魔法学校の王様ゲーム

亜逸

魔法学校の王様ゲーム

 どうしてこんなことに……リアナはそう思わずにはいられなかった。


 全寮制のマギエス魔法学校。

 その一室で行なわれている王様ゲームに、リアナは強制参加させられていた。


 参加人数はリアナも含めてちょうど一〇人。

 そしてその中には、リアナの幼馴染であり、今現在に至るまで絶賛片思い中の相手でもあるエルランの姿があった。


 もっとも幼馴染とはいっても、マギエス魔法学校の主席魔法使いであるエルランと、魔法使いとしては平凡の極みである自分とでは、校内におけるヒエラルキーは天と地ほども差がある。

 引っ込み思案なリアナに、ヒエラルキーの頂点に話しかける度胸などあるはずもなく、最近では幼馴染を名乗ることすら烏滸がましいと思えるほどに、エルランとは疎遠になっていた。


 その想い人と、同じ部屋で王様ゲームを行なう。

 普通ならば胸の一つや二つ踊らせる場面かもしれないが、主催者がリアナをゲームに強制参加させた〝彼女〟である手前、そんな気には微塵もなれなかった。


〝彼女〟――マリィは、事あるごとに陰でリアナに嫌がらせをしてくる、リアナからしたら極力関わりたくない類の人間だった。


 マリィは、ヒエラルキーにおいても頂点であるエルランの次くらいの立ち位置なせいか、常日頃から本人の耳に届かないところで「エルランにふさわしい人間は私しかいない」と豪語しており、ヒエラルキー下層のくせにエルランと幼馴染であるリアナのことを露骨に嫌い、露骨に見下していた。


 これでもしエルランに片思いしていることをマリィに知られてしまったら……いったいどんな嫌がらせをしてくるのか想像もつくないし、想像したくもなかった。


 そんな天敵のような相手と、絶賛片思い中の相手と、同じ部屋で王様ゲームを行なう。

 本当に、心の底から「どうしてこんなことに」と思わずにはいられなかった。

 これから行なう王様ゲームが、頭に「魔法学校の」がつく代物だから、なおさらに。


「これがクジになるわ。別に細工なんてしてないけど、後で難癖をつけられるのも面倒だから好きなだけ調べてちょうだい」


 そう言って、マリィは羽根ペン程度の長さの木棒を、皆が囲っているテーブルの上に置く。

 数は一〇本。

 それぞれ先端付近に一から九までの数字と、王様を示す王冠のマークが刻まれていた。


「魔法細工の確認なら、ここは主席魔法使い様の出番だろ」


 エルランの隣に座っていた、彼の友人と思しき男子が、無駄に高いテンションで言う。


「わかったよ」


 と答えるエルランの声音は、普段と変わらず落ち着いているが、


(エルランくんも、この王様ゲームには乗り気じゃないんだ……)


 幼馴染であるリアナには、自分と同じように彼も嫌々参加させられていることを、わずかな抑揚の違いだけで看破していた。

 おそらくは、今隣に座っている友人に頼み込まれたか、主催者であるマリィに頼み込まれたかの、どちらかだろうとリアナは思う。


 ここぞというところでは「NO」と言えても、こういう些細な頼み事には「NO」とは言えないところは昔と変わっていない。

 そのことをつい嬉しく思っている間に、エルランは木棒クジを調べ終える。


「木棒全てが手彫りだったから疑ってかかったけど、『』というまじない以外の魔法細工は一切ないことを、僕が保証するよ」


 主席魔法使いのお墨付きを得られたからか、マリィは満足な笑みを浮かべていた。


「それじゃ、次は皆でこの紙に王様の命令を書いてちょうだい」


 続けてマリィは、上半分に「○番が□番」と書かれ、下半分には余白が拡がる紙を皆に配る。

 ○番□番にはクジの番号を、下半分の余白にはマリィの言葉どおり王様の命令を書き記すものであることは言に及ばないが、


(……やっぱり、この紙にも『絶対遵守』のまじないが施されてる……)


