第5話 デュラハンラース ③

慎重に取引物件の出所を遠まわしに尋ねるわけでもなく、露骨に要求する厚かましい態度にラースは言葉を失いました。


「あはは…それはちょっと…」


くだらない笑い声と共に拒絶の意思を慎重に表わしたが、シャイロックはそのようなラースの反応をあらかじめ予想したかのように生臭い笑みを口元に浮かべた。


「ああ-もちろん、それに対する補償は確実にするよ。 どれどれ…100ゴールドくらいなら十分だろう。 どうだ?」

「100ゴールド?!」


想像以上の金額が提示されたため、ラースは思わず悲鳴を上げた。


「そう。100ゴールドだ、若造。 お前のやつが持ってきた品物の質は合格点だ。 しかし、この程度の量は非常に足りない。 私はもっとたくさん、とてもたくさんの量が必要だ」


ゴブリン·ゾンビは足下で転がる木片をラースに軽く蹴り飛ばして話し続けた。


「お前もご存知のように、魔神が消えた後、この亡界レアで新しい魔力の供給源はもはや存在しない。 わずか数年で安全区域でこれくらいの高級魔力源はなかなか見つけにくいほうになってしまったよね。 たぶん危険区域とのギリギリの境界線まで行って持ってきたみたいだけど、いろいろ運がいいね、若造 。 クククク」

「…」


魔神とその眷属である魔王たちが占領して汚染された世界の半分は、魔神が没落した後も戻ってこなかった。

消えないで大地に染み込んだ魔神の残存魔力はいかなる生命の痕跡も許さなかったため、自然に世界は生者たちが生きる生界ネラと亡者たちがさまよう領域である亡界レアに二分された。

死ななかった死の世界とも呼ばれるこの亡界レアでは、切り取られた木は新しく育たずに切られたままそのまま残っており、動物であれ怪物であれ、また別の生命が宿ることはない。


死の機運が漂う魔力が大地に染み込み生命の循環なんてとっくに止まってしまったので、都合よく使える魔力源の順に消耗されているのが亡界レアの形だ。

まだ安全区域だけの資源だけでは余裕があるとはいえ、いつか魔力員が全て枯渇すれば亡混体があちこちに潜んでいる危険区域まで手を伸ばすことになるかもしれない。

おそらく、シャイロックはそのようなことを考慮して計算してみて、このような提案をするのだろう。


「だからお前に提案するんだ。 これらを捜した場所だけ教えてくれれば、お前は指一本動かないのはもちろん、これ以上の危険を甘受する必要もなく、100ゴールドをこの場ですぐに稼ぐことになるんだ。 そして、私たちも比較的安全で楽に物を多量に確保できるようになるし。 これこそ相互利益ではないかな」


短い両腕を翼のように広げながら、シャイロックは力強く叫んだ。


「いったいそのくらいの量をどこに使うつもりですか?」

「それはお前の知ったことではない。お前がこれらの品物の出所を明らかにできないように、こちらも営業秘密なんだ。 クク。でもこれくらいなら大丈夫だって…… いや、これくらいの機会はないと思うけど」


大言壮語して騒ぐシャイロックはかなり偉そうにしていたが、率直に言ってそれだけの提案であることは指名された事実だ。


100ゴールド。

突然唾がごくりと飲み込まれた。


ラースの平均日当が5ゴールドであることを考慮すると、100ゴールドは文字通り20日間貯められるお金だ。

しかし、それはお金を一銭も使わずに貯めた場合だ。

いざというわけで、例えば一緒に暮らすあるバカが作りたい発明品があるとして小遣いを要求するなどの事件が何度かあれば、100ゴールドという金額は集めるのに1ヶ月以上はかかる大金といえる。

