第8話 デュラハンラース ⑥

「ムカつく!何だよ!」


ラースは汗まみれの服も脱がず、そのままベッドの上に倒れるように身を投げた。 丈夫な体の重さにベッドが上下に波打って大きく揺れた。


(それが本当に可能だと私は全然思わないだ!)


「言っても必ずそのようにしなければならないのか。 ムームのやつ! 昔もそういう感じだったんですけど、最近本当にひどすぎじゃないの?」


考えれば考えるほどイライラするムームの言葉に、なかなか怒りが解けないラースが宙に蹴ってぶつぶつ言った。





「聖剣士になりたいって? 本当に?」


一日に数十回もしつこくせがんでいた日常がずっと続き、それが数年の歳月に差し掛かっていたある日、ムームは真剣な表情でラースを椅子に座らせて尋ねた。


「はい!」


ついに自分の真心が通じた。

ラースは心の中で密かに拳を握り締めながら勝利を祝ったが、


「…… 理由は?」


ムームの質問にふと言葉が詰まってしまった。


「理由は……えっと…」

「……」

「……」


しばらく待ってもラースからこれといった返事が返ってこないと、ムームの口元からため息が流れた。


「はぁ……そんなに毎日聖剣士なんとか歌ってたのに、理由もないの?」

「理由はあるんだけど…」

「ある?じゃあ、言ってみて。 君にいるその理由を」。

「か…」

「か?」


小さくつぶやくだけの声に、ムームは耳に手で小さなラッパを作ってラースに近づいてみる。


「かっこよくて……」

「かっこよくて?!こいつが!」

「いや、いや! 違う!」


たかだかの答えが単に「かっこよくて」。


思わず肩越しに拳を持ち上げたムームに向かってラースは必死に両手を振った。

「…… 困難に陥った人々を助けて……」

「……」

「世界も救って……」

「……」

「まあ、かっこいい剣も振り回して……」

「結局、かっこいいものは抜けなかったね……」

「えっと……」

「ふぅ……」


ラースが返した返事を聞いてしばらく止まっていたムームがついにはめていた腕をほぐしながら息を大きく吐いた。

前のため息にはため息が混じっていたとすれば、今回は確かに同情と切なさの感情が染み込んでいた。


「ラース」


しかし、そのような感情を一切表に出さず、ムームはかなり冷たい声でラースの名前を呼んだ。


「聖剣士の役割が何なのかは知っている? あ、当然よく知っているだろう! 百回も一万回も読んだその本に正確に書いてあるじゃん。「勇者たちは自分たちの前を塞ぐ亡者たちを滅ぼし、魔神に向かって一歩ずつ進んだ」と親切に絵まで付け加えられている。」


このような基本的な話をすること自体がかなり不快だというように、ムームはいすに座らせたラースを冷たく見下ろして話を続けた。


「私たちは亡者。 君も、私も」


ムームはきちんと現実を読んだ。


「世界のために誰かを倒す側じゃなくて、誰かに倒れる側だよ。 君がいくら否定したいと言っても、それがこの世の現実であり、真理だ」


ラースが聖剣士になりたいと言ったその初日のように。


「今の君は自分が直面している状況と立場は少しも考えずに、不可能な希望だけを君が好きなように歌っている。 そんな君が吐き出す言葉に、どんな重さが込められているというの?」


ただ一つの仮定さえ許さないほど、正しいムームの断言にラースは抗弁することさえできなかった。


どうしようもなくラースは沈黙に陥ったが、


「……でも」


話はそこで終わりではなかったようだ。


「私は魔法使いだから、手はある」

「……手?」

「もちろん、私が手伝うとしても、その次は君が解決しなければならないことだけど」


笑い一つなく淡々と話し続けるのを見ると、冗談を言っているようではない。


「ただでは手伝わないし……そう,賭けを一つしよう」

「賭け?」


ぼんやりと問い返すラースに向かって、ムームは人差し指を一つ持ち上げた。


「私の条件はただ一つ。 ラース、君が私に聖剣士になるという覚悟を見せて」

「覚悟を見せて」という問いの答えはすぐに出た。

「聖剣士ならば 、自分の剣は一つくらいはないといけないよね? 剣を手に入れるなら、私が君の覚悟を認めて君の願いをどんな風にでも手伝ってくれると約束するよ。しかし、この賭けに負けたら、それに見合う代価も払わなければならない」

