第2話 ムームとラース ②
「それで何?」
底にいっぱいの紫色の破片を少しでも見ないように工房のドア側に視線を固定したまま、部屋から歩いてきたムームはドアの前に立ったラースに向かって声をかけた。
居間の壁面にぶら下がった掛時計をのぞき見ると、針はラースの普段の帰宅時間より2時間も早い時刻を指していた。
「まだ日が暮れる前じゃないの? 今日はどうしてこんなに早く帰ってきたの?」
「ああ…今日…今日は拾ってくるものが特に多くなかったよ。だからといって川の向こうに行くにはあの怪物たちのせいで危ないから、これが最善だった!」
「……」
じー。
普段は抜きん出て口答えも上手だったラースが今日はなんとなくどもると、何か怪しいことを直感したムームの目つきがそっと細くなった。
「えっと…今日持ってきたもの!」
自分に対する疑いの顔色が負担だったのか、ラースは足元に置いていた皮の袋を素早く手に取り、ムームに渡した。
急いで話題を変えようとする意図であることが明らかに見えた。
「どう見ても怪しいな…。ま… とりあえず一度見てみようか?」
いったんは次に進むことにしたムームは包みを開け放した。
「見てみよう~見てみよう。 何だ、この折れた斧の柄は…. 私がキラキラしてるって言うから何でも拾ってくるなって言ったでしょ! ……. と言おうとしたが、端についた飾りがミスリルだね、よくやった! これは何かな? ぜんまい?これは錆びすぎた。」
使えそうな物はそのまま袋の中に、役に立たない物は工房のドアの前の空間に適当に投げてしまい、袋の中の物を恐ろしい速度で分類し始めた。
「これは故障したけど、部品をいくつか取り出せると思うし。 これも上手だったし。 これもいいし、でもやっぱり量が少ないね。 別に材料を手に入れる方法を講じてみなければならないのか。 それでラース、本当に気になって聞いてるんだけど、さっきから背中に隠してるのは何?」
一つずつ敷居の前に積もり始めるがらくたの山を避けてあちこち体を動かしていたラースに独り言を続けていたムームが突然質問を投げかけた。
その執拗な追及はすべて終わったと思って油断していたラースにかなり有効に作用したのか、ラースの肩が動揺感を隠せず大きくうごめいた。
「えっと……何が?」
「知らん顔しないで、さっきからずっと右手で何かを背中に隠してるじゃない。 それは何だよ」
視線は袋の中に固定したままムームが鋭く撃ち出すと、結局ラースはもじもじ動きながら背中から不自然に隠していたのを見せた。
「あ、大したことじゃなくて、これも拾ったのに…」
「本?」
「うん」
それは赤い表紙の薄い本だった。
「すごく小さいね。それも川から流れてきたの? こっちにちょうだい」
本は長い間水中をさまよっていたのでかなり濡れている状態だ。
湿り気なくしつこい表紙の不快な肌触りが包帯越しにも感じられると、ムームの口元は自然に歪んだ。
「うっ。水の接近を防ぐ基本的な魔法もかかっていないのを見ると、魔導書ではなさそうだね」
「僕ももしかしたらそうじゃないかと思って拾ったんだけど、ただの絵本だと思う」
もし破れないように慎重に本を広げて中を覗いてみると、ひどく水を飲んだせいでよく見えないが、本のあちこちには絵の跡が確かに残っていた。
文字よりは絵の占める部分の方が大きいことから、おそらく子供向けの絵本。 特別な点は他に見えない。
「そうだね。君の言う通り平凡な絵本だね。 それにしても……」
ムームの目が本から抜け出してラースに向かった。
「これのせいで早く来たんだ! この野郞!」
「ひいー!」
すぐにでもピリッと稲妻が跳ねるほど鋭い目つきにラースの肩が鳥肌が立つように震えながら縮こまった。
「ラース。どうして君が私の仕事の材料になるようなものを探しているの?」
「…… 僕が魔法を教えてくれと言ったからです」
「そうだ!発明品の製作を手伝うから、余った時間に魔法をお願い! どうか教えてください!! と言っておいてこいつが!」
怒ったような声で叱っていたムームが突然ラースのわき腹をくすぐり始め、ラースは笑いなのか悲鳴なのか分からない怪声を上げた。