 紙を手に取りながら、リアナはため息を噛み殺す。

 これが、魔法学校の王様ゲームの恐ろしいところだった。


 まじないの力のせいで、王様の命令は守らなければならない。

 それゆえに「○番が□番の秘密を暴露しろ」と王様に命令された場合、□番の秘密をこの場にいる全員に話さなければならなくなる。

 たとえそれが、人間関係を壊すような秘密であったとしても。


 そんな恐ろしいことはリアナには絶対にできないので、「○番が□番にデコピンをする」という、あまりひどくはないけど罰ゲームとしては充分成立する命令を紙に書き記した。


 その後、紙に書き記した命令を全員が目を通し、無理難題が混じっていないことを確認したところで、折りたたんだ紙を全て、魔法による透視ができない箱の中に入れてシャッフルする。

 一〇本の木棒クジも透視不可の筆立てに差し込んだところで、いよいよ王様ゲームが開始する。


 まずは主催者であるマリィから順番に木棒を引いていき、全員に行き渡ったところで、一斉にクジの結果を確認する。


「やった! あたしが王様だわ!」


 王冠マークのクジを引いた女子の一人が、喜色の声を上げる。

 自然、それ以外の九人全員に緊張が走る。


「命令は何になるかな~」


 王様となった女子はウキウキしながら、命令紙の入った箱をまさぐり……一枚取り出す。


「これは……まあ、最初としては打ってつけよね~」


 ニンマリと笑いながら、皆に「○番が□番のほっぺたにキスをする」と書かれた紙を見せつけた。

 途端、九人の間に先程とは違った緊張が走る。


(こ、これってもし……わたしとエルランくんの番号が指名されたら……)


 嬉しさ以上に恥ずかしさが勝ったリアナは、フルフルとかぶりを振る。

 するにしてもされるにしても、皆の前でほっぺたにキスは恥ずかしすぎる。

 結局、自分の番号――七番を指名されないことを祈るリアナだった。


「そうね~……五番の人に、二番の人のほっぺたをキスしてもらおうかしら」


 王様の命令が下されると同時に、命令紙に書かれた○番の○に「五」の数字が、□番の□に「二」の数字が浮かび上がる。

 ほぼ同時に、エルランの隣に座っていた男子が勢いよく手を上げる。


「はいはい! 二番! 俺二番!」


 そう叫ぶ男子の顔には「頼むから五番には女子がきてくれよ!」と、はっきりしすぎるくらいにはっきりと書かれていた。


 男女比率はちょうど五対五。

 当の男子と王様の女子を抜いても確率は五分五分のままなので、決して分は悪くないと言いたいところだが。

 お約束というべきか、女子からのキスを期待する男心を弄ぶように、別の男子がげっそりとした顔をしながらも、手の代わりに五番の木棒を上げた。


 一分後――


 項垂れている男子二人と、バカウケしている女子たちを尻目に王様ゲームが再開する。

 以降、それなりに笑える感じの罰ゲームばかりが続き、気がつけばリアナもそれなりに楽しんでいたところで、は起きた。


「ふふん。やったわ」


 マリィが勝ち誇った笑みを浮かべながら、王冠のマークが刻まれた木棒を皆に見せびらかす。

 なぜか胃を締めつけられるような感覚に襲われたリアナは、その手に持っていた三番の木棒をぎゅっと握り締めた。


 主席魔法使いであるエルランが確認している以上、魔法による細工は不可能。

 運以外で、マリィがリアナの木棒の番号を言い当てることはできない。

 運悪く当てられたとしても、罰ゲームは遊びの範疇でそこまでひどいものはないので、そうひどい目には遭わないはず。

 なのになぜか、嫌な予感がする。


「罰ゲームは、っと……なぁんだ。私が書いたやつじゃない」


 残念そうに言いながらマリィが箱から取り出した命令紙には、「○番が□番に愛の告白をする。但し、告白された側は本気で応えること」と書かれていた。


 好き嫌いに関係なく実行される告白。

 言ってしまえば、振られることを前提にしたよくある罰ゲームだった。

「但し、告白された側は本気で応えること」という文言がなければ。

 そしてそれが、リアナにとっては何よりも恐ろしい命令だった。


(もし、わたしがエルランくんに告白するなんてことになったら……)