「……代価って何だ…? 」

「もう二度と私の前で聖剣士のことを言わないで」


もう二度と。


強い発言にラースは唾をごくりと飲み込んだ。


「それに、君が 聖剣士になりたくなったその本もなくすよ。単純に隠す水準ではなく、絶対に見られないように燃やして」

「……」

「賭けに期限はない。私は君の意地が折れるまで待ってるから。たとえ賭けに負けた後も、君が魔法を習いたいと言ったら、私は助けてあげるよ。まあ…今すぐでもできる。どうするの? やる?やめる?受け入れようが受け入れまいが、君としては損する要素はないだろう」


どうするんだって…。当然…。







「やる」


過去にムームとした対話を思い出し、ラースは誰もいない部屋の中でその時言った返事と同じことを低く詠んだ。

魔法が可能なムームなら望むことなど何でも叶えられるという生半可な期待だけを持って、聖剣士になりたいと一日に数十回もせがんだ末にようやく受け取った賭けだ。


今振り返ってみると魔法が少し使える下級亡者がうんざりする会話の末に腹立ちまぎれに吐き出しただけの単純な毒舌だと思われるが、約束を重視するムームならばそれを簡単に破ることはないだろうとラースは固く信じている。


「ふぅ……気分も良くないけど、今日もらった子供たちの顔でも見てみようかな?どれどれ」


夢から覚めるように現実に戻ったラースは、ポケットをあさって金貨と銀貨を取り出した。

多くの手を経て行ったかのように、無数の手垢と傷だらけのコインを愛らしくなでた後、ラースはそれらを手のひらにしっかりと握りしめ、ベッドから立ち上がり、その下に両腕を突っ込んだ。


「よいしょ」


ラースがベッドの下から取り出したのは彼が貯金箱のように利用する壺だ。

銀貨は10枚が集まれば集まり次第金貨に変えるので、壺の中はほとんど黄金色の硬貨でいっぱいだった。

今日稼いだ金貨と銀貨をその中に打ち明け、ラースは壺の首にかけておいた小革袋を開け放した。


「交易所で交換できる500ゴールドの紙銭が8枚、そして満タンになると500ゴールドに近い壺がこれくらい埋まっているから…… 大体4400ゴールドくらいかな? ふむふむずいぶん集まったね」


金貨銀貨一枚、紙銭一枚、満足そうに確認したラースは、壺を元の位置に戻し、ベッドに横になって自分の部屋を見回した。


「ふぅ…何かたくさんないね。 特にムームの自称工房に比べると」


外で働き始めて以来、ラースは一度もその部屋に出入りしなかった。もうぼんやりと残像だけが残った記憶だが、ムームの部屋はあらゆる雑多な物が転がっているため、かなり乱雑だったと記憶している。

そこに比べるとラースの部屋はまさにがらんとした水準だろう。

古いベッドと数冊の本が差し込まれている小さな本棚とハンガーの代わりに使う椅子一つが全てだ。


「まあ……ケチ扱いするのも無理はないか」


苦笑いしながらラースはベッドから立ち上がり,着ていた服を椅子の上に投げ捨て,本棚に刺さった本一つを取り出した。

昔、自分が拾ってきた絵本だ。

どれだけ読んだのか、もともと磨り減っていた赤い表紙はすでに形も残っておらず、随所に黒い手垢だけが付いている。


その本を胸に抱いたラースはベッドに戻り、体を丸めてしまった。

誰かがこのような自分の姿を見れば、「体と似合わない少女のような格好なのか」と笑い出すだろうが、そのようなことはどうでも良かった。

このように横になっている時は夢を持つようになった昔の時代に戻った懐かしい感じがするためだ。


疲れで疲れた肉体にすぐに安らかな気運が漂い、のんびりと眠り始める。


「今日もお疲れ様。僕」


薄れる意識の中で、ラースは一言残して眠りについた。

数時間後にまた訪れる別の一日を熱心に過ごすために。

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