女性だろうと、平民だろうと……その実力があれば、遅かれども上に立つ存在になったはずですから」


 間違いない。

 過去にヴァルトルーネ皇女の専属騎士になれるほど強いリツィアレイテに、一般兵としての人生など似合わない。

 自分の槍の腕に誇りを持ち、その真っ直ぐな気持ちを貫き通して貰いたい。心の底から、そう思う。

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