第3話 集会所
娘の、相変わらずの手際の良さと言ったら!
この事件をあっさり解決してしまった。顛末を書くのも何だかまだるっこしいくらいの話なのだけれど、娘とグレアムくんとのことを話すのに避けられない道だから書くとしよう。
娘は「簡単だもん」発言の後、すぐにキャサリンさんに、「猫の集会所を片っ端から案内してくださいますか」とお願いした。キャサリンさんはすぐに「ええ、でも見つかるとしてもキャティくらいのものだと思いますが」と返してきた。娘は「そのキャティちゃんが、もしかしたら」と言葉を濁した。そこにちょっとしたものを感じたのだろう。キャサリンさんは「それなら……」と腰を浮かせた。かくして私たちはキャサリンさんの案内でまずお屋敷の屋根に上ることになった。
使用人のジョンソンさんの手添えもありながら、丸い屋根の上に上ると、煙突の傍までよろよろと、頼りない足取りで進んだ。私は猫の姿に化けて娘の足下を見ながら付き添った。果たして煙突の傍に来た。そこには年老いた猫が、数匹。そしてその真ん中に。
「キャティ!」
キャサリンさんが声を上げた。
「あらまぁ、あなたどうして……」
彼女が心配そうに駆け寄るのも無理はない。
キャティはぐったりしていた。まるで、そう、もう命の灯が消えてしまいそうなくらい……そして、言い方は悪いけれど、今娘が必死に面倒を見ているグレアムくんを彷彿とさせるくらい……細い息をしていた。私は告げた。
「傍にいてあげなさい」
それは暗に「もう長くない」ことを告げたつもりだった。キャサリンさんもそれを感じ取ったらしかった。すぐさま、ジョンソンさんに頼んで毛布をひとつ持ってきてもらった。キャサリンさんはそれにキャティを包んだ。周りにいた老猫たちは、「あーあ」とでも言うかのように、あっちを向いたり、空を見たり、とにかく遺憾の意を示していた。
「暖炉の傍に連れていきましょう」
キャサリンさんが浮ついた声でつぶやいた。
「温めれば、もしかしたら……」
しかしここで、私は朧気ながらに娘の推理が分かってきた気がした。すると娘も私の合点を感じ取ったのだろう。ちらりと私を見てきた。娘の顔は僅かに上気していた。私は娘の表情に見えた久しぶりの明るい一面に、胸を高鳴らせた。娘が元気になっている……娘が元気になっている!
キャサリンさんに付き添って、屋敷の中へと入っていった。ジョンソンさんがすぐに暖炉に火を焚いて、キャティにとって理想的な環境を整えた。キャティは「仕方ないなぁ」とでも言うかのようににゃあと鳴いた。それからしばらく、私たちはキャティに付き添った。気のせいだろうか、彼女の表情は温かい気がした。
キャティが死んだのは、その日の夕方だった。
眠るように静かに息を引き取った。ジョンソンさんは獣医学の心得もあるのか、キャティの体を何回か、労わるように撫でた後、首を横に振った。キャサリンさんが声を殺した。
「猫は死に際を見せないっていいやすから」
ジョンソンさんが静かにつぶやいた。
「きっとお嬢、あなたに悟られぬよう……」
「ごめんなさい、キャティ。あなたの想いを無駄にして」
「そんなことないわ……」
私も彼女を労わる声を出した。
「キャティ、迷惑そうな顔はしてなかったわ。むしろどこか安心したような雰囲気もあった……」
「そうだといいのだけれど……」
キャサリンさんは目頭を擦った。
「でもまぁ、遅かれ早かれこの日が来るとは思っていました。まさか今日だとは、思いませんでしたけれど」
「バンシーが教えてくれました」
娘が唐突に真相を話した。
「着飾ったバンシーは、年齢を重ねて妖精になりかけていた老猫に対して払われる敬意だったのです。バンシーは妖精の死を感じて姿を現していた。おそらく、他の家で泣いたバンシーも……」
「あら、そういえば……」
キャサリンさんがしゃんと背を伸ばした。
「マッドレルさんの家も、ディンブルビーさんの家も、バンシーが泣く前に猫の失踪が……そして今も……」
「おそらく、どこかで」
