第7話 デュラハンラース ⑤

短いが強烈だった騒乱の後、ラースは隠しておいたプディングをメニューに追加することでムームと劇的な合意を引き出した。


「おいしい~。こんなものさえいっぱい食べられたらいいのに。 もぐもぐ」


後で食べることになる黒月桂樹のひどい宿題などは後回しにしておき、大きくすくったプディング1スプーンを口の中に押し込みながらムームは幸せそうな顔でぶつぶつつぶやいた。


「……」

「ねえ、」


これ以上の不満は断るかのように何も言わずに食事という一連の行為だけにラースが集中すると、プディングを口の中にがつがつ押し込みながら雰囲気をうかがっていたムームがこっそり口を開いた


「今週、肉パイを一つだけ食べたら…」

「だめだ」


質問が終わる前にラースが残忍なほど断固たる即答で対応した。


「それは3ゴールドもするんだよ。 しかもあの肉パイ…… バーで酔客につまみとして売っているものだから量も小さいじゃないよ。 おいしいけど、率直に高すぎる」

「どうしてミネルが作ったパイについて悪いことを言うの? 私ミネルに全部言うよ!」

「うるさい。今日の夕食にプディングを一つくれたことで満足しなさい。 しきりにそう文句を言うと、そのプディング。僕が奪って食べる。」

「あ、絶対だめ!」


ミネルさんは交易所でバーを運営するエルフ·ゾンビで、ラースとムームが知っている数少ない村の住民の一人だ。

親しい知人の料理に味まで確かにあるのでラースも大好きな食べ物だが、3ゴールドという価格の壁は高く高い。


「はぁ、もう食べ終わった……」


ムームはがらんとしたプディングの器を見下ろし、ため息を大きく吐く。

そしておぼろげな目つきでどこか遠い山でも眺めるように焦点を曇らせた。


「昔、私はお前が食べたいものがあったらすぐ買ってあげたりしたが……」

「……」

「こんなの……本当にひどいんじゃないの? うっ」


ムームはあらゆる泣きべそをかき立てながら黒月桂樹の葉をごしごしと噛み始める。

同情心を誘発する意図だったようだが、とんでもない話だ。


「嘘つくな。 その時はお使いみたいなものを代わりにしてくれる条件の約束だったじゃん。 世界にはタダがないと言いながら、小さなキャンディーもただであげることがなかったのはどこの誰だっけ? 記憶歪曲がひどすぎじゃない?」

「ふん」


少しも負けないラースの言葉に、ムームは鼻息を大きく吐き出した。

拗ねたようだが、それこそ盗人猛猛しいだ。


「……」


フォークも使わずに手で葉っぱを拾って飲み込んでいるムームをラースはじっと見つめる。

ずいぶん前から一緒にやってきた家族で友人のムーム。

一時、本当に心強い存在だったムームは、いつからか少し変わった。 正確にはラースがお金を稼ぎ始めた3年前を時点に。


その後、すべての金儲けや家事などの雑務はラースに押し付け、本人は自分の工房にだけ熱中し始めた。

ムームの主張によれば重要な発明品を作るというが……その成果に対する言及はずっとないことを見ると、研究するという名目を前面に出して無駄飯の生活を満喫するためというのがラースの判断だ。


「…はっは」


いつまでもムームの保護を受けるつもりはなかったが、突然振り返ってみると、ここまで被保護者と保護者の立場が逆転してしまった現実が面白くて、失笑が流れた。


「なんで笑うの?気持ち悪い」


「何でもない」

「……一人で笑わせるのかと変な子だね。それにしても、金をもうけたというあの新しい取引……」


ラースのくだらない答えを鼻で笑って、しばらく間を置いたムームは、


「まさか魔王と関連したことじゃないよね?」


顔に蔓延していたいたずらっぽい気配をすっかり消して口を開いた。



魔王。

たった2文字に過ぎない単語の登場に二人を包んでいる空気が少し重くなったのが感じられる。

「まさか、安全区域を外れることでもないし、いつもと同じように黒月桂樹を納品することだ。 取引相手も私たちのような下級亡者、ただの…… ゴブリン·ゾンビだった。 そんな心配はしなくてもいいよ」


ただの性格の悪いゴブリン·ゾンビだった。

と言おうとしたが、なんだか悪口になるようでやめただけなのに、ムームはその一瞬の迷いが少しでも怪しく感じられたようだ。


「確かだろう?」

「当然だよ」


細目に再度確認を受けた。


「魔王か……」


魔王。

大戦争時代、魔神に直接力と存在を与えられ、その強さを満天下に表した13人の眷属だ。


直接的であれ間接的であれ、彼らの手に消えた生命は数え切れないほど圧倒的な力を発揮した魔王たちだったが、そんな彼らさえ予想できなかった事件が起きてしまう。

まさに魔神が消滅した日。

いわゆる「夜の没落」。


陰湿で強力な魔力で抑圧していた魔神が消えたことで、ほとんどの亡者は束縛から抜け出し自我を取り戻し、魔王たちも例外ではなかった。

一時、魔神という一次元高い力を一つの柱のように支えていた彼らだったが、その存在が不在になった「その日」を基点に魔王たちの関係はぎくしゃくすることができず塩と砂の柱のようにポキポキと座り込んだ。

