第1話 ムームとラース ①

天井の片隅にかかって孤独に燃え上がる翡翠色の明かり一つを除けば、いかなる光源もない真っ暗な部屋。

誰かが光が流す微弱な緑色の光に頼って闇がいっぱいの空間を忙しく歩き回る。

何かを探しているのか休まず周辺を探索するそのシルエットに沿って、かすかな録音が染み込んだ影が揺らぐと、闇に侵食されていた空間が時々姿を断片的にでもあらわす。


まず見えるのは壁の片側を埋め尽くしている木製の棚だ。

ぎっしり並んださまざまなフラスコの重さに耐えられなかったせいか、中央部分が奇形的に曲がっているその棚は、今すぐにでも崩れ落ちるとしても違和感がないほどのひどい様子だ。

その横にはむやみに物を詰め込んだ箱が大きさに関係なく散らばっており、棚の向かい側には色あせたインクの跡がカビと共にくっついた羊皮紙の山が机であり、床であり場所を選ばず危険な形勢でそれぞれ塔を建てている。

その上、火がよく入らない床には錆びたぜんまいのかけら、製錬過程中に残された鉱石のかけらなど、あらゆるがらくたが部屋のあちこちに足の踏み場もなくいっぱいだ。


よく言っても倉庫。

ひどく、いや正直に表現すればゴミ捨て場が先に連想されるほど凄惨な空間だ。

しかし驚くべきことに、ここは厳然と金属研磨と魔法付与などの過程を経て、色々な有用な魔導具発明品を製作するという目的を持った場所、いわゆる工房と呼ばれるところだ。

少なくともここを忙しく歩き回っているシルエットの張本人、ムーム、彼女自身から。


「見つけた!」


幼い少女よりは若い女性のものに近いだろうか。

ハスキーな音色の美声が地下特有の土の香りと湿気で染まった空気に乗って響き渡った直後、突然工房の一番奥を占めていたテーブル付近で何かが崩れ落ちた。


「ごほごほ。ふふふ。ここにいたんだ!」


かすかに咲いた灰色の雲を緊迫した手で吹き飛ばし、テーブルの下からのそのそ這い出たムームは、自分の手には輝く鉱石の塊一つを見下ろして嘆声を上げた。

濃い闇と混じったほこりの隙間からもはっきり見える濁った紫色を抱く鉱石。

魔法を刻むのに特化した金属である魔空石の一つであるオリハルコンだ。


「いくら隅に隠れていてもやっぱり私の目は騙せない、ハハハハ!」


オリハルコンが発散する特有の紫色のきらめきをテーブルの下に積もっていた数多くの廃品の山からも逃さなかった自らの目つきにかなり感嘆したようだ。


「さあ-それでは作業を再開してみようかな」


意気揚々とした勢いで肘と膝付近についたほこりを手の甲で軽く払い落とした後、 ムームは多様な形の小物がいくつか転がる作業用机が位置した翡翠色提灯の下に向かって浮かれた足を運んだ。