「クハハハ!ああ!間違えた!ううっ!お願い!間違えました!許してください! ごめんなさい!」
もがいている間、ラースは震える両手を思わず集めて許しを請うた。
「 助…… 助けてください」
全身に広がっていく苦しくて楽しい感覚に疲れたラースが声さえ出ない頃になってようやくムームは猛烈に動いていた指を止めた。
「悪いことしたでしょ?」
「はい……」
明らかに真剣だと言わざるを得ないムームの表情にラースは申し訳ない様子で答えた。
「そう。覚えてて。 世の中にタダはない。 こころに留めておいて。単なる社会生活から奥深い魔法まで。 世の中のすべてを網羅する真理の中の真理だから、必ず忘れるな。 次からはそうしないと約束して。」
「約束する」
包帯が巻かれたムームの小指とラースの小さくて白い小指が互いに力強くかけ合う。
小さな指先に載せられた力から染み込んでくる申し訳ない気持ちと反省の心にムームは初めて固めた顔の緊張をほぐして微笑んだ。
「じゃあ、どれどれ。 この本を元の状態に戻そうか」
「ムームがやってくれるの?」
向かい合っていた指を離しながら、ムームがたくましく腰に両手を当てて堂々と宣言するように話すと、ラースはいつ落ち込んでいたのかというように急に明るい声で問い返した。
「当然だよ。代わりに今日サボった分は明日2倍に返すんだよ。」
「わかった!」
「それから頼むときは何て言えばいいんだろう?」
「お願いします!!」
「よし、受付完了!」
勢いのいい宣言とともに、ムームは左手の手のひらの上に水滴がぽたぽた流れる本を載せ、もう片手でその上面を覆うように軽く乗せた。
彼女が今から行うのは魔法。
体内に宿る魔力という力を消耗し、よく肉体的あるいは物理的に行うことができないことを行使する能力だ。
「ふー」
ムームは息を一度深く吸い込み、ラースに聞こえるようで聞こえないような声で無造作につぶやき始めた。
実際、濡れた本を元に戻す程度なら、ムームには呪文を唱える必要もなく簡単なことだ。
しかし、ラースに魔法が無条件に便利で万能だという幻想をあえて植え付けたくなく、その前で魔法を使う時は毎回このような煩わしい手間をかけている。
その手間が無駄ではなかったのだろうか。
ムームが薄目をそっと開けて見下ろすと、ラースがおとなしく両手を祈るように集めたまま結果をおとなしく待っている姿が見える。
嬉しさで浮かび上がろうとする頬骨を無理やり押さえ、無表情を維持することに辛うじて成功したムームは本格的に魔法を施行した。
本を向かい合った両手に魔力を吹き込んだとたん、真っ白な水蒸気がゆらゆらと本から少しずつ流れ始める。
空気中に徐々に広がる暖かさに加え、ラースの肩も興奮で揺れ始めた。
「終わり。ここ!」
ほんの数秒しか経っていないのに、本はまるで洗濯でも終えたかのようにサラサラに生まれ変わった。
そもそもすり減っていた表紙はそのままだが、前と比べると新しい本と変わらないきれいな状態だ。
ラースは嘆声をあげながらムームの胸に抱かれた。
「わぁ!やっぱり魔法はかっこいい! いつか僕もムームのように魔法を使うよ!」
胸に抱かれるラースを微笑ましく見下ろし、ムームは彼の背中を撫でながら慰めた。
「ああ?魔法か。 そうするためには、まず約束を守るいい子にならなければならないよね。
「はい!」
「そうだね。それでは夕食前までおとなしく座ってこの本でも読んでいなさい。 あ!ここの床もちょっと整理して。分かったよ?」
「はい~!」
◆◆◆◆◆
ラースの力強い返事を後にして、工房に戻ったムームの作業はあまりにも、あまりにも順調に進んだ。
壊れた彫刻はテーブルの下に残っていた余分な鉱石を利用して作った新しい彫刻にきれいに代替し、その片面にはユニコーンの血で微細な大きさの魔法陣を刻む過程まで終えた。
「ふふふふふ」
異なる大きさのレンズが3つも重なった老眼鏡を手に取り、小さな魔法陣の隅々を覗き見るムームの口元から満足な笑みが自然に流れた。
一画、一画。
心血を注いで描いた魔法陣は相当な完成度を誇っていた。
「完璧!完璧! もう……残ったのは月明かりを濡らした月桂樹の葉で……」
バタン!バタン!