誰かは侵略戦争を終えて魔神に受けた半端の生を平和の中で終えたいと思い、他の誰かは魔神が追求した世の中の終末を引き継ぐことを決意し、また他の誰かは空席になった神座を勝ち取り新しい魔神になろうとした。

それぞれ少しずつ違う考えを持つようになった魔王たち。

互いに異なる考えを持つ人々が集まればけんかが起こるのが自然の道理であるように、魔王たちの間で内戦が勃発するのは当然だった。


そのように起こった内戦は一日に何度も同盟と裏切りが絡み合って3年間続き、結局5人の魔王が存在に終止符を打ってから、一人で中立を守ってきた第1魔王の仲裁でやっと終わったという。


「心配するなよ。そもそも中立地域は協定のために魔王とその従僕たちは干渉してくることができないじゃないたろう」

なだめるようなラースの言葉にも、ムームは気分があまりよさそうに見えない。


内戦が終結した当時、生き残った8人の魔王たちは協定を採決した。 その内容は魔王の主要勢力圏だけを領土に指定、凍結し、その他の地域は中立地域に指定して巨大な緩衝地帯を作り、これ以上の領土拡張および紛争を禁止するものだった。

そのおかげで、魔神の束縛から抜け出し自我を取り戻した大部分の下級亡者たちがラースとムームが暮らしているこの村のように魔王の領土に属さない中立地域で平和な生活を営むことができるようになったのだ。

亡界レアの全域を網羅するこの協定のおかげで、魔王たちが中立地域に干渉できないとはいえ、彼らは依然として恐怖の対象となっている。

亡者たちが体を動かすのに必要なのが魔力である以上、普通の亡者たちとは比べ物にならないほどの強大な魔力を持つ魔王という存在は本能的な恐怖を呼び起こすほどの存在だからだ。

そのためか、ほとんどの亡者の間で魔王に関する話題は珍しいのはもちろん、それに対する言及自体をしない一種の不文律がある。

まるで皆が当時のぞっとした過去を思い出したくないかのようにだ。


「だから、そんなふうに安心してはいけないんだって! すべての協約であれ契約であれ、どこでも必ず弱点が存在するものだ。 そんな漠然としたことに頼っては後で……」


しかし、ムームは少し違った。


「…… 少しでも怪しい気配が感じられないのか……」


魔王に関する事は横目に通り過ぎるのではなく、確かにその危険を直視して避けようという主義だった。

ある意味、ムームのやり方が事前に危険を遮断する正道だろうが、毎回魔王に関して一場説教を聞かなければならないラースの立場はかなり苦役だ。


「…… 聞いてる?」

「うん?」


もう何度目なのか分からない小言に別のことを考えていた。


「私が今、何て言った?」


自分の話に耳を傾けていないことに気づいたのか、ムームの声はかなり神経質に変わった状態だった。

だが、度重なる小言にそろそろイライラし始めたのはラースも同じだ。


「分かったよ!僕も子供じゃないから、それくらいは知ってるよ。 だからやめて」

「知ってるって何を知ってるんだ! 今のお前の状態では魔王みたいな奴らが金貨を何銭かもっと握らせるとしたら、私が言ったことは全部忘れて、お前は踊るでしょう!」


バタン。

一線を越えたムームの失言ににラースは握っていたコップを強くテーブルの上にたたきつけた。

「それを知ったら!… 何かしてよ……」


ラースは声をかろうじて飲み込み,言葉を続けた。


「僕がどうしてお金、お金を使っていると思う? 全部ムームのせいじゃん。 何年も何もしないで家にだけ閉じこもっているのに、僕にどうしろって言うの。 いや、正直僕はもうあムームが理解できない。 一体一日中部屋で何をしているの? 昔はそれでもよく歩き回ったじゃん。 最近家の外に出たことはある?」


「まあ…。約3日前かな」


小言の矢がかえって自分に向かうと、ムームはこっそり視線を回避し、閉じた包帯のために見えない爪をむやみに整えるふりをする。


「また嘘だね! ざっと見積もっても3ヶ月だろう!」

「嘘じゃないよ! 私こそ、出たくなくて出て行くと思う? これは全部誰のせいなの?」

「じゃあ、僕のせいだということ? 一体どうして?」

「知らない!」


これ以上言いたくないかのようにムームは腕を組む。


「……」


本当に怒るべき人は自分のようだが、この状況はなかなか理解できないだ。

これ以上対話が交わされれば、本当に戦いが起きそうな気がして、ラースは食卓の上のコップを乱暴にひったくりながら席から立ち上がった。


「ふぅ…剣を手に入れたら、僕が聖剣士になるから何とか協力するという約束だけ忘れないで!」

「ああ!もちろん! 何当たり前のことを言っているの? 私が約束をたった一度でも破ったことがあったのか。 ところで、お前こそできるの? なぜなら私は、」


すでに席から立ち上がり、自分の部屋の取っ手を握ったラースの後ろ姿に向かってムームは皮肉った。


「それが本当に可能だと私は全然思わないだ!」


バタン!

ムームの挑発に耐えられなかった怒りを代わりに表出するかのように、ドアが激しく閉まり、空気を強く鳴らした。



“……”


ラースの後ろ姿が消えた木のドアをしばらくぼんやりと眺めていたムームは、やがて深いため息をつきながら力なく立ち上がった。


「バカ……」


寂しさがにじみ出る一言だけを静かにつぶやいて、ムームも居間の右にある自分の工房に戻った。

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