「よいしょ」


ムームは机の下に隠れていた革椅子の足をつま先でそっと引っ張った。

少し疲れたようにため息をつきながら椅子の上に完全に身を投げたように座り込んだ。


その瞬間。


暗闇の中でシルエットだけでかすかに見えた ムームの素顔が初めて明らかになった。

彼女は緑の包帯で全身に包まれていた。

全身。

肌だと感じる部分はもちろん、ありふれた髪の毛一本さえ見えない。

それこそ、頭の先からつま先まで包帯で巻いている彼女から見えるのは、顔に包まれた包帯の隙間からそっと映る澄んだコバルトブルー色の瞳だけだ。

固く閉ざされた包帯の上にもはっきり見える女体特有の妖艶な曲線がなかったら、その性別さえ簡単に推測できなかっただろう。


「フムフムフム~」


楽しく鼻歌を歌いながら、 ムームは明かりが一番よくつく机の真ん中にオリハルコン鉱石を慎重に置いた。

濁った紫色を放っている鉱石を握っている両手の指も全身と変わらず、節ごとに非常に几帳面に包帯で巻かれている。

何かを作るどころか、楽に動くことさえ容易ではなさそうな粗悪な形の両手。


しかし、彼女はそれに何の不便もないかのように机の上を転がっているいくつかの小物の中から、かなり小さな軸に属する錐を一つ取った。

そして続いたのは包帯で巻いた手というには信じられないほど早くて精巧な手つきだ。


さくさく。


鋭い錐の先が鉱石を削る音が優しく耳元をくすぐってから10分が経ったのだろうか。

噴き出した濁った光のように見るだけでもでこぼこしていた鉱石の塊はどこにもないきれいな正方形の彫刻に変貌する。

目が痛いほどまっすぐな角を親指と人差し指で慎重に支えながら天井の光に照らしてみると、彫刻は細工前の濁りを少しも感じさせないほどに輝く、紫色の光彩を透過させる

オリハルコンの彫刻が投影する美しい色をじっと見つめていたムームは、その光に取り憑かれたように指の先を慎重に彫刻に向かって運んだ。


スッ。


指先は彫刻表面に触れるやいなや滑って空中にぐるぐる回った。

まるで接触という存在自体を許さなかったような完成度は完璧だという感想以外には何も思い浮かばない。


「ふふふふ……さあ…。魔法を刻む前にユニコーンの血で……」


この上なく満足できる結果におのずと流れる笑い声を抑えたムームが、次の作業に着手しようとしたその瞬間。


「ムーム!!!」

「あっ!」


突然、背中の後ろのドアが大きく開いて聞こえてきた幼い少年の力強い叫びに驚いたムームは、彫刻を慎重に突き合わせていた両指に思わず必要以上の力を与えてしまった。

故障した機械のようにリズムがずれて動いた親指と人差し指が交差する瞬間の反発力を基にしたオリハルコンの彫刻は、文字通りムームの頭上に舞い上がった。

ムームの瞳孔が青色の驚愕に染まった。


「ダ……ダメ!」


悲鳴を上げている間、ムームの手から逃げた彫刻はすでに放物線の高点を打って地面に向かって加速、すなわち墜落しているところだ。

墜落を防ぐためにある種の魔法を使って彫刻を空中に掴んでおく方法は、周辺に微弱な魔力の痕跡にも簡単に変質、反応する魔空石に直接的な魔法を使わなければならないので論外。


「えいっ!」


物理的に握るしかないという結論に達したムームは、上半身を弓形に大きく後ろに反らし、急いで両手を頭上に伸ばした。


キィー。

椅子の背もたれが悲鳴をあげるほどの必死の動き。

そう思われるが、焦りは粗雑な手振りばかり生んでしまった。

切ない希望とは違い、彫刻は空中に浮かんでいるだけで、指の間を悠々と通り抜け、すぐにムームの視野が届かない肩越しに消える。


パカッ。


耳元を鳴らす残忍な破裂音に、ムームは目をつぶってしまった。


「どうか…どうか…」


背後に広がる光景など既に直感している。

しかし、万が一。

細々とした念願に寄りかかって、ムームは椅子に座り、ゆっくりと体を後ろに回して固く閉じていたまぶたを慎重に持ち上げた。

でも、さすがだ。


瞳を埋めるのは粉々になった紫色の鉱石破片が四方八方に乱雑に散らばっている残忍な光景で、わずか数秒前まではきらびやかな色を誇っていた彫刻だったことをすでに忘れたように破片は再び濁った光を含んでいる。

虚しい 視界にムームはそのまま固まってしまった。


「……」

「……何してるの?」


パリン。

本人が元凶だという事実を認知できなかった少年の平然とした一言に固まっていたムームの動きに微妙に亀裂が起きた。


「……何?」


穏やかな水面のように冷めていたムームの空虚な瞳孔に波紋が少しずつ広がる。


「何してるのと?!」


小さな波は揺れ始め、ついに爆発してしまった。


「何してるのと?! ! !」


椅子を壊すように蹴って立ち上がったムームは、瞳を怒りで燃やし、開かれた工房のドアに向かって叫んだ。


「ラース!工房は立ち入り禁止! 約束したじゃん!私が作業中の時は絶対に! 絶対に工房は立ち入り禁止だと言ったでしょう!」

「うん!だから入らなかったんだけど?」


震える指で指差しまでしながら叫ぶムームとは違って、部屋のドアに沿って長方形に伸びてくる光に背を向けて立った幼い少年は、彼女を理解できないという感じで問い返すだけだ。


「それが一体……」


それなりに理性の紐だけは決して逃さないように努力したムームとしては、かなり嫌な答えに腹を立てようとした時、ラースは自分の足元を教えた。

ムームは指の方向に沿って無意識に視線を移した。 そして、その先が向かったところを確認した後、言葉が詰まってしまった。

攻防と居間を隔てる境界線ともいえる敷居。

その向こうに集まって座った小さな足の指が見えた。

足指の中で長さとしては最高という人差し指が敷居にやっと届くだろうか。

それが意味することを一目で理解したムームは、頭の中をピンと貫通するめまいにこめかみの付近をぎゅっと押した。


部屋に足を踏み入れなかった。

つまり、立ち入り禁止の約束を破っていないわけだ。

これは、『してほしくないこと』をはっきり伝えず、あいまいな言い方をした自分のせいで起きたこと。


「はぁ…作業中に邪魔しないように出入り禁止の約束を取り付けたのに…… 。これは本当に部屋にだけ入ってこなかったじゃん…… 」


ラースを責めることができない状況。

どうしようもないムームは自分にだけ聞こえる静かな声で不満ふまんを吐露とろした。

日々高くなる育児の壁とは違って、心身は日々灰色に燃え盛っているところだ。


「やっぱり子供は難しいね」

「何だって?そんなに部屋の奥で独り言を言うとよく聞こえない!」

「いやいや、よくやったって。 本当によくやった。 でも、次からは重要で急用がない限り、ドアを開けてはいけない。 すごく重要な作業をしているかもしれないから。 分かった?これも約束」


誠意のない称賛の洗礼とともに弱点を補完した新しい約束で、ムームは仕上げようとしたが、


「うーん、すごく大事なことがあったら?その時は?」


予想できなかった課題が追加で現れた。


「えっと……」


しかし、長く躊躇することはできない。


「まあ……その時はノックでもするということで」


普通このような質問が登場すると、その質問の後を追って新しい質問に再びつながるもの。 質問が次から次へと続くことだけは必ず防ぐために、ムームはもっともらしい答えを適当に作り出して一応ごまかした。


「ノック!分かった!約束!」


明るいラースの姿が近づいてくる不運の伏線のようで胸の片隅には余計な不安感が染み込んだ。

でも、それはあくまでも自分が子供を扱うことに慣れていないからだと思ったムムは、それが単純な杞憂であることを望んだ。

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