木のドアが蝶番ごと落ちるような轟音が突然聞こえてきた。
それもなんと2回も。
「ムーム!!」
ドアを蹴って入ってきたラースの叫びが雷のように鼓膜を襲撃したのと、その轟音にびっくりしたムームが右手に握っていた老眼鏡を彫刻に打ちつけたのはほぼ同時だった。
デジャヴというか。
1時間も経っていないのに、どこかで経験した惨憺たる状況が再び訪れてしまった。
ぼんやりとあごを大きく広げたムームが不安な目つきを右手で回すと、そこには本来3つのレンズで存在しなければならない老眼鏡2つのレンズは粉々になり、残りの一つもひどくひびが入った状態だ。
それに、ボロボロの虫眼鏡越しに見える見慣れた紫色の破片まで。
「ラース……私が…入ってくるなって… 急ならノックでも……」
「すごく大事だよ!! ノックもしたよ!! 2回も叩いたんだって!」
力なくつぶやくムームに向かって、ラースは親切にも拳を見せながらノックをするふりをする。
「それノックだったの..?」
いろいろと常識の域を外れる状況で頭がくらくらする。
「はは。はは。 そうだね……よくやったね。 すごく重要だから….. はは。いったいどうしたんだろう?」
「ムーム!! 僕! 知りたいことがある」
空笑いとともに魂が抜けたようにつぶやくムームに向かって、ラースは何がそんなに急いでいるのか敷居をさっと越えて彼女のいる机までまっすぐ走ってくる。
わきの間にその赤い表紙の本を挟んでいることから、本で何かまた魔法に関する文を読んだようだ。
質問が魔法に関するものだと大まかに察したムームは、答える力もないように面倒な姿で手を振った。
「また魔法なの? 言ったじゃん。ラース。 魔法というのは、まず魔力を消費せずに集めることからが始まりだよ。 貯蔵どころか、基本的な消費の効率化すらまだできない君には…」
「どうしたら聖剣士になれるの?」
「……何だって?」
想像をはるかに超えた単語の出現にムームの瞳が揺れた。
きっと聞き間違えたんだとムームは思ったけど、
「聖剣士!僕!聖剣士になりたいよ!」
違った。
「はぁ?何て?」
耳を疑わせた単語はラースの口からはっきりとした声で再び登場してしまった。
聖剣士。
ムームが聞き返す理由は、その言葉の意味が分からなかったからではない。
ただ、少なくともその単語はラースの口から突然出るような単語ではないことは確かだった。
頭の中が白くなったムームは、首を左右に激しく振るった。
「何言ってるの? 聖剣士だなんて、いきなり」
「この本!この本の聖剣王のように僕もかっこよく剣を振りたいよ!」
意味が分からない状況に混乱して揺れるムームの瞳のすぐ前に、ラースは自分の脇に挟んでおいた本を突きつけた。
「はあ?」
慌てた叫び声をあげ、ムームはラースの手から本を奪った。
ぱらぱら。
ぱらぱら。
ぱらぱら…。
空気を引き裂くような勢いで猛烈にめくっていたページの速度が少しずつ遅くなった。
「信じられないね…」
あきれかえった状況でムームの口元で失笑が流れる。
絵本が描いているのは歴史の一部。
いや。
わずか数年前に終わったことなので、歴史と呼ぶのも曖昧なほど生き生きとした過去の話だ。
この世に存在するすべての生命の炎を消すという勢いで、亡者の軍隊を前面に出して世界に侵攻した魔神と、それを阻止するために集まった7人の勇者たち。
この絵本はまさに聖剣王と他の6人の勇者が自身の生命の代価として魔神を没落させることに成功したその日、いわゆる「夜の没落」まであった事件を子供たちの水準に合わせて脚色、かわいい絵で描かれた単なる童話だ。
しかし、問題は…。
「ラース、これは押収だよ」
「……? なんで?なんで?」
「ダメ!」
何かが間違っていることに気づいたラースが急いで赤い表紙の本を取り戻そうと小さな両手を伸ばしたけど、それを激しく押し出しながらムームはかなり強い声で制止した。
「魔法もダメ!聖剣士もダメ!なんで!」
そんなラースの反応にムームも困った様子でラースをなだめ始めた。
「はぁ…ラース。魔法は…そう、魔法なら今すぐは無理だけど、後でなんとかなるよ。でも、聖剣士だなんて、それは不可能だよ」
話し方だけが柔らかくなっただけで結論は少しも変わらない。
ムームは冗談でも嘘をつかない。
無理もない、不可能。
多分、ムーム以外の誰も同じ答えをするだろう。
なぜなら、それがこの世の本質であり真理だからだ。
「不可能?どうして?」
「どうしてだって?ふぅ…」
泣きそうな反応なら心が弱くなるのも当然だが、ムームは長いため息と共に呆れるようにラースに向かって一のページを広げて差し出した。
「だって、ラース、お前…」
そして、きちんと現実をゆっくり読んでくれた。
「デュラハンだろ」
ムームが広げたページ。
そこにはラースのように頭のない亡者一つが聖剣王の剣に真っ二つに割れる姿が描かれていた。
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