 オーケーしてもらえるかも――などと、お花畑な思考はリアナにはなかった。

 幼馴染としての付き合いがあったとはいっても、それはあくまでも子供の頃の話。

 マギエス魔法学校に入ってからは疎遠になっていることを考えると、少なくとも、エルランはこちらのことをただの幼馴染以上には思っていないはず。


 振られる未来しか見えなかった。


 片思いが、失恋に変わる予感しかしなかった。


(お願いだから、わたしの番号とエルランくんの番号だけは呼ばないでぇ……)


 そんな祈りも虚しく、まるでリアナとエルランの番号をあらかじめ知っていたかのように、マリィは口の端を吊り上げながら言う。


「それじゃ、三番の人には四番の人に愛の告白をしてもらうとしましょうか」


「「え?」」


 リアナとエルランの声が重なる。

 それだけで察した皆が、「どっちがどっち~?」と盛り上がり始める。


 頭が真っ白になったリアナが呆然とする中、エルランが観念したように「四」の数字が書かれた木棒を上げる。


「四番は僕だ」


 直後に聞こえてきたのは「おぉ~!」と「あぁ~……」、二種類の歓声だった。


 校内のヒエラルキーの頂点ゆえに、エルランが女子から告白されたのは一度や二度ではない。

 その度にエルランは「学校を卒業するまでは、色恋にうつつを抜かすつもりはない」と応えていた。


 しかし、今回の罰ゲームには「但し、告白された側は本気で応えること」という文言が入っている。

 そして相手は、幼馴染のリアナときている。

『絶対遵守』のまじないがかかっている以上、ひょっとしたらひょっとするかもしれない――そんな期待があったからこそ「おぉ~!」と「あぁ~……」、二種類の歓声が上がったのであった。



 ◇ ◇ ◇



(な~んて周りは勝手に盛り上がってるけど、エルランがリアナ如きの告白を受け入れるなんて、あるわけないでしょ)


 愉しげな笑みを頬に貼り付けながらも、マリィは冷めた調子で内心独りごちる。


(エルランに告白した女子の一人が、振られた後に他に好きな女子がいるのかどうかと問い質した際に、彼がはっきりと「いない」と答えていたことは、とっくの昔に調べがついているわ。だから……)


 今度は、心の底から愉しげな笑みを浮かべながら、涙目になっているリアナに視線を移す。


(さっさと告白して盛大に振られて私を愉しませない、リアナ。あなたがエルランの幼馴染という身だけでは満足せず、分不相応にエルランを慕っていること、私が見抜けないとでも思って?)


 魔法使いとしては平凡。

 校内のヒエラルキーも下層。

 その程度の分際で、エルランの幼馴染というポジションにいる。

 その事実が許せなかった。


 だから、リアナの教科書を隠したり、魔法道具を持ち運んでいる時にわざとぶつかって駄目にしたりして、彼女に嫌がらせの限りを尽くした。

 そこまでしても溜飲が下がらないというのに、あろうことかあの女は、エルランに恋をしていた。

 その思い上がりが、どうしても許せなかった。


 だから王様ゲームを開催し、二人を参加させた。

 リアナは脅して強制的に。

 エルランは唆した友人に頼み込ませる形で。


 その上でマリィは、

 とはいえ、それは魔法によるものではなく、言ってしまえば物理的な細工だった。


 木棒には、マリィにしかわからない傷のパターンを入れることで、王冠マークと数字を特定できるようにしていた。


 命令紙は、箱に入れる直前に自分が書いた紙だけ制服の袖に隠し、自分が王様になったタイミングであたかも箱から取り出したように見せかけた。


(魔法の細工には敏感だけど、こういった単純な細工には鈍感。まあ、魔法使いあるあるよねぇ)


 そうしてマリィは、リアナがエルランに告白する機会を

 あの女が振られる様を、心ゆくまで笑い飛ばすために。

 分際を弁えずにエルランに恋したことを後悔させるために。


(あらあら?)