娘の言葉にキャサリンさんが息を呑んだ。それから続けた。
「どのおうちの猫も前回のケッテル祭から生きているおじいちゃんおばあちゃんたちですものね。確かに今頃死んでもおかしくないわ。だから、お墓を作ってあげなきゃ」
「それがいいですね」娘も頷く。
「私、ご近所に知らせて回りますわ。探偵さんの導いた真相……喘ぎ泣く貴婦人、バンシーの秘密を」
「そうしてあげてください」
娘の一言に、キャサリンさんは帽子掛けから帽子を取って身支度を始めた。それから玄関に立つ段になって、娘を呼び止めた。
「探偵さん。あなたの仕事ぶり、見事でしたわ。報酬についてはきちんと、できれば色を付けて、払わせてもらいます。帰ってきたら、その話を……」
「いえ、まずはごゆっくり、各家庭に今の話を伝えてあげてください」
キャサリンさんは目を潤ませた。
「はい。少しお待ちになってて。ジョンソン、お茶を……」
「かしこまりました」
かくして私たちは、マクファーラン家の食堂でお茶をすることになった。娘はそっと上の階に行くと、グレアムくんを連れて戻ってきた。紅茶の香りが彼を刺激したらしかった。彼は茶を飲んだ。それから息を吐いた。
*
かくしてゲール村を騒がせた「喘ぎ泣く貴婦人」事件は、あっけない解決を迎えた。しかしその幕引きに、私たちにとって嬉しい事件が起こった。
「あの、この一件、実は近隣に住む方々もお礼をしたいと……」
キャサリンさんは娘に申し出た。
「僅かばかりのお金と、それから村の名産品を包んでくれるそうです。私としましては特に反対する理由もなかったので受けましたが、ご迷惑では……」
「いえいえ、そんな!」
娘は恐縮した。
「大してお役に立てたわけでもないのに、そんな」
「いいえ、皆さん、我が家の子たちの最後を知ることができて大変嬉しそうでした」
お礼を、させてあげてください。
そういうわけで、娘は当初の報酬の一・五倍程度の報酬と、村の名産品、ちょっと上等な魚の干物や缶詰をいただくことになった。それから、少しの間村で療養する権利も得た。かくして娘とグレアムくんは、しばしの間マクファーラン家の上階でゆっくりすることが決まった。娘は安堵したような顔をしていた。グレアムくんは相変わらずぼーっとしていた。
*
「あのね、グレアムくん、あのね……」
夜。月明かりの下。
娘は毎日、グレアムくんの手にハンドクリームを塗る。それはランドンにいた頃からの習慣だった。丁寧に、指と指の間まで、しっかりと、塗る。彼はその様子を、顔色一つ変えずにじっと、見ている。月明かりの下。二人だけの時間。私はベッドの上から、透視の魔法を使ってバルコニーの二人の様子を見ていた。少し高いところにあるバルコニーだ。娘が変な気を起こさないよう、そしてグレアムくんに何かあった時にすぐ手助けできるよう、見守っていた。
「今日はいいことがあったの。事件を解決したらね、村の方々がお礼をしたいって」
ゆっくり、丁寧にクリームを塗りこむ。
「ちょっと多めに報酬をいただいちゃった。これで、グレアムくんの治療も、きっと……」
と、娘の手が止まった。肩が、背中が、震えていた。
「きっと、よくなるから。私、信じてるから」
鼻声。泣いているのだろう。
「グレアムくん……」
と、掠れる声で項垂れた、娘の頭を。
グレアムくんがそっと撫でた。それは、いつか見た景色だった。
「レディ……」
グレアムくんがつぶやいた。しかしその後に言葉は続かなかった。
「グレアムくん……!」
娘の目に希望が灯った。縋るような調子でグレアムくんの顔を覗き込む。グレアムくんの目はまた魂が抜けたような状態に戻っていた。だが、気のせいだろうか。さっきよりもいくらか生気があるように見受けられた。
この療養が、彼にとって肯定的に働くかどうか。
その顛末はまた今度、語りたいと思う。
『喘ぎ泣く貴婦人』 了
喘ぎ泣く貴婦人 飯田太朗 @taroIda
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