しかもそんな大金を今この瞬間、一括払いで。

なかなか魅力のある提案だ。


「すみません。」


しかし、ラースは断った。


「何の才能もない私にできる稼ぎはこういうものだけなので、それはちょっと困ります。 ご理解いただければ幸いです。 はは…」


確かに100ゴールドは客観的にかなり大きなお金だが、長期的に計算してみれば損であることは明らかだ。

そして、家でご飯だけを無駄にするバカのせいでも持続的な金儲け手段は保有しておいた方が良い。

合理的な判断の末に出した結論だ。

好きなようにラースが動いてくれないのが不機嫌なのか、シャイロックは舌打ちした。


「ふむ……まあそこまで言うなら私も仕方がないね」


しばらくじっくり考えていたシャイロックはやがて、何かが浮かんだのか指をポンと弾いた。


「それでは当分の間、私が品物を全部買うのはどうかな?」

「全部買入ですか?」


わずか数秒前とは違う柔らかな口調で話す耳寄りな提案にラースは思わずシャイロックが言った言葉をそのまま繰り返す。


「全部。絶対に全部だ。 今日のような物量なら、値段は特別にもう少し上げて6ゴールドに。 もちろん、品物をもっと持ってくるなら、それに合わせてお金ももっとくれるのは当然だし」


購買者を毎回新しく探す煩わしさもないだけでなく、品物も全て持って行き、値段まで高く評価してくれる。


「口先だけの約束だけで不安なら、交易所の保証で協約書を作成してくれるよ。 ああ、もちろんそうなると、かなりのゴールドが交易所の取引手数料として出るので、あえてお勧めはしないけど」


こちらは拒絶する理由が全くない破格的な提案だ。


「今日から始まることと思ってもいいのか? 」


本人もその事実をよく知っているので、シャイロックはラースの返事はあえて聞くまでもないかのように、すでにタキシードの内ポケットから金貨一枚を取り出し、中指と人差し指の間でそれを子供のようにあちこちからかっていた。


「そういうことならいいです! こちらこそありがたいです。 これからよろしくお願いします。」


「ああ、当分の間私もよろしくね。 パートナー 」


署名を終えた羊皮紙証書とともに、チャラチャラと金貨一枚がラースの手のひらに安着した瞬間、シャイロックの口元になんとなく気持ち悪い笑みが浮かんでいたようだが、ラースはその腐った微笑を心にそれほど長く込めていなかった。


◆◆◆◆◆


「ふぅ……」


シャイロックの指示に従って、狼男·ゾンビたちが地面に散らばっている薪をきちんと集めて馬車に積む光景を後にしたまま、交易所ロビーの受付で取引証書を提示してこそ、ラースは初めて緊張をほぐして安堵のため息をついた。