 そうこうしている内に、涙目のリアナが立ち上がり、エルランに向き直る。

 さすがに振られる未来が視える程度の分別はあるのか、彼女の顔は真っ青になっていた。

 それでもなおエルランに告白しようとしているのは、『絶対遵守』のまじないの力に他ならなかった。


(この見世物が終わって、罰ゲームが一巡した後は、今度はエルランが私に告白するように仕向けましょう。やり方としては回りくどくはありますが、『○番と□番が付き合いなさい』とか、罰ゲームとしてはやりすぎだし、そこまで強烈な命令だと『絶対遵守』のまじないも効かないでしょうから、我慢するとしましょうか)


 マリィの愉悦を知ってか知らずか。

 尋常ではないリアナの様子に、誰も彼もが息を呑み、黙って成り行きを見守り始める。


 普通の王様ゲームならば罰ゲームを取りやめにするような状況でも、『絶対遵守』のまじないがかけられているため、誰も止めることができない。

 魔法で無理矢理まじないを解除することも可能だが、魔法学校においてその行為は暗黙の内に禁じられているため、そのような愚を犯す人間にはこの場には一人もいない。

 だからこそ、涙目になって顔を真っ青にしているリアナの有り様が、マリィは愉しくて愉しくて仕方なかった。


(さあ、リアナ! さっさと当たって砕けなさい! そして思い知るといいわ! エルランにふさわしい女は、この私だけだということを!)


 マリィの愉悦に応えるように、リアナが口を開く。


「エルラン……くん……」


 そして、惨めったらしくポタリポタリと涙をこぼしながら、告白と呼ぶにはあまりにも独り言じみた言葉を、エルランに投げかけた。


「ずっと前から……あなたことが……好きでした……だから…………」


 長い長い沈黙を経て、涙声で言葉をつぐ。


「わたしと……付き合ってください……」


 決定的な言葉を紡ぎ終えた瞬間、リアナがこの世の終わりを迎えたような顔をするものだから、マリィは笑いを堪えるに必死だった。


(愉快! 実に愉快だわ! さあ、エルラン! リアナのご要望どおり、きっぱりと振って差し上げなさ――)




「わかった。付き合おう」




「…………………………は?」


 当事者リアナを差し置いて、マリィは間の抜けた声を漏らしてしまう。

 そんなマリィには構わず、エルランはどこまでも真剣に話を続けた。


「リアナ……昔から君が目立つのが苦手だったことは知っている。だから君が無用に注目されることを避けるために在学中は告白しないようにしたし、好きな女の子はいないということにして、卒業後にこちらから告白するつもりでいたんだけど……まさか、こんなことになってしまうとはな」


 最早言外にオーケーと言っているようなものだが、それでもリアナは、感極まったようにエルランに訊ねる。


「じゃ、じゃあ……?」

「たとえそれが罰ゲームから起因するものでも、『絶対遵守』のまじないによるものでも、君からの告白を断るなんて真似は僕にはできない。だから……君さえ良ければだけど……僕と、付き合ってほしい」


 リアナの様子を見れば、彼女の告白がただ罰ゲームだからやったものではないことは、誰の目から見ても明らかだった。

 それでもなお、エルランの方から「付き合ってほしい」と言ったのは、その言葉が震えていたのは、それだけ彼がリアナのことが想っていた証左だった。


 まさかの告白劇に誰も彼もが湧き立つ中、


「は……はは……」


 マリィ一人だけが、引きつったような笑みを浮かべていた。



 その後――



 リアナとエルランは告白どおりに付き合うようになり、卒業してすぐに結婚することとなった。

 この王様ゲームの参加者たちの目には、マリィは二人をくっつけた天使キューピッドに映っていたせいか。

 彼ら彼女らの働きにより、サプライズで半ば強引に二人の結婚式のスピーチをやらされるという、死体蹴りじみたエピソードが勃発したが、それはまた別の話。

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