先生は、間違ってる
「笹田はどうしたんだい」
笹田は相変わらず飄々とした雰囲気で答える。
「俺は町工場の工場長よ」
笹田は中卒で町の自動車部品製造工場に就職した。
「ずっと俺は、俺が一から考えたマシン(単車)を作りたくてさ」
工場で働きながら専門学校に通い、その知識で自分しか造れないバイクを作ることに成功した。
「すごいね。今も乗っているのかい」
「ああ。休みの日は古巣の皆と山にツーリングに行ってるよ」
笹田は、あの頃から考えても若々しく、心もいつまでも少年のようだ。
「雪乃はどうだい。時々、新聞で雪乃の名前を見るけど、相当な苦労をしたようだね」
雪乃はポロポロと涙を流しながら黙っている。
松沢が答えてくれた。
雪乃は、元不良少女ということで大学入試の面接試験の段階でつまずいた。
「森下さん、あなたはあの事件を起こしているよね。社会に大きな影響を与えた、あの事件の首謀者の一人らしいじゃないか。そんな人が、なぜ、本学に入れると思ったの」
面接官にそんな、圧迫面接のようなものを受けた。
その大学は歴史があり、世界の大学ランキングに載るほどの権威ある大学だった。
「私はこちらで教育学を学びたいと思っております。教育とは学びたいと思う全ての人に与えられる権利だと思います。私は、今まで悲しかった私をはじめ、辛い環境にいる子供たちの、未来を作っていく可能性に懸けたいのです。未来を作っていく人たちの可能性を広げるような教育を学びたいのです」
雪乃は幸い、大学に入学できた。そして、卒業すると海外の大学に留学し、法学を学んだ。また、雪乃の父の故郷にあるロースクールを主席で卒業する。
日本に帰ってきた雪乃は、社会科の教員をしながら勉強に励んだ。
雪乃にとって苦手なはずの人間関係の構築も、学んでいった。
そんな中、きっと気づいたんだろう。
自分が世間からすれば間違っていること。世界を壊すことの背中を押した私が、間違っていること。
「先生は、間違ってる」
雪乃は言った。
「私は、先生のお陰で不幸でした。どうもありがとう」
それは、そういう意味なのだ。
30代の雪乃は国家公務員一種試験に挑戦した。
見事に合格し、そして、文部科学省に入省する。
そこでも様々な困難があったと思われる。雪乃は元不良少女。しかも、この国を脅かす脅威の一つだった。両親が、帰化したとはいえ外国籍を持っていた人物だということもある。
この国の国家機関においてキャリアを積んでいくのには、大きな困難だった。
しかし、最近の雪乃は新聞に名前が載るくらい、文部科学省で高い地位にいる。
「すごく頑張ったんだね、雪乃」
「先生のせいです。全部、全部。私はこんなに苦しい思いをしなくてよかった。先生のせいで、最強の破壊者になれない。先生のせいで、今でも独身で家族を持てないし、これから子供を産む希望もなくなった。先生のせいです」
泣き崩れる雪乃に、私は寄り添った。
「ごめんね、雪乃。全部先生のせいだ。先生が、世界を破壊しつくすために、小さく無力な雪乃を利用したんだ」
「そうです。みんな、先生が悪い」
「ごめんね」
私は、五人が集まった、あの初めての日を思い出した。
氷のように冷たい雰囲気の雪乃。将来の夢は特別支援学校教諭と言う、松沢。暴れまくって、その日を楽しめたらいいという笹田。いつか誰かの記憶に残る何者かになると言う、野村。
四人の光り輝く個性が、私の元に集まった、あの日の喜びを思い出した。
「嘘です、先生。先生は、私を最強の人間に育ててくれた。ありがとう」
ポロポロ涙を流しながら、困り顔で微笑む雪乃だった。
春も本番だ。
老人介護施設の桜が満開になっている。
私は今日まで、こんなに鮮明に春を感じ取ったことがあるだろうか。
「まーちゃん、今日は良いお花見日和だね」
外の風がほんのりと温かく、心地よく吹いている。グエンくんはそういって私に微笑んでくれた。
私は、桜の一片がシワシワになった頬を撫でるのを感じながら、そっと瞼を閉じた。
了
碇くんと私 久保田愉也 @yukimitaina
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