今日の取引相手だったシャイロックを少しでも思い出してみる。

到底見当のつかない人物だった。


依頼した品物がどこにあるのかと言いながら火のように怒ったのもしばらく、わずか数分で再び冷徹な姿勢で取引を提案する。

どちらの姿が本物かというと、後者ではないだろうかな。

今振り返ってみると、初期にむやみに怒る部分からが取引の主導権を握るための一つの意図された演出だったと感じられるほどだ。


「あんなに賢く行動してこそ、お金をたくさん貯めることができるのだろうかな」


好感は感じられないが、それでもいろいろ学ぶ点はありそうだ。


「家にいるあのバカも、その賢さを半分でも似てほしいんだけど…」

「ラース様」


愚痴の混じった独り言を吐き出す間、ガラース張りの受付窓越しでヒューマン·グール、エレインがラースの名前をさわやかに呼んだ。

黒と黄色が調和したきれいなスーツ姿で顧客を迎える彼女をはじめとする窓ガラース越しの彼らがまさに交易所の取引を主管するディーラーだ。

エレインが立っている窓口を除いても受付窓口は少なくとも10ヶ所はある。

だが、ラースは交易所での初めての取引当時受付を受けた彼女が いろいろと楽なので、エレインに取引の精算などの業務を頼むことが多かった。


「お待たせしました」


赤い短髪を軽く振りながらエレインが微笑むと、白く輝くこれとは対照的に黒く腐った口の中がはっきり見える。

まさに生前の肉体を比較的完全に持っているゾンビたちと比較した時、腐敗が進行中の肉体が特徴である亡者、グールらしい姿だ。


「こちら、手数料を差し引いて精算された4ゴールド5シルバーです」


取引所の手数料は10%だ。

5ゴールドの代金のうち、5シルバーを除いた4枚の金貨と5枚の銀貨が長方形の磁器の器に入れられ、受付窓の隙間から渡ってきた。

苦労して稼いだお金の10%を奪われた感想は、最初の取引や擦れた今この瞬間の取引、二つとも心が裂けるようだ。

もちろん、交易所なしにこの村でお金を稼ぐこと自体が不可能だということを悟って久しいので、今はその事実を努めて淡々と受け入れている。


「ありがとうございます」

「何をですか。 こちらこそいつもありがとうございました!」


ラースの感謝の挨拶にエレインはとんでもないように微笑んでいる。


「あの、エレインさん…」


ラースがためらうような様子で話を切り出すと、エレイン氏は目を丸くして首をかしげた。


「毎日聞いてすみませんが、もしかして…?」

「あ……お探しの品ですか?」


会うたびに同じ質問をするのはかなりの欠礼でしょう。

でも、エレインはそれにイライラするどころか、心から切ない表情を浮かべながら首を横に振った。


「まだなかったですね。 そうでなくても私が周期的に確認をしていますが、まだないです」

「そうですか…」

「難しいですね…」

「そうでしょう…」


エレインの口から思わず流れ出た本音にラースの肩がへこむ。

自分の失言に驚いたエレインは急いで両手を振った。


「いや!いや!いや! つまり、簡単に諦めるなということです! いつか現れますからね! きっと!まだ現れてないだけですから! 必ず!絶対!」

「そうですか……?」

「もちろんです!信じて待っていてください! 努力はいつか実を結ぶでしょう。 がんばれ!」


拳までぎゅっと握りながら熱い応援を連発するエレインの好意と激励に、訳もなく胸が熱くなる。

頭があったらしっとりした目元を裾で磨いていたのではないだろうかな。


「はい……!」


ラースも頑張るという意味でエレインの方向に軽く拳を握ったり、磁器の器に置かれた金貨と銀貨に向かって手を伸ばした。


「そして、待ってください。」

「はい…?」


普段とは違って、格別に気をつけて口を開くエレインの反応にコインを拾っていたラースは、しばらく動作を止めた。

エレインは周りをちらりと見回して,ラースにだけ聞こえるほど声を低くしてささやいた。



「中立的な立場にあるべきディーラーとしてこんなことを言ってはいけませんが、今回取引されたお客様は少し気をつけてください。 言わなくても、すでにご存知ですよ?」

「ええ……うわさで少し聞いたぐらいです」


渋い答えにエレインは真剣な表情で言葉を続けた。


「噂だけで誰かを判断するのはタブーですが、そのお客様ともしまたお取引をする際にはくれぐれも気をつけてください」


エレインの言葉の真剣さには親しい知人としての個人的な心配だけでなく、交易所の取引を主管するディーラーとしての責任感も明らかに溶け込んでいた。


「もちろん、彼とのいい取引でこの町を離れて他の所に行くことになった亡者も何人かいるとはいえ、いろいろと雑音も多いお客様であるのは事実です。 お客様に関して悪いことを言いたくはありませんが、彼と同じようにラース様も私たちと長い間取引してきた大切なお客様ですから」

「あ……」


一瞬、ラースはシャイロックとの取引がまだ完全に終わっていないことをエレインに知らせるべきか一瞬悩みました。

けれど、


「ああ!心配しないです! こう見えても、危険な匂いはよく嗅ぐ方ですからね。 あ、もちろんデュラハンなので本当の匂いは嗅げないんですけど。 ははは」


ラースはエレインの思いやりと善良な心遣いにこれ以上迷惑をかけたくなかった。


「そうですか、それなら安心ですね」


そう言ってエレインは彼女が誇る華やかな微笑の花を再び口元に咲かせる。

口才が優れているとは決して言えないラースでしたが、冗談で彼女を安心させようという意図がまともに伝わったようだ。


「それでは、またいらしてください。 どうぞ、次回も私どもの交易所をごゆっくりご利用ください」

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